そのエルフさんは、日記を書かないらしい。

津舞庵カプチーノ

本編。

 私こと、“エリュウ・エルガルド”は、所謂と呼ばれている種族である──。


 エルフと言えば、皆々は一体どんな印象を抱くでしょうか?

 確かに、私たちエルフという種族は、平均をして長く生きます。私も詳しくは知らないのですが、1000年ほどは生きるそうです。人間という短命な種族の人生ならば、一つの時代が終わってしまいそう。

 あとは、風の魔法を使えるとかでしょうか? 確かに私は、エルフの住まう里で生きてきて、それなりに風の魔法に自負があります。それはもう、「ちょべりぐ~♪」なほどには──。




 ……──え、古い?




 そうです。

 私からはあまり言いたくはありませんでしたが、もう私自身300年ほどは生きているのです。

 人の人生に当てはめてみるのなら、30代後半でしょうか?

 ですが、元々エルフという種族はとても長命な上、老化のスピードも遅いのです。

 実際私も、こうして傍から見れば10代後半ぐらいに見える、とっても若作りなのですわ。




 ……ん?

 ところで、エルフは日記を書くのですかって?

 確かにエルフという種族は、先ほども言いましたがとても長命な種族で、日々の事なんかはすぐに忘れてしまうそうです。

 故に、エルフたちは日記を書く事を好んでいるそうです。


 他人事?

 私たちではない?


 えぇそうです。

 私こと、エリュウ・エルガルドは、

 もう300年も私の人生は積み上げられてきたというのに、日記を書いた事すらありません。

 それどころか、同じ里の出身であるエルフにも日記を書くように勧められましたが、そんな彼にはお返しとしてジャーマンプレスをプレゼントしてあげましたとも。


 理由ですか?

 別に語るほど、世界に秘密なんかが私自身にある訳でもありません。世界的に有名な世界樹の真実の方が、まだ神秘味があるというものです。

 それでも知りたいのですか?

 少し長い話となると思いますが、少々お付き合い下さいませ。



 それは、100年ほど前の事です──。



 ♢♦♢♦♢



 私ことエリュウ・エルガルドは、終わりのない旅をしている途中、クリュカ王国のエルデンという町に訪れていた。

 え、何をしているのかって?

 別に私は、何処か目的地があって旅をしているのではありません。

 むしろ、私の旅には目的地なんてものはないのです。

 途方もないほどの旅々──。それを私は、100年ほど続けていたのです。


 つまらなくないのですかって?

 いえ、つまらないどころか、むしろ楽しいのです。

 確かに、大きな町に行かなければ観光を出来るほどのスポットなんて殆どありませんし、国境を越えなければ町の風景に大きな差異は現れません。


 ですが、それでも楽しいのです。

 人と人とのコミュニケーション。

 そこで、突拍子もなく、また小説は現実より奇なりを体現するような出来事が起きたり、と。


 けれど、私の知り合いの里に残ったエルフたちは、あまり好みではなかった様子。

 旅をしているよりも、里で引きこもっている方が楽しいそうです。

 まだ私が若い──100歳頃の時には彼等を引きこもりだとか罵っていた気がしますが、こうして歳を重ねると人それぞれといった感想が浮かんでくるものです。


「──こんにちわ。この町はとても綺麗ですね」

「おや、旅人さんかい? こんな町までご苦労な事で」

「いえいえ。こんな町とは言わないでください。私は長い間色々な国を旅してきましたが、この町はとても素晴らしいものです」


 そう言って私は、関所を抜けたこの町の風景を目にした。

 嗚呼、とても美しいです──。




 白い、丁寧な加工をされた石畳──。


 人々は、活発に今を生きていて──。


 屋台なんかは、物珍しい品々が並んでいて──。


 何処かしらから音楽が聞こえてくるようで──。




 聞きしに及ぶ街の光景に、私の心は踊っていたのです。

 もうそれは、十数年前に訪れた国で学んだステップを多く使う踊りを、此処で披露してしまいそうになるほどには──。

 でも、我慢はします。

 流石に、折角関所を突破したというのに、不審者扱いをされた上に退去は正直嫌です。


「──それで、この町の宿は何処ですかね? 教えてくれたら嬉しいのですけど」

「あぁそれなら、この道を先に行ってT字に突き当たるから。それを右に曲がると大きな木造の建物と看板があるから、それを目印にするといいよ」

「これはご親切にどうも。──はい、懐にでも取って置いて下さい」


 そう言って私は、その場を立ち去るのと同時に、兵士の人にを投げ渡しました。

 そう、お金です。

 こういったお礼には、万国共通貨幣を投げ渡すと、彼等はとても喜んでくれるのですよ──。



 /2



「──おっちゃん。この赤い果物を一つ!」

「あいよ。しかし別嬪さんだね。おじさん果物をオマケしちゃうよ?」

「えー! それはありがとうございます」


 そこの屋台で私は、どうにか紅い果実を二つ手に入れた。

 これはあまりオススメはしないのだけど、こうして乗り出した時に胸元がギリギリ見えないようにすると、金勘定の甘い屋台の店主はオマケをよくしてくれる。

 けれど、路地裏などに連れて行かれたり、その場で暴行されたりするから要注意!

 もっとも、屋台の店主の奥さんだろうか。私は背後をちらりと見ると、こっぴどく叱られているらしい。


「──さて、まだ日は高いですけど、どうしましょうか? でも一応、関所で教えてくれた宿に行ってみるのも手ですね」


 そして私は、当の宿屋へとたどり着いた。

 そこは、よくある木造の宿屋であっても、丁寧に使われたと理解できるほど愛されていそうな宿屋であった。

 しかして、他の人から見れば普通の宿屋。

 私が森で生きてきたエルフだからこそ、この違いに気付けたのでしょう。


 扉を開けた──。

 まだ昼間だというのに、酒の席に入り浸っている人がちらほらいる。


「──あらいらっしゃい♪ 宿屋グリュッセルへようこそ!」

「えっと、食事お風呂付きで一泊、頼んでいいかな?」

「えぇ、ありがとうございます。一応本宿は料金の先払いと、名前を記入して貰いますので」

「はい。っとこれで丁度でしょう?」

「ありがとうございます。これが貴方様の部屋の鍵となります。あとは、食事と風呂についてですが、時間になりましたらお届けしますね」

「えぇ、分かりました」


 思ったよりも、高額なものとなった。

 いえ、私の財布はそんじょそこらので尽きる事はないのですが、どうもこの町はようです。

 少し聞いてみましょうか。


「──えっと、このお酒を下さい」

「……貴女、未成年じゃないわよね?」

「えぇ、こう見えてかなり歳を取っていて」

「へぇ、私もその若作りを教えて貰いたいほどだわ。──少し待っていてね」


「そう言えば、この町ってかなり物価が高いですよね。屋台で果物を買ったのだけど、とても高かかったですし」

「あれ? もしかして、旅人さん? ──そうそれなら仕方がないわね」


 案外女将は、簡単に教えてくれた。

 勿論、宿の料金を払った上に酒まで頼んだとなれば、少しだけ女将さんの人情も働いてくれたそうです。


「──ここ最近ね。兵士が活発になっているのは知っているのよね?」

「えぇ、此処に来るまでよく見ましたが、もしかして戦争でも起きるのですか?」

「少し違うわね。答えは、この近辺に革命軍が隠れているらしくて、それと正面衝突をする際に、こうして物資を買って結果インフレが起きているのよね」


 なるほど。

 クリュカ王国は、如何やら革命の危機に瀕している様子。

 でしたのならば、明日にでもこの町を発った方が良いですね。

 名残惜しいのですけど。


「──えぇ、今日は皆さんに私から一杯のお酒を奢ります。その代わり、面白そうなお話をお聞かせ下さい。

 さぁさぁ、面白そうなお話を知っている人は、木のジョッキを持って集合を!」


「「「──うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」



 /3



「……うぅ、きぼち悪い。場に当てられて飲み過ぎてしましました」


 私は夜になって目が覚めた。

 何かしらの物音がするからだろうか?

 でも、このままでは二度寝や食事も出来そうにもない。

 いやそもそも、この酒場にはもう誰もいないですし……。


 そんな、意味のない考えを巡らせつつも、私は物音の正体を探るべく、宿屋の外へと出るのだった。






 ──だった。






 炎と黒煙と。


 人々の狂騒が。


 私自身には、それがまるで地獄のようにも思えたのだ──。






「……何、ですか、これ?」


 予想は付く。

 そして、私の予想通りであるのなら、私はこの町を取り仕切るを訪れるべきなのだ。



 /4



 手遅れだった。


 貴族の館の中庭には、無数の怒声を挙げるこの町の住民。


 中庭で凌辱されている、奥方様とその娘様。


 そして、私の知り合いの貴族が、血河を作るほどの湖の中で倒れ伏していた──。



「──おい! テメェ等のせいで、俺等の生活はキツイんだ!?」


「私たちの娘を返してよ!?」


「見ろ! 隠し扉の先から無数の金貨が! これは絶対、横領をしていたに違いない!!」




「「「──でもこれで、私たちはになれる」」」




 私の知り合いの貴族は、とても高潔だった。

 横領なんて以ての外。むしろ、住民のために使っていると、私はその真実を知っていた。


 ノブレスオブリージュたらんとした彼。


 そんな彼が、こんな絶望的なまでの末路を迎えて言い訳がない──!!




「──でも、私は何も出来ない。できなかったんだよ、



 後悔が渦巻く。

 もしも、あと一日早くこの町を訪れたのなら。

 もしも、私が軍隊を相手取るほどに強かったのなら。

 もしも、私が今日彼の元へと訪れたのならば──。






     真っ暗になった。






 ♢♦♢♦♢



 私は、とある特殊体質である。

 と呼ばれる、体質らしい──。


 そう、私には日記の必要なんて最初から必要なかった。


 私の数百年にも及ぶ人生は、喜劇悲劇関係なく、その全てを記憶し続けるのだ。


 私が死ぬ、永劫にも近いその時まで──。





 



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そのエルフさんは、日記を書かないらしい。 津舞庵カプチーノ @yukimn

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