悪夢からの脱却

群青更紗

第1話

 怖い夢を見た気がする。

実際には怖い夢どころか、夢すら見ていないのかもしれない。けれどもとにかく、その恐怖で千綾は飛び起きた。カーテンを開けたまま寝ていた窓から見える満月は、薄雲の向うで不気味に光る。その月影に照らされて、壁に浮かび上がる自分の影が、髪を乱して佇む幽霊のように見え、千綾はさらに怯えた。

 学校で、「怖い話」が大ブームだった。「学校にまつわる怪談話」という本がクラスの中でさかんに貸し借りされ、読まずとも、聞きたくなくとも、その内容は把握出来るくらい、話題になっていた。女子トイレには花子さんが出て、学校帰りには口裂け女が出て、ランドセルの中には覚えのない人形が何度も入り込んで、メリーさんと名乗る女性がいつまで電話をかけてくる。

 ――そのせいだ。

 千綾は布団に潜り込んだ。しかし、薄い夏蒲団は心許ない。押し入れにもう一段厚い掛け布団を取りに行こうにも、恐怖心が勝って行動に移せない。自ら望んで手に入れた1人部屋が、今日に限っては心細かった。

 ――ああ、もう。

千綾は覚悟を決めた。どうせこのまま寝られないのなら、どうせ立ち上がらねばならないのなら。

 千綾は心を凍らせた。そして無機質にベッドから出ると、そのまま真っすぐ両親の寝室へ向かった。


 何かを感じて目を覚ました葭子は、それが何かを確かめようと周囲を眺め、隣で寝ていた夫・研矢の背中に、座敷童子がしがみついているのを見た。

 ――否。

 それは娘の千綾だった。一体何があったのか知らないが、ポーズとしては完全に「取り憑いた何か」である。これが旅館の布団だったら座敷童子と思い込んで、それこそ飛び起きただろう。

 ……寝よう。

 時計は深夜2時を指していた。寝よう。明日も早い。座敷童子を見たことにして、その座敷童子が今後自分たちに幸せをもたらしてくれることを信じて、葭子は少しだけ笑って、目を閉じた。

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悪夢からの脱却 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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