未完・絵日記

惟風

未完・絵日記

「日記を始めてみようと思うんだ」


 カフェの紙ナプキンに悪戯書きしながら、恋人のカズヤは言った。長い睫毛まつげがテーブル越しによく見える。

 飽き性のくせに、と口をついて出そうになったのをぐっとこらえる。熱しやすく冷めやすいのは私も同じだから。

 ふうん、と気のない返事をしたら、顔を上げた彼の優しい視線が私をとらえた。

 胸の奥が温かくなる。私は、カズヤのこの目に弱い。

 今はこんなにもどきどきするのに、いずれ慣れてしまうのだろうか。それは少し、寂しい。


「夏休みの宿題じゃないんだし、何日かに一回とかでゆるくやってけば、オレでも続くかなって」


 紙ナプキンをこちらに寄越す。水入りのコップの絵がそこにはあって、絵心のない私は素直に感心した。


「オレ、落書きすんのは好きだから、絵日記にしようかな」


 その絵日記に、私は登場するだろうか。どんな風に描いてくれるのだろう。

 想像して、笑みがこぼれた。

 そんな私を見て、カズヤもにっこりした。

 ぬるくなったコーヒーも、このひと時の中では甘くて美味だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ちゃんと、続けてたんだ」


 カズヤの部屋、無造作に床の隅に置かれていたノートを拾い上げる。

 ぱらぱらと軽くめくってみると、とびとびの日付と数行の文章、淡い色彩の絵が目に飛び込んできた。

 私はそこに何度も登場していて、日記の中の自分はいつも笑っている。

 嬉しいけれど同時に照れくさくもあって、顔が熱い。

 整った文字も愛おしく、指でなぞって、すぐにしまったと思う。せっかくの素敵な絵日記が汚れてしまった。


「ゴメン」


 横のカズヤに慌てて謝った。心底申し訳ないと思った。

 これ以上汚してはいけない。

 私は日記帳をそっとベッドの上に置いた。


「私も、カズヤのこと見習って、移り気なの治さなきゃだね」


 カズヤの首を持ち上げて、ぎゅっと抱きしめる。

 良かったね。これで、お互いに飽きることはないよ。

 冷たくなった唇にキスをすると、甘い血の味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未完・絵日記 惟風 @ifuw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ