6.そして少女は学び力を得る

「ただいま」

 家の扉を開けて中に入り、ようやくショウは一息つく。

 いろいろあって、だいぶ肩に力が入っていたようだ。


「遅かったわね。……大丈夫?」

 何かを察したような母が、気遣わしげに声をかけたけれど、

「うん、大丈夫!

 まあトラブルはあったんだけど、むしろ元気をもらって帰ってこれたかな」

「そう、良かった」

 それを聞いて母も安心した様子になり、2人で笑顔を見交わす。


「あ、ねーちゃんお帰り!」

「おかえり、ショウ姉ぇ。町の中に行ったんでしょ、お土産ないの?」

「あ、ごめん。すっかり忘れてた」

「ええーっ!? ひどい、大事件だよ!」

 顔を出した妹たちに囲まれながら、ショウが困り顔で謝っていると。


「おや、誰か来たようだ」

 ノックの音を聞き、父が表を覗く。


(まさか、さっきのトラブルのせいで騎士か誰かが事情を聞きに来たとか?

 もしかしたら、トーニャがなにか手を回したのかも。)

 ショウは顔に緊張を浮かべるのだったが、


「わぁ、きれいなお姉ちゃん!」

「ショウ姉ぇに会いに来たの?」

「わわ、すごい大事件!」

 そこに、とても美しい少女が姿を見せる。


 周りを囲む妹たちにどこからか取り出した飴玉をあげる彼女を見ながら、

(……あれ? あの銀髪、どこかで見たような。朝訪ねたお店?)

 ショウが記憶を探っていると。

「このようなところにわざわざお越しくださって、どのような御用ですか?」

 母がかけた声に、我に返る。


「突然訪ねて、ごめんなさい。

 実は紹介されて、ショウさんの家庭教師をさせてもらえないかとお願いに伺ったわ」

 鈴を転がすような少女の声と、言われた内容に皆が目を丸くする。


「そんな、家庭教師をお願いする余裕なんて、うちには……」

 母の言葉に、

「報酬はミイツの店から出るそうよ。

 私も見たけれど、素晴らしい刺繍とレースね。もし少し私に分けてもらえるのなら、それを報酬にしてもいいわ」


(ああ、やっぱり。あの時あそこにいた、あの人だ。

 でも、どうしてそんな事?

 まさか、私あの人に、ミイツさんに認めてもらえたとか……さすがにそれはないわね。)

 ショウがそんなふうに納得していると、

「報酬を他人に出してもらうなんて、とんでもない。必要ならうちで払うわ。それが刺繍やレースでいいならありがたいお話だけれど、」

 母がなおもわからないと、

「どうしてショウに家庭教師が必要だとご存知なのですか?」

 ショウはその疑問にも納得して、首を縦に振る。


「それは、神殿から話が来たの。紹介状もあるわ」

 取り出した書状は、思った以上にキラキラしい物だったけれど、確かにそこに記された紋章は通っていた神殿の支院でも見た。きっと本物だろう。


「もしかして、パイロン先生が……?」

 ショウがそう口にすれば、

「ああ、話の出元はそんな名前だったかしら。私には何人も挟んで話が来たわ。

 それを聞きつけたミイツが乗ってきたというところかしらね」

 答えを聞いて、

「きっと、ずいぶん伝手を辿ってくださったんだ。ありがとうございます、先生」

 ショウは小さく感謝を口にして、胸に手を当てた。


「なるほど、わかりました。

 神殿の紹介まであるとなれば、私達には疑う理由も拒む理由もない。

 ただ感謝して、家庭教師をお願いしたいと思います」

 父は彼女に深く頭を下げる。


「もちろん、報酬はうちから精一杯払います。

 それで、ショウが『学院』を受験する勉強を見てもらえる、ということでいいんですよね?」

 そして顔を上げた父が確認すると。


「それも一応するけれど。でもショウの学力なら、ほぼ問題ないと聞いているわ。

 むしろ教えようと思っているのは、魔術ね」

「「「「「「魔術?」」」」」」

 ショウと父母と妹たちの声が揃う。


「あなた、それだけの魔力を持っていて使い方を知らないのでしょう?

 それは確かに損失だし、それに危険でもあるわ。

 私も我流だからどこまでうまく教えられるかわからないけれど、良かったら一度試してみない?」

 そう答えた彼女は、少しだけ眉を寄せて。

「あと。

 私が人に物を教えることに興味を持ったものの上手くできないから、お節介たちが気を回したのよ。

 まったく……」

 それから再びこちらを見て、

「だから、私も教える練習をさせてらうようなもの。

 ……それなら、報酬をもらうのもおかしな話かしら」


 そのあと。視線はすごく真剣なものになって、

「ねぇ、ショウさん。

 私と一緒に学びあい、成長しない?

 いえ、させてもらえないかしら?」

 そして下げられた頭にショウは慌てる。


「そ、そんな。顔を上げて下さい!

 私こそ、そこまで言っていただけるなんて。その、申し訳ないというか、何だか感動してしまうというか。

 だから……どうかよろしくお願いします!」

 ショウも頭を下げてから、互いに顔を上げた2人は微笑み合う。


「よし、決まった!

 それじゃ、どうぞショウの家庭教師をお願いします。

 いや、よかった。こんな幸運、さっそく神殿と運命神様に感謝しないとな!」

「ええ。

 ところで、お茶もお出ししなくて申し訳ないわ。

 ああ、もし良かったら食事もご一緒なさってくださいな。

 ええと……」

「ああ、名乗っていなかったわね。シリルと言うわ」

 そして、ショウは改めて名前を呼んだ。

「よろしくお願いします、シリル先生!」


 そして、ショウの学問と魔術を学ぶ日は続き……



 *** *** ***



「おめでとう、ショウ」

「ありがとうございます!

 これも、シリル先生が勉強を教えてくださったおかげです」


『学院』合格を知って、喜びにあふれるショウ一家。

 それをあたりまえと言わんばかりに冷静に眺めてから、

「魔術も、それなりに使えるようになったようだし。

 そちらもとりあえず私からは合格をあげるから、あとはあなたで力を磨きなさい」

 贈られたシリルの言葉に、ショウは強く頷く。


「私は卒業するから、学院で会えないのが残念だわ」

「え? シリル先生、学院生だったんですか?」

「いちおうね。それもひとまず、お役御免だけど」

「それは、残念です……」

 いつまでも話の終わらない2人に、


「ショウ姉ぇ、シリルせんせ、オヤツできたって!」

「せんせーの好きな、ワッフルだよ!」

「ねぇ、大事件! 今日のワッフルには、朝とったイチゴが乗ってるの!」

 騒がしい子供たちがやってきて、それではとシリルが指を鳴らす。


「その飲み物を創る魔術、どうやっても真似ができません」

「教え方が悪いのね、きっと。ごめんなさい、ショウ。

 でも、普通はできないみたいだし、問題ないでしょう」

「……え?」


「「「ねぇね、そんなことより、みんなでかんぱいしよ?」」」

 急かすようなその声に、食卓を囲んだ皆は再び笑顔を浮かべて。

 全員で手を伸ばした飲み物の入る器が、光を映してキラキラと輝いた。



 *** *** ***



 ああ、もしかしてトーニャさんのことが気になったりしますか?

 すごく叱られたりして大変だったようですけれど、ならもしかしたら『学院』に合格できるかもしれません。


 え? 私とレオナルドのことも気になるのですか!?

 それは……また、機会があったらお話しますね!

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白き娘が向かう処は -学び舎を追放された私は、これからどうすれば良いんでしょうか- めぐるわ @meguruwa

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