魔女には分かる!! 日記のやめどき入門

宇目埜めう

1

「なにをしているんだい?」


 すっかり夜も更けたリビングで、大好物のチョコレートを頬張りながら、メルは冬華のそばに寄った。フワフワで真っ白な毛に包まれた体は、宙に浮いている。

 少し変わった姿をした魔女であるメルと、魔法によって組成された冬華とうか。二人は、夜であっても眠ることはない。


「日記を書いてるんだよ」


「日記?」


「うん。お昼はみんな起きてるし、することもあるっちゃあるけど、夜はメルちゃんと二人でしょ? そんなに毎晩話すこともないし、暇だから。その日に会ったことをまとめたら面白いかなぁと思って、最近書き始めたの」


「ふぅ〜ん」


 メルは自分から尋ねておきながら、さして興味がなさそうに鼻を鳴らす。「つまらないの」という感情が、表情や仕草に出ている。


「──そうだ。メルちゃんの秘密を何か一つ教えてよ」


 冬華はメルの気持ちを察して、パタンと日記を閉じる。


「なんだい? 急に」


 めんどくさそうに言う割にはまんざらでもないメルは、ふわりと飛び上がって冬華の正面に回った。


「まぁ、いいか。うん。暇だから冬華に付き合うことにするヨ。そうだネェ〜。秘密かぁ。──うん。それじゃあ、日記にちなんだことを一つ教えてあげよう。ボクも日記を書いていたことがあるヨ」


「それが秘密?」


「そりゃあ、キミが知らないことなんだから秘密だろう?」


「うん。まぁ……そうか。ってことは、やめちゃったの?」


 やや屁理屈なような気もしたが、冬華は一応のところ納得する。日記を書いていたことなんてたいした秘密ではない。


「そう。ずっと前にネ」


「どうしてやめちゃったの?」


「キミはいつもそうやって、どうして? って訊くんだネ」


 責める口振りではなかった。どちらかというと感心している。

 メルは常々魔女とは真実の探求者であるべきだと考えていた。だから冬華の旺盛な好奇心を評価している。その意味で、冬華はメルのお眼鏡に適っていた。

 だから、自然と冬華の「どうして?」には応えてしまう。


「あれが最後の嘘だからだヨ」


 メルは言ってしまってからしまったと思った。つい応えてしまったが、冬華よりもずっと付き合いの長い相棒の直人なおとにすら話したことのないことだった。


「──最後の嘘?」


 冬華が聞き流すはずがない。シンと静まり返ったリビングでのことだ。チョコレートの溶ける音でさえ聞き取れそうなこのリビングで、目の前で発したメルの言葉を聞き流すわけがなかった。


「そうサ。最後の嘘。こう見えてボクはネ、昔は大嘘つきだったんだヨ」


 メルは観念したように半ばヤケクソ気味に打ち明けた。

 冬華は強制していない。にも関わらず、割とあっさり打ち明けたのは、メルの心の内に誰かに聞いてもらいたいという懺悔に似た気持ちがあったからかもしれない。その相手として、冬華は適任だった。


「意外かい? ふふん。まぁ、そうだろうネ。キミも知っているとおり、ボクは嘘が大嫌いだからネ。でも……昔は違ったんだヨ」


「そうなんだ。なんか……思っていたよりもすごい秘密を聞いちゃったかも……」


「キミに訊かれるとなんでも応えてしまうヨ。ある種の才能かもしれないネ」


 冬華の好奇心は、まだ満足していなかった。しかし、さらに突っ込んで聞いてもいいものか悩む。

 冬華の様子からそれを感じ取ったメルが「訊きたいことがあるなら訊いたらいいヨ。なんでも一つだけ応えてあげるヨ」と促すと、冬華は「それじゃあ……」と遠慮がちに口を開いた。


「どんな日記だったの?」


 冬華の質問はメルの予想に反していた。

 てっきり『嘘』の方に焦点を当てた質問がくるものとばかり思っていた。

 例えば、「最後の嘘はどんな嘘だったの?」とか「どうして嘘が嫌いになったの?」とか。けれど、冬華はあくまでも『日記』について尋ねた。それがメルにはおかしかった。


「本当にキミは面白いネ。どんな日記か? だネ?」


 メルは冬華の質問を余程気に入ったのか、饒舌に続ける。


「嘘日記──とでも言えばいいのカナ。自分の吐いた嘘と、嘘を吐かれた相手の反応を書き留めるんだ」


「嘘日記……?」


「うん。でも、随分前にやめちゃったヨ」


 メルはふふんと鼻を鳴らして肩をすくめる。


「だから──、最後の嘘が日記をやめた理由なんだね。でも、どうして嘘を吐くのをやめちゃったの?」


「また、どうして? かい? けれど、ダメだヨ。応えるのは一つだけだと言ったはずだ」


 言われた冬華は「あっ、そっか……」と漏らして、納得した。


 ひととおり会話を終えて、またリビングは静かになる。冬華は閉じていた日記を再び開き、ペンを走らせていた。

 静かなリビングでメルは「どうして、今日はガラにもなく昔のことを話す気になったのだろう」と自問する。

 冬華の好奇心に当てられて? それとも、単に気まぐれだろうか。けれど、どれもしっくりこない。

 ふと、冬華の日記に目を落とす。日付の部分が目についた。


「そうか。今日は、ちょうど──」


 メルは自分の好奇心が満たされるのと同時に、自分がまだわずかに過去に囚われていることを知った。

 忘れてはいけないのだから、囚われていてもいいはずなのに──。


 いつか、忘れてしまうのだろうか。

 メルは首を振る。忘れたくないから──、忘れてはいけないから──、新しい嘘で上書きしたくないから嘘日記を、嘘を吐くのをやめた。


「嘘なんか大嫌いだヨ」


 そう呟くと、顔を上げた冬華と目があった。





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 この短編は、『サルでも分かる!! 魔法相続入門』という作品のスピンオフにあたる作品です。本短編のみでは意味の分からない部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。

 もし、ほんのわずかにでも興味を持っていただけたのなら、下記のURLから本編の方も読んでいただけるととても嬉しいです。


 https://kakuyomu.jp/works/1177354055107871230

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