第480話 夫婦は、再出発を誓う
「あ……」
「大丈夫か、アリア。いきなり倒れたから、心配したぞ」
瞼を開いたら、真っ先に見えたのは……心配そうにしている夫の姿であった。ただ……アリアはどうしたらいいのかと狼狽えてしまった。夢の内容をそのまま伝えるべきなのか。「あなたは魔法が使えなくなる」と、ストレートに言うべきなのか。
(どうしよう……言えるわけないわ……)
そんなことを知ってしまえば、レオナルドはきっと途方もなく悲しむに違いない。アリアは彼の悲しむ顔を見たくなくて……問題を先送りにしようとした。
「ん?どうしたんだ。俺の顔に何かついているのか?」
「ううん。なんでもないわ。ちょっと疲れただけだから、心配しないで」
だからそう言って、何でもないことを強調して……一先ず彼を遠ざけようとした。気持ちの整理がつかない今の状況で、これ以上一緒に居たら、ついポロリといってしまうだろう。そういう予感がして、暫く寝るからと彼に退室を促した。しかし……
「そう?それなら、ゆっくり眠れるように睡眠魔法でも……」
「ダメ!魔法は……これ以上使っちゃ!」
「へっ!?」
やはり、予感は当たり、アリアはポロリと要らぬことを言ってしまった。無茶をした分、力の喪失度が大きいことをコーネリアから聞いていただけに、つい魔法を使ってほしくないという思いが先走ってしまったのだった。
当然だが……この一言は、レオナルドの不審を招くこととなった。
「なあ、アリア。一体何があった?隠し事はなしだぞ?」
かつて、飛びっきりの隠し事をしていたくせにどの口がそんなことを言うのかと、アリアは久しぶりに浮気されたことを思い出して、腹ただしくなった。だから、そこまでいうのであればと、正直に言ってやることにした。
「レオ……落ち着いて聞いてね。あなたの魔法、それは勇者の力によるものよ。だから、もうすぐ使えなくなるわ」
「はい!?」
一体何を言っているのかとレオナルドはアリアを見たが……その目は嘘や冗談を言っているようにはとても見えなかった。しかも、実際に最大魔力量は減っていて、思い当たる節もないわけではない。
それゆえに、その言葉はスッとレオナルドの心に届いた。ただ、アリアが心配していたように、どういうわけか彼はうろたえたりしなかった。
「そうか……。まあ、正直俺もおかしいとは思っていたんだよな……」
「えっ?」
「だって、いくら大賢者の息子だからって、普通、誰にも教わってもいないのに、頭の中で『こうしたい』って思っただけで、使えるようなもんじゃないだろ?魔法ってヤツは」
それなのに、どういうわけかレオナルドは物心がついたときから、高難度の魔法でさえも発動することができたと言った。父親であるユーグでさえも、師匠に10年以上師事してようやく一端の魔法使いになれたというのにだ。
「だから、それが勇者の力だっていうのなら、『まあ、そんなもんか』としか思わないわけだよ」
本気でそう思っているのか。レオナルドはいつもの調子でおちゃらけたようにそう言い切った。
「あの……落ち込んだりはしてないの?」
「ん?なんで?」
「だって、これから先、魔法が使えなくなるんだよ?不安に思わないの?」
アリアだって同じだ。これまでのように幸運ではなくなるということは、今までの調子で事を進めれば、予想もしていないような手酷いしっぺ返しを食らうこともあるということだ。それは、女王としても、商会頭としても、その職務を継続する上で不安要素だ。正直言って、怖くもある。
しかし、レオナルドは「それがどうした」と言った。
「なあ、アリア。俺たちって、そんなに弱いのかな?勇者の力がなければ、生きていけないのかな?……違うだろ?そんなもんなくたって、やっていけるだろ?」
それは、勇者の力がきっかけかもしれないが、二人には確かに積み上げていた経験がある。それに頼れる仲間たちも多くいるのだ。レオナルドは、そのことをアリアに告げて励ました。「これからも絶対大丈夫だから」と。
「それに、俺は魔法使いの道を諦めるつもりはないぞ」
「えっ?」
「だって、親父だって10年師匠に学んだから使えるようになったわけで……それなら、俺だってできないはずがないじゃないか」
まだ20代で、失ったものを取り戻すだけの時間は十分あるのだ。レオナルドはそのことを強調して、新たな目標だと言ってアリアに告げる。そして、それはアリアにも共通する話だ。
「わたしも……運任せではなくて、実力で勝負できるようになるわ。女王としても、商会頭としても」
そのためには、今まで以上に勉強しなければならないだろう。だが、レオナルドが言うように、まだまだ時間はたっぷりあるのだ。だから、アリアもここに新たな目標を立てた。
「レオ……ありがとう。あなたと一緒になれて、本当によかったわ」
「なんだよ、藪から棒に」
「ううん。言ってみたかっただけよ」
力は失ったが、すでにそれ以上に大きなものを手に入れていたのだった。そのことを改めて感じて、アリアはレオナルドに体を預けて、寄り添うのだった。
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