4.お使いに出た先で

 コケコッコー!


 にわとりの声に起こされて、寝間着のままショウが居間へとやってくると。


「ねーちゃん、遅いな!」

「ショウ姉ぇ、今日もヒドイ寝癖だよ。髪の毛さかだってる。

 早く、髪と顔をキレイにしてきたら?」

「ただいま。ね、みんな大事件!

 ほら、今日は鶏が卵を4つも産んでたんだ」

 騒がしい妹たちをボーッと見てから、井戸へと向かい。


「……あ。母さん、おはよう」

「まあ、ショウ! なにしてるの、寝間着の首元がビショビショじゃない。

 本当に、あなた朝に弱いんだから。

 ほら、着替えてシャキッとしてらっしゃい!」

 戻ってきたショウはそして再び、自分の寝室へと姿を消して。


「ただいま!

 おや、ショウ。今日はもう頭も起きているのか、偉いな!」

「父さんは、朝の畑仕事終わったの?」

 食卓に皿を並べていたショウが、扉の方へと目を上げながら答えた。


「ああ、一通りな。

 さ、とってきた野菜といつもの卵で、朝ごはんにするか!」

「わーい、ごはんだ!」

「ごはんだ!」

「わーい!」

 それから最後に母が熱々のキッシュを持ってやってくると、

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 いつものように楽しい朝食が始まるのだった。



 *** *** ***



 食事が終わって、しばらくして。

「それじゃ、もういちど畑に行ってくる」

「「「いってきまーす!」」」

 小さな子どもたちを手伝い役に連れて、父が表に出ていくと。

「それじゃ、私は洗濯をしましょうか」

 母は汚れ物がたくさん入ったかごを手に、裏へと向かう。


 いつもは勉強のために神殿の支院に向かうはずのショウだけれども、今日はもう行くところがないので声をかけた。

「母さん、手伝おうか?」

「そうね、手伝ってもらえると助かるけれど。

 そうだ! それよりお使いをお願いされてくれないかしら?

 たぶん聖都の道に一番詳しいの、ウチではあなただと思うし」

 そう頼まれて、

「うん、いいよ。

 何をすれば良い?」

「それじゃあね。

 この刺繍ししゅうとレースを届けてほしいの」

 そう言いながら、向こうにあった大きめの袋の口を開けて、ショウに見せた。


「わあ、綺麗! それが、こんなにたくさん! 母さん、さすがだね」

「ふふ、作り方を教えてくれたお嬢様には、感謝してるわ」

 顔をほころばせたショウに、同じく微笑みが返ってくる。

「母さんが若い頃に働いていたお店で、仲良くなったんだよね?」

「ええ。今は服のお店をされているの。

 そのお客さんの紹介で、ぜひ私の作ったものをお店に置きたいと言ってくださる方があるそうだから。

 ちょっとした小銭稼ぎね」

「そうなんだ。

 それじゃ、行ってくる」

「お願いね」


 そしてショウは、町への外出に備えて再度服装をチェックしたら、荷物の入ったカバンを肩にかけ、最後にいつも通り大きめの帽子を被ると家を後にした。



 *** *** ***



「ここでしょうか?」

 ショウが訪ねたのは、新市街にある小さなお店。

 淡い黄色を基調とした建物の周りには綺麗な花が鉢に植えられて並び、中に入ると沢山の可愛い小物が所狭しと置かれている。

 そこには既に何人もの客がいて、それぞれ談笑しながらアレに指をさしたり、コレを手にとったりしていた。


(……かわいい……)

 ショウも思わず夢中になって眺めていると、後からやってきた銀髪の若く美しい女主人とその伴らしき少女が奥に声をかける。

 そして柔らかな金髪を肩のあたりで揃えた少女が現れれば、笑顔でお菓子と飲み物を載せたトレイを差し出し、それを受け取った2人は向こうにあるテラスに座った。


(わ……ぁ。

 あのお菓子、綺麗で可愛くて、それ以上に美味しそう!

 だけど私だったら、すぐに手を付けられなくて、しばらく見ちゃうかなぁ。

 あんなのを食べることもできるんだ。素敵なお店!

 あの金髪の人が、店主さんかな?)

 ショウが近づこうとしたときだった。


「ほら、ここが最近うわさの店だよ。

 さあ、君の気に入るようなものはあるかな?

 こんな小さな店だからあまり期待はできないかもしれないけれど、見つかるようならなんだって買ってあげるよ!」

 騒がしい声とともに入ってくる、着飾った男女に邪魔される。

 そのまま男は頭を床にり付けんばかりにして手を捧げながら進み、女は最初あまり興味なさげにあたりへと視線を動かしたのだったけれど。


「……貴方がこんなセンスの良いお店を知っているなんて、驚きましたわ。

 私の人生で、一番ビックリしました」

「はは、君を驚かせることが出来て嬉しいな。

 さあ、何でも選んでごらん。どんなものでも買ってあげよう。

 なあに、金額なんて気にしなくて良い。まあどうせ、こんなところにそんな驚くような値段のものがあるとは思えないけれど……」

 気を良くしてしゃべる男など眼中にないように商品を見つめていた女の視線が、ある一点で止まった。


「あら。

 貴女、店主さん? あのブローチの値段、間違っているようだけれど」

 女は高いところに掛けてあった水色の石があしらわれたそれを、指差しながら奥へと声をかける。

「いえ、それで間違いございません。

 お気に召していただけましたか?」

 答える店主に、同じくそれを見た男は、

「おいおい、何を言っているんだ。

『金貨50枚』じゃなくて、『銀貨』だろう?

 たしかにそこそこ精巧な作りに見えるけれど、あの輝きは本物の宝石じゃない。

 そんなガラス玉であんな代金を取ろうなんて、まったくとんでもない。

 これはいちど、しかるべきところにお知らせしたほうが……」

 そう言いながら店主に詰め寄っていく。


(大変、助けたほうが良いでしょうか?

 でも、かえって迷惑かもしれません。

 だってあれは宝石でも、もちろんただのガラス玉なんかでもなくて……)

 ショウが、どうしようかとわずかの間ためらううちに。


「馬鹿なことはお止しになって」

 女は片手で男を制すると、改めて店主へと向き直った。

「あれ、魔道具よね?

 あれだけ精緻な装飾に、あんなに大きな魔石を使っているのだもの、あんな値段で済むはずがないわ。

 もう一桁多くても驚かないくらい。それが、あんなに無造作に置かれて。

 どういうこと?」

 探るような視線を向ける女に、店主は答えた。


「私のお店では、私の認めた価値あるものを、わかる方に誠心誠意お送りしたいと思っています。

 お客様があのお品を認めてくださったのであれば、あのお値段でお譲りいたします。

 どうぞこのお店を、ご愛顧いただけますよう」

「なるほど、『そういうお店』なのね。

 わかったわ、これももしかしたら運命神様のくださった縁。

 あれを、いただきましょう。これからも贔屓ひいきにさせていただくわ、色々とね」


 そして、顔色を失った男を尻目に、女になにか書くよううながしている店主を見ながら、ショウは瞳を輝かせていた。

(すごいなぁ、店主さんカッコいい!

 きっと、物を見る目に自信があるんだ。それを伝えていきたいって感じなのかな?)

 そしてその視線は、手元に下りて。

(そっか、母さんのレースや刺繍ししゅうも、そんな人に認めてもらえたんだ。

 何だか、嬉しいな!)

 思わずその顔を緩めていると。


「それで、そちらの方はどんな御用?」

 声をかけられ、あわてて顔をもとに戻す。

「あ、すいません。失礼しました。

 私、紹介を受けて刺繍ししゅうとレースを届けに来ました。

 母の作ったものを、置いていただけると聞いています」


 それを聞いた店主は、優しそうに微笑んだ。

「あら、嬉しいわ。見せてもらえる?

 ……たしかに。本当に見事な作品ね、届けてくれてありがとう。これが代金よ。

 ところで貴女、もしかしてショウさん?」

「私の名前を、ご存知なのですか?」

 内心驚きながら、そう尋ねるショウに、

「ええ。

 もうちょっと早く会っていれば、色々お話もできたと思うのだけど。

 でも……違うご縁がもう貴女には届いているようね。売約済みなのが、残念かな」

 少し首をかたむけた店主につられるように、なんのことかとショウも首をかしげたとき。


「おそくなりました!

 ご注文の焼き菓子、お持ちしました」

 元気いっぱいの笑顔とともに名前を呼ばれて、店主はそちらの方に行ってしまう。

 それで、最後にこちらの方へと小さく振られた手に礼を返して、ショウも店をあとにした。


(ああ、このお店の焼き菓子、有名なあのお店から仕入れてるんだ。

 あと、店主さんの名前は、ミイツさんっていうのか。

 また、今度はお使いとは関係なく、来てみようかな?)

 ちょっと楽しい気持ちになりながら、ショウは帰り道を歩くのだった。


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