2.昔仲の良かった男の子

 夜の闇が次第に深くなっていく頃。

 そんな時間にも関わらず、ショウは帽子を被り直して、その髪と目を隠すと。いま出てきた建物、神殿の支院を振り返る。


「これで、ようやく見つけた居場所も、なくなってしまいましたね。

 いくら求めても、足元からすぐ崩れて消え去ってしまう。もう慣れましたけれど……でも、何度繰り返しても平気にはならないものです」


 ショウは一瞬瞳を閉じたあと、振り切るように前を向いた。


「それにしても、こんな時間になってしまいましたか。

 聖都の旧市街ならともかく、今いる新市街から町の外に出て家まで帰るなら、もし襲われても文句は言えないですね」

 などといいながら、言葉とは反するように近くの小道を、本来なら危険なはずの裏路地へと入り込む。


 案の定、そして間もなく。

「ようよう、小綺麗なニイチャン。

 ここは関所だ、通行税を払いな?」

 男が4人、ニヤニヤと笑いながらその前に立ちふさがった。


「そうですか、これで私は『自衛』ですね。

 では気分転換を兼ねて、『狩り』をすることにしましょう。

 もう先生に迷惑を掛ける心配をしなくていいですし、私の機嫌もはっきり言って良くないです。遠慮はしませんよ?」

 そのまま男たちに駆け寄るショウ。


「わっ!?」

「くそっ!」

「ぐえぇ?」

「……ひぃっ」


 暗がりのなか、なにがあったかもわからないまま倒れる男たち。それを無造作に裸にして、ショウは服の中をまさぐる。


「ボ、ボスを助けろ!」

 近くの屋根の上から声があがり、いくつもの石つぶてが狙ってくるけれど。

 ショウが片手を上げると同時に、石は軌道を変えてはるか彼方へと飛び去った。

「な、なんだ!?」

 驚きの声に、ショウが答える。

「私の魔力で吹き飛ばしました。

 あなた達、お仲間ですか?

 それなら助けに来ても良いんですよ」


「ま、魔力持ちだって!?

 そんな『化け物』、相手になるかよ。に、逃げろ!」

 そして屋根の上の気配は全てなくなり。


「残念、追加のボーナスは無しですか。

 まあ、今日はこれで満足しておきましょう」


 ショウは奪った金を手でもてあそびながら、再び歩き出すのだった。



 *** *** ***



 すっかり夜のとばりが下りた、ここ聖都。運命神の最高神殿が座す、最も歴史が古いと言われる国の都で。

 あちこちに街灯が点り喧騒けんそうがひろがる大通りを、ショウは先程の戦利品を持って、のんびり歩いていた。


「やっぱり新市街は、色々とにぎやかでいいですね。

 臨時収入もありましたし、妹たちに何かお土産でも買って帰りますかね?」


 視線は自然とその手の中に向き、それほど多くもない貨幣が夜でも眩しい明かりを弾いてショウの瞳に映る。


「……これからは、こうやって生きるのも良いかもしれません。大した稼ぎにはなりませんけれど、どうせ他に居場所など無いのなら、ああいった光の届かない場所のほうが私のこの姿を隠してくれるのかも。

 それも。始めてみれば、意外と楽しいのかもしれません」


 口元にどこか影のある笑みを浮かべたあと、魔道具で煌々こうこうとばかりに照らされるショーウィンドウを左右にながめ始めると。


「あれ……もしかしてショウ姉さん?」

 全く思いがけずかけられた声に、いくらか戸惑いながらキョトンと振り向く。

「あなた、誰です?」


「僕、レオナルドだよ。おぼえてない?」

「レオナルド? お坊ちゃんの?

 見違えました。随分鍛え直したようですね」

 少し目を大きくして、驚きを表すショウ。


「はは、アタリ。

 ちょっと格闘術を習うようになったんだよ。今はその帰りなんだ。

 ショウ姉さんも、だいぶ変わったね。

 あのキレイな髪、そんなに短くしちゃって。もったいない」

「そんな事を言うのは、温室育ちのあなたくらいですよ。

 大抵の人は、この目や肌とあわせて『気味が悪い』とか『化け物の証』とか、好き勝手です」

 深いため息をつきながら言うショウに、レオナルドは不思議そうに。

「そうかなぁ?

 僕はその透き通った赤い瞳、宝石みたいですごく素敵だと思うけれど」

「口がうまいですね。

 それだけ舌が回るのですから、頭の方ももっと鍛えたらいいのに」

「それがね。鍛えたんだよ、頭の方も。

 おかげで、今はこれでも一応『学院生』さ」

 そういって、ニヤリと笑う。


「……『学院』ですか?」

 ポツンと言うショウ。それにレオナルドは意外そうな表情を浮かべると、

「なんだ、興味あるの?」

「ええ、少し。先程ほんの少しだけ話を聞いたので、どんなところかと」

「良かったら、話してあげようか?

 ちょっと時間もらうけど、ああそのかわり家まで送るよ。

 たしか聖都の郊外にあったよね?

 ショウ姉さんなら大丈夫だと思うけれど、女の人を一人で帰らせるのは何だか心苦しいし」

「別に、そこまで気にしなくていいですよ」

「これも『学院生の品位』ってやつを守るためさ。付き合ってよ。

 そうだ。せっかくだし、食事しながら話さない?

 ショウ姉さんの話も聞きたいし、情報料ということで僕がおごるからさ。いいでしょ?」


 するとショウは、少し呆れたように笑って。

「本当に見違えました。誘い方が上手いですね、ずいぶん色々と経験を積んだんじゃないですか?

 いいでしょう、こうして得られた縁も運命神様がくださった機会なのかもしれません。

 あなたの誘いに乗りましょう。おねがいします、色々と教えて下さいレオナルド。そのかわり、こちらも謝礼が必要でしたら、私にできることなら何でもしみません」

 じっとレオナルドを見つめる。


 レオナルドは、一瞬視線をらせた。

「なんだかなぁ。その気はないんだろうけれど、そんな目でそんなことを言われたら、ドキッとするよ。

 ショウ姉さん、もう少し美少女の自覚持ったほうが良いよ?」

「あなたのような物好きなんて、そういませんよ。問題ないでしょう。

 あ、あの店が良いです。レオナルド?」

「へぇ、目が高いね!

 いいよ、それじゃエスコートさせていただきます。どうぞ手をお取り下さい?」


 そして2人は、近くの料理店へと入っていった。



 *** *** ***



「……おいしいですね!」

 店内で帽子を脱いだら浴びた、少なくない好奇と嫌悪の視線を無視して。出てきた料理を口に運び、ショウは思わず声をらす。

 レオナルドは口以上に物を言っている眼をのぞき込みながら、

「はは! そんなに驚いてくれて、連れて入ったかいがあったよ。

 まあ、この『レダ』はちょっとした有名店だからね。お金を持ってる高位の冒険者や大商人、貴族様だって通うそうだし」

「よく、入れましたね。高いんじゃないですか?」

「たぶん、前に『学院』の先輩に連れてきてもらったから、おぼえてくれてたんだと思う。だから服装とかもうるさく言わずに通してもらえたんだね、きっと。

 支払いも、まぁ任せてもらって大丈夫。それより、いままでのショウ姉さんのことを聞かせて!」


 そして2人の情報交換は、楽しい食事と共に進んで。


「そっかぁ。ショウ姉さん、大変だったんだね。

 だから、そんなに見た目を気にして、髪も切っちゃって」

 コクリとうなずくショウ。

「その姿だと、僕と同い年くらいの男の子にも見えるものね。

 ほら。あそこでチラチラこっちを見てる女性のグループ、たぶん『仲の良い男の子同士の食事』を観察してるよ」

 苦笑するレオナルドに、ショウは不思議そうな顔をして。

「なに、それ?」

「ああ、そういうのを愛好する女性もいるらしい、ってこと」

「『学院』では、本当に色々なことを学ぶのですね」

「いやいや、これは授業とかで聞いたんじゃなくて、先輩から個人的に聞いた情報で……」

「授業以外で学ぶのも、学びのうちだと思いますよ。

 でも、もしかしたらレオナルドとその先輩こそ、そういう関係?」

「え? いや、そんなことはないと思うよ!?

 確かに先輩にはあちこち連れて行ってもらったり、ご飯を御馳走になったりするけれど……」

「ほら、『仲の良い男の子同士』」

「ま、待って待って。僕にはそんな趣味はない、というか元々ライバルで……」

「どうだか」

「おーい、ショウ姉さん。信じてよ!?」


 そして、クスクスと笑いだすショウ。

「うん。面白かった。満足」

 すると、レオナルドも微笑ほほえんで。

「そう、なら良かった。僕も満足だし」

「どうして?」

 問いかけたショウが、耳にしたのは。

「だって。やっぱりショウ姉さんには笑ってもらいたいじゃない」


「さて、そろそろ出ようよ。

 送るにしてもこれ以上遅くなっちゃ本当に危ないし、さすがにご家族も心配する」

 そして店を出るショウとレオナルド。



「テーブルのロウソクに照らされて、微笑ほほえみあいながら語る美少年2人。

 あっちの子の真っ白な頬がさっと朱に染まって、映る炎よりも赤い瞳が見つめ返す様子なんて、まるでこの時のために用意された特別な色だわ!

 そして小さくうなずいてから、手をつないで店を出ていく。これから、どこへ行くのかしら? そして、なにをするの?

 ……もう、尊すぎる!」

 そんな声に見送られながらであることを、2人は知る由もない。

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