5.帰り道で知ることは

 お使いが終わって、さて家に帰ろうかと歩き出したショウなのだけど。

 今目の前には、少し離れて煉瓦造りの大きな門が見えていた。そこにはアーチがかかっており、左右には延々と続くように壁が伸びている。その向こうには、広い敷地に建つ幾つもの大きな建物。


「ここが、『学院』ですか……」

 昨日なんども耳にした場所が、どうしても気になって足を伸ばしてしまった。

 さっきからしばらく立ったままで眺めていたのだけれど、そんなショウが目立つかといえばそうでもなく。

 なぜなら、何人かのグループで指をさしながら騒いだり、出入りするおそらく『学院生』に向かって手を振って、振り返してもらえたら歓声を上げている娘達だっているくらいだ。


(へぇ、『学院生』って思った以上に人気があるんですね。正直、びっくりです。

 ……もしかしたら、昨日会ったあのレオナルドも、人気があったりするんでしょうか?

 ああ、あの話術も、それで磨かれたのかもしれません。

『仲の良い男の子』は冗談でしたけれど、『仲の良い女子』くらい普通にいそうですね。)


 学院から出てきた男子が待っていたのだろう女子と合流して町へと向かう様子をなんとなく見送っていたショウは、湧いてきたモヤッとする気持ちを切り替えるように頭を振って、再び『学院』に視線を戻す。


(でも、そういえば朝訪ねたお店にお菓子を運んできた人がエプロンの下に着ていたのも、あの制服じゃなかったでしょうか。

 なるほど、どうやら『学院』では通いながら仕事をすることも出来るんですね。

 それなら、うちの経済事情でも父さんや母さんにあまり負担をかけなくてすむかも。

 それなら……)


 一度目を閉じたショウは、再びしっかり正面を見据える。


「本気で、目指してみましょうか。

 待っていてください、『学院』」

 あるいは自分にも告げるように挑戦を誓う言葉を残して、その場を後にした。



 *** *** ***



 学院のあるのは、聖都でも上流階級の住む旧市街。

 そこから家に帰るには、新市街を通り抜けなければならない。

 両市街を分ける『旧城門』という場所を通り過ぎたあたりだった。


「あら? 神殿を追放された『化け物』がウロついていますわ。

 聖都の治安も悪くなったものね。それを退治するはずの神殿騎士は何をやっているのかしら、もっとしっかり邪悪を追い払うように、父様からきつく言ってもらわないと」


 しまった、嫌な奴に遭った。

 ショウは小さく舌打ちすると、足早に立ち去ろうとしたのだけれど。


「まったく。

 ようやく神殿から追い出せたと思ったら、さっそく男の子をくわえ込むのだから恐ろしいわ。

 昨晩この子が一緒に歩くのを見たらしいけど、夜遅くに男子と2人きりだったというじゃない。

 いったいどんな手練手管で取り入ったというのかしら、汚らわしい。

『化け物』のくせに、生意気よ?」

 何人もの取り巻きを従えたトーニャは、なおも罵倒する。


 そこには苛つきが露だったけれど、それとは比べ物にならないほどショウの頭へと血が上る。

 でも、昨日の出来事を思い返してショウは必死に気を静め、

「すみません、道を急ぎますので」

 止まった足を再び踏み出そうとした。


 したのだけれど。

「全く、こんな『化け物』に魅入られるなんて、そのお相手はよほど出来が悪い愚か者なのでしょうね。

 聖王国の将来が心配です。いっそ、私が『学院』にでも入って高官になって、この国の綱紀を粛清してあげようかしら」

 その言葉に足は再び止まり、ショウは鋭い目でトーニャを睨みつけた。


「今、何と言いました?

 私のことだけではなく、レオナルドのことも馬鹿にするのなら……」

 その視線に、トーニャは一瞬怯んだようだったけれど。


「何、その目。

 やはり凶暴ね、この『化け物』は。

 いくら人間の帽子や服でその体を隠しても、その本性は隠せないわ。

 でも、こんなところで牙を剥いたら、もうタダでは済まないわよ?

 これでもそれなりに名の知れた私と『化け物』のあなた、どちらが信用され大事にされるかは明らかだし、それに今度はあの無力で無能な先生のようにかばってくれる人はいないわ。

 ましてや魔力を使って人を傷つけたともなれば、貴女は騎士団か神殿騎士にでも捕まって、何日くらい家にも帰れずに面倒をかけることになるのかしらね」

 早口でまくし立てるトーニャに、ショウはもう言葉を返せない。


 許せない、でも手を出せない。ショウの顔がいつしか泣きそうに歪んだとき。

「ずいぶんと賑やかですね、貴女達」

 横から、思いがけない声がかかった。


「……何よ、あなた?」

 トーニャは声をかけてきた女に視線をやると、冒険者風の格好を見て、居丈高に聞く。

「通りすがりの冒険者です。

 でも、貴女の賑やかさは少し私の耳に障ったので、思わず声をかけてしまいました」

 それに答える女冒険者は、口調は丁寧だったが、その声には強い非難が滲んでいる。

「冒険者風情が口を挟むなんて、不届きね。

 私を誰だか知っているの? 後悔するわよ」

 トーニャの挑発とも言えそうな物言いに、女冒険者は正面から言い放った。

「ここで黙っていたほうが後悔します。

 あなたこそずいぶん偉そうですが、何様ですか?

 残念ながら私は存じません、ただ物知らずの小娘が喚いているだけにしか見えませんよ」


 それに、トーニャは顔を真っ赤にして。

「な、なんですって!?

 あなた、そんな態度を取って、ただで済むと……」

 更にまくし立てるのだったけれど、

「では、やりますか?」

 そして一瞬で変わった女冒険者の雰囲気に、あたりはにわかに静まり返る。

 それでまだ口を開くことが出来たトーニャは、ある意味確かに、さすがと言えるのかもしれない。


「くっ、こんなところで暴力をふるおうとするなんて、馬鹿じゃないの? これだから粗野な冒険者は。

 このこと、お父様から冒険者ギルドに抗議していただくから、覚悟なさい!

 あなた、名前は!?」

 そして名乗った女冒険者に一瞥をくれると、トーニャは取り巻きを連れて去っていく。


 それをただ見ていたショウは、呆然としていた。

(……守ってくれた? この私を?

 見も知らない人が、本当に?)


 そこへ、女冒険者が優しく手を差し出す。

「大丈夫ですか?

 全く、ヒドイ人物もあったものです。まあ、それだけこの国の懐が深いということかもしれませんが」

 そして、女冒険者は手を取ったショウの目を覗き込みながら。

「だから、あなただってこの国にいていけないはずがない。胸を張ってくださいね」

 それを聞いてビクリと震えたショウの手を、女冒険者は更に強く握った。

「あんなに大声でお話されていたので、さすがにいくらか耳に入ってきました。

 でも、少しくらい人と毛色が違って、なんの問題があるんです?

 私の知る限り聖王国の度量はそんなに小さくありません。そこに住んでいる人の度量は、さすがに人それぞれのようですけれど。

 大丈夫、あなたの味方だってきっとたくさんいますよ。だって、今もここにこうして私がいるじゃないですか。

 だから、負けずにがんばってくださいね」

 その言葉が、ショウの心に染み渡る。

「ああ、泣かないで下さい。私はあなたの泣き顔ではなくて、笑顔が見たくて助けたのですから」

 それで、ショウは泣き笑いの顔で、女冒険者に微笑んだのだった。


「ありがとうございました」

 落ち着いたショウは、女冒険者に改めて礼を言う。

「でも、トーニャは冒険者ギルドに苦情を言うって。悔しいけれど彼女の家はだいぶ発言力があります、大丈夫でしょうか?」

 そして、今になって心配が頭をもたげ、そう聞くと。

「はは、大丈夫ですよ。

 これでも私は冒険者としてもそれなりのランクなので、ギルドだってそう軽く扱うことはできませんから。

 それに、地位や立場で圧力をかけてくるのなら、私にもそれなりの伝手はあります。逆にこちらから釘を刺してもらいましょう」

「でも、貴族にも知り合いがいると聞きます」

 なおもショウが言えば、

「それくらいなら、私にもありますよ。面識というなら、国王陛下にお会いしたこともありますからね」

 何気なく返ってきた言葉に、ショウは一瞬ぽかんとして。


「はは、信じられなくても仕方ありませんが。

 というわけで、私の心配はいりません。むしろ私は、あなたのほうがよほど心配です。

 大丈夫ですか、なにか助けはいりませんか?」

 それに思わずすがりつきたくなったショウだったけれど、

「……いえ、大丈夫です。そのお気持ちだけでも、とても力づけていただきました。それを頂いて帰りたいと思います」

 そう答えて、礼をした。


「あなたは強い人ですね。では、どうぞご無理のないように。

 でも、もし本当に困ったら、冒険者ギルドに私を訪ねて下さい。

 悩み事を解決するのが冒険者の仕事です。

 私は……」

「はい、フェイ様ですね。先程のお話で、お伺いしました」

「ええ、そうです。

 それでは、あなたのご武運をお祈りします」

 そして颯爽と去っていくフェイを、ショウは胸に温かいものを感じながら小さく手を振って見送るのだった。

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