3.伝わる温かさ

 月も登り始めた頃。

 聖都の外、あまり遠くない場所。

 畑の中心にある質素な建物の扉が叩かれ、2つの影が姿を見せる。


「ただいま」

「こんばんわ、お邪魔します」


 すると、テーブルを囲んでいた3人のまだ小さな女の子が、入ってきた2人に駆け寄る。

「おかえり、ショウ姉ぇ!」

「わ、ねーちゃんが彼氏連れてきた!」

「おとーさん、おかーさん。大事件だよ!」


「こら、レオナルドはそんな相手じゃない」

 呆れたようにたしなめるショウと、

「はは、姉さんに釣り合うように頑張がんばるよ」

 笑いながら答えるレオナルド。


「そういう冗談は、止めて?」

「怒らないでよ。ごめん、謝る」

 にらむショウにレオナルドが頭を下げれば、

「わ。ショウ姉ぇが甘えてる。いちゃラブだ!」

「おにいちゃんって、呼んで良い?」

「おとーさん、おかーさん。本当に大事件だよ!?」

 3人の子供たちが一層騒ぎ出して。


「こらこら、どうしたんだい?」

「お帰り、ショウ。今日も無事で何よりだわ。

 もうご飯は食べてきたの? でもよければ、ご一緒の方もお茶をいかがですか?」

 奥から姿を現した壮年の男女が子供たちに声をかけて、ようやく騒ぎは収まった。


「父さん、母さん。引き止めたらレオナルドの家族が心配する。

 彼は、これでも私より年下で、旧市街のお坊ちゃんなの」

「はは、遅くなることは『伝文鳥』という魔道具で知らせてあるので大丈夫ですよ。

 でも、あまりお邪魔するのも申し訳ありませんので、今日はこれで失礼します。

 それじゃ、またね」

 そして、残念そうな大人2人と子供3人を残して、レオナルドとショウは扉の外へと戻り。


「今日はありがとう、レオナルド。楽しかった」

「見送ってくれるの? ありがとう、ショウ姉さん。

 うん、僕も楽しかった!」

 そして少しだけレオナルドは言葉を切ると。


「ねぇ、ショウ姉さん。やっぱり、僕はもっとたくさん、時間を気にせず話したい。

『学院』に来なよ。そうしたらずっと会う機会も増えるし、話をするのも簡単だよ。

 まあ、男子と女子は普段別だしそもそも僕はまだ予科だけど、食堂とかなら一緒に行けるし食べ物も今日の店に負けないくらいすごく美味しいんだから。

 それに、『学院』なら、ショウ姉さんが今まで苦しんでいた『当たり前』なんて壊してくれるよ。間違いない。

 さげすまれることなんてないし、持ってる力もきちんと引き出してくれる場所だって、自信を持って言える。

 だからさ。……待ってるよ!」


 そして、月と同じ方向に向けて帰っていくレオナルドに、しばらく視線を送り続けたショウは。

「……うん、わかったよ。

 ちょっと、君を信じてみる」

 そう小さくつぶやいてから、やっと家の中へと戻ったのだった。



 *** *** ***



 まだ騒がしかった子供3人を寝かしつけ、あと起きているのはショウと両親。

「ようやく寝てくれたわ」

「よし、それじゃあ話を聞こうか」

 テーブルの向こうに並んだ母と父に向かって、ショウは今日あったことを報告する。


「そうか。残念だが、私達はショウを幸せにしたくて学問を学べる方法を選んだんだ。

 それでショウが苦しむなら、そんなものは必要ない!」

 強い言葉で断言する父に、

「そうよ。ショウはショウの幸せのために生きればいいの。

 神殿がだめでも、『学院』に行くことでショウが幸せになるのなら、私達は全力で応援するから。

 受験していいわ。何も心配しないで」


「でも。

 お兄ちゃんたちが仕送りをしてくれてるとは言え、うちはそんなにお金ないでしょう?

 私がこれ以上好き勝手するより、なんとかお金を稼ぐかせめて妹たちの面倒を見るほうが、皆にとって良いと思う」


 ショウの言葉を聞いた父と母は、表情を改めて姿勢を正した。

「ショウ、よく聞きなさい。

 確かに、ショウは少し皆と違うところがあるよ。

 その白い髪や肌も、赤い目も、家族の誰にも似ていない。

 それにウチで1人だけ『魔力』だって持っている。しかも、神殿の先生が『まれに見るほど多い』と言ってくださるほどなんだろう?

 それは、たしかに気になることや気に入らないことも増えるだろうさ。そりゃそうだ、そういうもんだ。

 だけどね、ショウは間違いなく私達の『家族』なんだ。それだけは忘れないでいてくれ」

「そうよ。

 だからあなたの幸せのためなら、私達は喜んで協力するわ。

 だって、あなたが幸せじゃなければ、私達が幸せじゃないもの。それが『家族』よ」

「うん。だから。

 ショウが幸せになる方法も、多分私達といくらか違ったりするかもしれないけれど。

 だからこそ、もしそうなれる道が見えたのなら、全力で挑んでほしい。

 ……『学院』、目指してごらん?」

「ね、皆で幸せになりましょう?

 私達も頑張る、ショウも頑張る。それでどうかしら?」


 しばらくの沈黙を、窓から入った月明かりが優しく照らす。

「……ありがとう」

 俯いたショウから、銀色の輝きが幾つもこぼれて。

 肩を抱き合った親子と共に、夜は更けていくのだった。



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