白き娘が向かう処は -学び舎を追放された私は、これからどうすれば良いんでしょうか-

めぐるわ

1.学び舎を追放されて

「キャッ!」

「だ、だれか!? 助けて!!」


 まだお昼にもならない時間。明るい廊下の奥はそれでも陰になっている。

 そこから突如、悲鳴が聞こえた。

 神官服の女性が慌てて駆けつけ、扉を開けて中を覗き込めば、狭く薄暗い一室の中に5人の少女。

 奥のほうで、1人がもう1人の腕をひねりあげている。残る3人は入り口を塞ぐように並んでいたが、その中央にいた1人が入ってきた女性の方を振り向くと大声で訴えた。


「先生! 『化け物』が、暴力を振るったんです。

 私、あんな恐ろしい子と一緒に学ぶなんて、もう無理!

 だから今までも言ったじゃないですか、どうかあの子をここから追放してください!!」

 そして、おびえたような表情を浮かべる。


 先生と呼ばれた女性は、ゆっくりと室内を見回して。

「どうやら、暴力は本当みたいですね。

 ショウ、その手を離して。皆の話を聞くから、少し別室で待機していてください。

 大丈夫、あなたの話もちゃんと聞くわ」


 先生と呼ばれた女性は、表情を引き締めてそう告げる。

 ショウと呼ばれた少女は、ひねり上げていた手をほどくと、ただ無表情に頷いた。



 それから。少しではなくだいぶ時間が経って、既に夕刻。建物の中はもう随分ずいぶんと静かだ。

 西日に染まったあかね色のなか、机と椅子が規則正しく並ぶ広い部屋で、ショウは先生と向かい合って座っていた。


「ごめんなさい、ショウさん。こんな時間になってしまって」

 申し訳無さそうにれる先生のあおい目と、長い金髪。

 それを血のように紅い瞳で見返しながら、ショウは淡々と言葉を発した。

「いいえ、先生。

 これだけ時間がかかったということは、もう私の処分は決まったのですね。

 ただ、私の話も聞いたという形を整えるためだけに、この場を準備してくださったのでしょう?」

 そう言われて、先生はわずかに顔をうつむかせた。

「……ごめんなさい。私ではあなたをかばいきれませんでした」


 しかし、ショウは非難する様子もなく、ただそのままに受け入れる様子で。

「しかたありません。

 暴力を振るってしまったのは事実です。

 それに、いくら短くしてもこの真っ白な髪と同じくらい白い肌は奇異の目で見られますし、私の真紅の瞳を『魔眼』とうわさ忌避きひする人だって少なくありません。

 むしろ、よく今まで学ばせていただけたと、運命神様のご慈悲に感謝しています」


「神殿での学問は、人々に開かれた神の恩寵おんちょう

 それを現世うつしよの勝手な都合で断つなど、本来あってはならないはず。

 それなのに、あなたを拒絶しなければならないなんて。ああ、私にもっと大きな伝手つてがあれば……」

「あの子達の中心にいたトーニャさんのご実家は裕福な商家。彼女が公言している『多くの寄付をしているから、神殿も言うことを聞く』というのは、本来ありえないこと、でも事実ですよね?

 それを知っていながら反抗し、今日は取り巻きに手を上げてしまったのですから、覚悟はしていました」

 なおもショウの表情は動かない。それを『あきらめ』と感じたのだろうか、先生も悲しそうに頭をらす。


「あなたがよく我慢しているのを、私は知っています。

 それだけの魔力を持ちながら、なにがあってもそれを勝手に振るったことはないのですから。

 ……どうですか、やはり神官になる気はありませんか?

 あなたほどの力があれば、多くの人を助けることができるはず。私が責任を持って紹介します、もう一度考えてみませんか?」

 先生はそう口にするのだったけれど。


「神殿でも、私の風貌ふうぼうは驚かれることでしょう。もう慣れました。

 それに何かがあって先生に迷惑をおかけすることになっても申し訳ないですし、」

 そこでショウは一度言葉を切ると。

「それでまんがいち今回のようなことがあっては、先生では私を守れないどころか、先生の立場も危うくなるでしょう?」


 それを聞いた先生は、力なく微笑むと。

「そう、ですね。否定できませんね。

 あなたのその絶望を、どうにもできない私の無力がうらめしいです」

 ただ、そう言って。

 そして、しばらく無言の時が過ぎる。


「それでは。先生、お世話になりました」

 ショウは静かに席を立つ。先生は、ただ残念そうにそれを見送りながら、思い出したように告げた。


「そうだ。ショウさんにも希望をくれる場所が、まだあるかもしれません。

 この国最高の学府、『学院』を目指してみてはどうですか?

 優秀なショウさんなら、十分に狙えるはず。本科なら試験にさえ合格すれば、紹介状なども不要です。

 ショウさんは今15歳で受験資格も大丈夫、もしよければ今年の入試を受けてみては」


 それを聞いても、振り返ったショウの表情にやはり変化はなく。

「どうせ、ここと変わりませんよ。

 私の周りは、結局いつもそうです」

 平板な声が口から出るだけだったけれど。


「でも、私は知っているんです。

 以前はショウさんよりもっと無表情で無感動そして心も凍ったように冷酷だったのに、『学院』に行ってからすごく明るく眩しい笑顔を浮かべるようになった本当はとても優しい女の子を。

 だから、ショウさんも学院に行ったら、そんなふうになれるかも。

 いえ、なれたらいいなと思うんです」


 それを聞いたショウは、じっと見つめたままの先生の目を見つめ返して。

「……そうですか。それでは、いちおう気にしておくことにします。

 先生が私に良くしてくれたこと、わかっています。だから、こんな事になってしまってすいません。どうか気に病まないで下さい。

 正直、ここまでしていただいたことがこれまでなくて。

 どうやって先生のご厚情にお応えすればいいかわかりませんが……」


 そして、ショウは頭を下げる。

「いままでありがとうございました、パイロン先生」

 その耳は、先程までの夕焼けがわずかに残ったかのように、ほんの少しだけ赤かった。


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