佐賀県。気球をくくり付けて空を飛ぶ
無月兄
第1話
都道府県魅力度ランキングで、常に下位。そんな全国屈指の非魅力度を誇るマイナー県、佐賀。
そんな現状を打破すべく、今日も佐賀県庁では会議が行われていたが、なかなか良いアイディアは出てこない。そんな中、しだいに話題は、魅力度一位である北海道へと向いていた。
「いいよな。面積広いし、名産品たくさんあるし、まず日本最北端って立地条件からして勝ち組だ」
「うちも日本最北端だったら、もう少し魅力度がアップするのにな」
しかし、そんな叶わぬことを考えてもどうしようもない。そう思っていたその時です。一人の職員が、こんなことを言い出した。
「それです! 我々佐賀が、日本最北端になればいいのです!」
「いや、そんなの不可能だろ」
「それが、そうでもないのです。皆さんご存知の通り、ここ佐賀では、毎年11月にバルーンフェスタという熱気球の大会があるじゃないですか。その全ての気球をロープで地面にくっつけたまま一斉に飛ばせば、佐賀全土を浮かび上がらせることも可能です」
「なんだって!?」
詳しく計算してみると、確かに理論上は十分に可能だった。そうして浮かび上がらせた佐賀を北海道の上に持っていけば、日本最北端になることだってできる。
だが可能だからといって、それを実行していいかどうかはまた別の問題だ。
「そうなると、今まで佐賀があった場所が空っぽになってしまうぞ。隣県に与える影響はどうなる」
しかし、そのあたりも実は何も問題なかった。
「何を言っているのです。だって佐賀ですよ。日本のどこにあるのかすらも綠に知られてないんですよ。なくなっても誰も困りませんし、もしかすると、なくなったこと自体気づかれない可能性だってあります」
「むぅ……少々悲しいが、確かにその通りだな」
これも、佐賀が地味でマイナーだからこそ。
だが日本最北端になれば、そんなマイナー県という立場から脱却できる。そうなると、もう迷うことはなかった。
この計画は全佐賀県民が賛同し、瞬く間に決定。
数日後には、バルーンフェスタで使う気球全てをロープで地面に繋ぎ、一斉に飛ばした。
そうして佐賀は、ゆっくりとその大地を大空へと浮かび上がらせたのだった。
「「「いざ、日本最北端へ!」」」
こうして、全ての県民の夢と希望を乗せ、ゆっくりゆっくり北へと向かう。何しろこの巨体だから、急いで移動することができないのだ。
それでも、少しずつ近づいてくる日本最北端。しかしもうすぐ到着というところで、重大な問題が発生した。
「さ、寒い! 体が凍る!」
「覚悟はしていたが、まさかここまでとは」
目指す場所は、北海道のさらに北。そこまでくると、当然寒さも厳しくなってくる。
元々、九州にあっあ佐賀県。県民達のほとんどは、この経験したことのない寒さに、すっかり参ってしまった。
「最北端に移るのは中止! そのかわり、最南端に行くってのはどうだ?」
「賛成ーっ!」
こうして、佐賀県はゆっくりゆっくり南に向かいます。目指すは日本最南端。
しかし、そこでも問題が発生した。
「日本最南端となると、小笠原群島ですけど、交通アクセスはあまり良くないですね」
「うむ。これでは魅力をアピールしても、あまり人が来てくれんかもしれん」
こうして、最南端へ移動するのも中止となった。
その後も、第三第四の候補を挙げるが、諸々の事情で、どれもうまくいかない。
そうしているうちに、空に浮いたまま、実に一年が経過してしまった。
「どうします。いっそ、移動を諦めて元の場所に戻ります?」
「今さらそんなことできるか。元の場所に戻ったって、地味でマイナーで誰からも必要とされないままだぞ」
移動先は決まらず、かといって戻ることもしたくないとあって、県民達は悩んだ。
するとそんな時、あるニュースが県庁に届いた。佐賀空港に、一機の小型飛行機が降り立ったのだ。
それは、佐賀が空に飛び立ってから、初めての出来事だった。
いったいどうしたのだと、自ら空港へと出向く佐賀県知事。
すると、飛行機から一人の青年が出てきて言いました。
「あなた方は、佐賀県民ですね。よかった。佐賀が飛び立ってから一年。地上では、そのせいで大変なことになっていたんですよ」
「どういうことだね。まさか、佐賀がなくなったことでみんな大いに困っているのか?」
何しろ急ピッチで空へと飛び立ったため、地上との交通手段はおろか、通信手段もない。地上が今どうなっているかなんて、誰も知らなかった。
そういえばなろう系小説で、主人公がパーティーを追放されたとたん、パーティーが立ち行かなくなり、そこで初めて主人公がいかに必要な存在だったかわかるという話が大量にあった。
もしや佐賀もそれと同じように、無くなって初めてその大切さに気づくという事態になったのだろうか。
そう思い、ワクワクしながら聞いてみる。
だが、青年は首を横にふった。
「いいえ。佐賀がなくなっても誰も困りませんでしたし、無くなったことにすら気づかれませんでした」
「くっ。やはりそうか」
残念ではあるが、本来想定していた通りの結果だ。
しかし、現実はさらに厳しいものだった。
「それどころか、半年もたった頃には、ほとんどの人から佐賀の記憶は完全に消えてしまいました。わずかに、本当にわずかに覚えている人もいましたが、そんなのは妄想の産物だろうと言われました」
「そんな……」
佐賀なんて無くなっても誰も困らない。自虐的にそう言ったことはあったが、現実はさらに残酷だった。
まさか、たった半年でそんなことになってしまうなんて。しかし悲しいことに、佐賀のマイナーさを思うと、納得できる話ではあった。
この残酷な事実に、その場にいた一同は肩を震わせ、涙した。
だが、青年の話はまだ終わらなかった。
懐から、一枚の写真を取り出す。それは、佐賀県各地の写真だった。
「妄想って言われてたけど……ぼくの父さんは昔旅行で行ったんだ。これは、その時撮った写真です。でも、誰も信じなかった。父さんは、詐欺師扱いされて死んじゃった」
「なんと……」
佐賀に旅行に来た。まず、そんな奇特な人がいたことに驚いた。そんな人が佐賀の存在を最後まで信じたこと。そのせいで命を落としたこと。
驚きと悲しみが連続して押し寄せ、一同の顔が曇る。
だがそれを語る青年の表情は、不思議なくらいに晴れやかだった。
「けど、ぼくの父さんはうそつきじゃないよ。きっとぼくが佐賀を見つけてみせる。そう思って必死に探し続け、ついに見つけることができた。父さん、佐賀は本当にあったんだ」
なんだか、某天空の城で聞いたような話だ。
それを聞いた知事の目からは、いつしか涙がこぼれていた。
佐賀県のキャッチコピーといえば、『佐賀を探そう』だった。それをこの青年は、まさに実行、そして達成したのだ。
何より、親子二代でここまで佐賀を思ってくれた人がいた。知事として、こんなに嬉しいことはない。
「なあ、みんな。今さらだけど、やっぱり元の場所に戻らないか。どんなに地味だのマイナーだのと言われても、そんな佐賀をこんなにも必死になって探してくれた人がいた。それこそが、佐賀最大の功績じゃないか」
反対する者は誰もいなかった。例え日本最北端や最南端といったアピールポイントがなくても、佐賀を思ってくれる人はいるんだ。その事実は、みんなの心に勇気と感動を与えてくれていた。
こうして、佐賀の一年にわたる空の旅は終わりを告げた。
バルーンの出力を弱め、再び地上に降り立った佐賀県。
すっかり妄想の産物だと思われていた佐賀が実際したことに人々は驚き、そのニュースは瞬く間に拡散された。
朝のニュースのトピックコーナーの一つとして数分間紹介され、新聞では三面記事の片隅に掲載された。
残念ながら、ツイッターで『佐賀県』がトレンド入りするにはあと一歩及ばなかったものの、それでも佐賀県にしてみれば信じられないくらいの快挙である。
がんばれ佐賀。負けるな佐賀。例えマイナーでも、その魅力をわかってくれる人は、必ずどこかにいるはずだ。
……多分。
佐賀県。気球をくくり付けて空を飛ぶ 無月兄 @tukuyomimutuki
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