エピローグ
女商人は、幸せな日々の中で(前編)
それから、13年の月日が流れた。
「ねえ、ママ。この服装、子供っぽく見えないかな?」
「大丈夫よ、レティ。十分かわいいわよ」
「かわいいじゃダメなのよ。ママのようにキレイじゃないと……」
今日は、オランジバークに行って、鉄道の開通セレモニーが予定されていた。14歳になったレティシアは、アリアらと共にそれに出席する。そのため、念入りにおめかしをしているのだが……明らかに様子がおかしい。
ただ、その理由に心当たりがあって、アリアはつい吹き出しそうになる。
「な、なによ……」
「大丈夫よ、レティ。どんな姿だって、ランス君は褒めてくれるわ」
カミラと亡き勇者アベルの息子ランスは、16歳になっていた。今は、レオナルドと共にユーグに魔法を教わっているが、筋がいいらしい。レオナルドが使えなくなった転移魔法を先頃マスターしたと聞いている。
「誰もランスの事なんか言ってないし!」
そして、この娘はそんなランスに恋心を抱いている。誰もが気がつくくらいにはっきりと。だからこそ、ランスはユーグとレオナルドに日々しごかれているのだが、そのことが彼の魔法使いとしての覚醒に繋がったのだから皮肉な話だ。
「さて、そろそろ行くわよ」
そんなレティシアの準備が整ったのを見て、アリアは椅子から立ち上がり、出発を促した。今日は、そのランスがオランジバークまで連れて行ってくれることになっていた。
ちなみにだが、レオナルドは……娘と何か間違いがあっては困ると、何とか自分が行けるように頑張ったのだが、転移魔法の復活は間に合わなかったらしい。あと少しという所までは行っているようだが……いずれにしても王配としての仕事もあるため、今日は留守番する予定だ。
「待たせたわね、ランス。今日はよろしく頼むわ」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!女王陛下!!」
そして、階段を下りた先のエントランスホールに、そのランスはいた。だが、どういうわけだか、やけにテンションが高い。見れば顔も赤く、風邪でも引いているのではないかとアリアは心配になった。だから、そっとその額に手を当ててみた。
「熱は……ないようね?」
しかし、ランスはさらに顔を赤くして、驚くように一歩下がった。
「?」
意味が分からず、アリアは首をかしげたが……その横をレティシアが不愉快そうに通り過ぎて、そんなランスの足を思いっきり踏みつけた。
「いてえ!何するんですか!」
「それはこっちのセリフよ!デレデレして……いやらしい!」
「デレデレなんかしてないでしょ!?」
「したもん!わたし知っているんだもん!あんたがママのパ……んん!!」
「ちょ、ちょっと待て!何を言う気ですか!?あれは誤解だと言ったではないですか!!」
傍から見れば、やはり痴話げんかにしか見えないが……ランスがそれ以上話せないようにと、レティシアの口を手でふさいだのは看過できるものではなかった。レオナルドのゲンコツがランスの頭に落ちる。「うちの娘になにをしやがる」と。
そして、レティシアはその隙にアリアの元に駆け寄り、声を上げた。
「ママ!やっぱり、今日はお爺様にお願いしましょうよ!」
「えっ?いきなり何を言うの?あなた、さっきまであんなにランス君に連れてってもらえるって楽しみにしていたじゃない」
「楽しみになんてしてないわ!こんな浮気者何て、もうどうだっていいのよ!」
別に付き合ってもいないのだから、浮気者呼ばわりするのは如何かと思うが、どうやら今のやり取りで完全に機嫌を損ねたのだとアリアは理解した。ただ、ユーグは魔国に留学中の長男クロードに差し入れを持って行くと言って不在にしていた。だから、今更変更はできる話ではない。
「もう、わがまま言わないで。みんな待っているんだから、早く行くわよ」
「だって、こいつは……」
「こいつってなによ、レティ?ランス君に失礼でしょ!それに、お爺様は留守なんだから、他に選択肢なんかないでしょ?」
だから、聞き分けるようにアリアはレティシアを叱った。「何だったら、あなたは留守番する?」とまで言われてしまえば、彼女はシュンと項垂れるしかなかった。
「まあ、そういうことだから、ランス君。レティはこのとおりご機嫌斜めだから、おばさんの手で我慢してくれるかしら?」
「え……?」
「あら?やっぱりイヤかしら?そうよね……こんなおばさんの手より若いレティの方が……」
「いえ!そんなことはありません!大変光栄であります!!」
ランスは緊張気味に手を差し出してきた。だから、アリアはその手を握ろうとした。転移するためには必要なことなのだから、特に気にせずに。しかし……
「ダメえ!」
「へっ!?」
大きな声を上げて、驚くアリアを押しのけるようにして、レティシアが間に割り込むようにして、ランスの手を掴んだ。そして、反対側の手をアリアに差し出して握るように促した。
「こ、これでも転移はできるでしょ!?」
「い、いや、確かにそうだけど……あんた、いきなりどうしたの?」
そんなにランスを独占したいのかと、娘の奇行にアリアも引くが、当のレティシアは「なんでもないわ」としかいわない。そこで、アリアは仕方なくそれ以上のことに触れずに、転移を促した。
「ランス君、それじゃお願い」
ランスの転移魔法は上手く発動し、アリアとレティシアは無事にイザベラの待つ『オランジバーク中央駅』に到着したのだった。
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