額を外す
鯛谷木
本編
「ただいまーっ」
勢いよく開くドアの音と共に耳に馴染んだ声が聞こえてくる。ゴソゴソと上着を脱ぎながら近づき、僕の隣でストップする。
「おかえり、香。疲れたでしょ」
「うん!でもまぁ君のためだと思えばね」
いかにもバカップルと言われてしまいそうだが、これが僕らのいつも通りだ。でも、今日はそれだけじゃない。僕は足元に置いていた紙袋から綺麗なラッピングをされた箱を取り出した。
「そんな偉い人には……じゃーん」
「え、なにこれ」
「プレゼント。開けてみて」
香は包装を遠慮なくビリビリとちぎっていく。
「えっと…………メガネケースだ」
「最近欲しいって言ってたからさ」
「えっマジ!うれしい!!さっそく使ってみようっと」
そういうものでもないんじゃないかな……という制止も聞かず、香はメガネに右手を添える。下を向くと同時に、つるにかかった髪がサラサラと擦れる音がする。余った片手で髪を耳にかける仕草に思わずしなを感じ、息を呑む。シャンプーもドライヤーも同じものを使っているはずなのに、どうしてこんなにも真っ直ぐで艶やかなのだろう。きみは外したメガネを1度机に置いてケースを開ける。さっきもそうだったが、嬉しいことがあるとなによりも気の赴くままに動いてしまうところが素直で愛らしい。ボストン型のメガネはまるでこの時を待ちわびていたかのようにケースにピタリと収まった。僅かに力を込められて揃った指がそっと蓋に触れる。蝶番とバネがかすかに軋み、パコンと小気味よい音が響く。一挙手一投足を目で追っていると、三日月のような瞳がこちらを覗き込んだ。見とれている内にいつのまにかこちらを見つめ返されていたようだった。
「何?見てんの?」
「いや……綺麗だなぁって」
「えぇー、毎回言うよねそれ……もう…………お返しだ!!」
照れ隠しの勢いそのままに顔へと手を伸ばされる。視界が切り離されてモザイクに染まる。
「あぁ!!取らないでよ」
これでは君がぼやけてしまう。
「流ってさ、メガネ外すとなんか間抜けっぽい顔してるよね。かわいい」
香はくすくすと笑う。普段は丸みのあるフレームで守られている凛々しい目元も、瞬きの余韻で震える真っ直ぐに伸びたまつげも今は見えないけれど、直接それに触れられるのは、ずっとずっと僕だけでいいのだ。
額を外す 鯛谷木 @tain0tanin0ki
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