僕の彼女は吸血鬼だけど、ついでに精も吸っていくんです

宇枝一夫

僕の彼女は吸血鬼でサキュバスだった。

♪~ピロピロピロ~♪


 炊飯器の音で僕の目が覚める。


 瞳に映るのは、闇に染まった白い天井。

 身につけているのは、シャツとパンツと、黒のフリース。

 部屋にあるのは、パソコンとペンタブがある机と、本棚の上に鎮座するテレビ。


 そしてクローゼットにはわずかな衣服。

 

 今は午後・・七時ぐらいか……。

 椅子に座りパソコンを立ち上げ、メールをチェックする。

 

――とまとじゅうす様


 いつもお世話になっております。

 先日お送りくださったキャラデザのラフ画を拝見いたしました。

 大変素晴らしい設定画です。

 神裸かみら先生からもこれで進めてくれとの了承を頂きました。

 また後日、挿絵についての連絡をいたします。


       ○○編集部 担当△△――


 とまとじゅうす。

 これは僕のイラストレーターとしてのペンネーム。

 本名は、わからない。


 僕は記憶喪失で、過去のことはほとんど覚えていない。

 仕事も、名前すらも……。


 身元を示すモノは何一つ持っていなくて、行き倒れていたところを、この部屋の持ち主の女性が拾ってくれた。


番場年男ばんばとしお


 僕の名前も、彼女がつけてくれた。


 拾われた時、少しでも記憶に残っているものを紙に書いてみた。

 描かれるのは古今東西、過去現在、様々な衣装を着た美女達。 


 どうやら僕には絵の才能があったらしく、彼女の勧めでパソコンのペンタブで絵を描き、SNSやネット投稿サイトにアップしたら、仕事がもらえるようになり、こうしてなんとか食べていける。


 昼夜逆転な生活に不安を感じていたら


『記憶喪失の後遺症で昼夜逆転なんてよくあるみたいだし、それに絵師の方々も夜の方が仕事が捗るってネットに書いてあったわ』


 彼女は爽やかな笑顔でそう答えてくれた。


 顔を洗い鏡を見ると、僕の顔が映っている・・・・・・・・・

 色白で、わずかに頬がこけた細長い顔。

 これでも大分マシになったらしい。

 拾われた当初は、とても見ることができない・・・・・・・・・ほど、ひどい有様だと聞いた。

 

 洗濯物を取り込んだら冷蔵庫を開け、一般人は夕食と呼ぶ朝食を作る。

 塩鮭をフライパンで焼き、味噌汁はインスタント。

 たくあんを小皿にのせ、お茶碗にご飯をよそうと本当に朝食だ。


 ― 午後九時 ―


 椅子に座りペンを持つと、ライトノベルと呼ばれる小説に登場するキャラクターを煮詰めていく。


 今の仕事は編集長しか顔を見たことがない売れっ子作家、神裸先生の


『両親が再婚してできた三人姉妹は、全員サキュバスでした。―毎夜毎夜、精を吸われて体がもちません―』


のイラストを手がけている。


 題名からわかるとおり、高校二年生の男子主人公が、血のつながらない姉妹から性行為を強要され、精を吸われるストーリーだ。


 もちろん小説の内容をそのまま漫画やアニメにすると、百%十八禁になるほどのお話である。


 しかも、姉妹だけでなく生徒会長の先輩、学年のアイドルと呼ばれる同級生、妹にしたい後輩ナンバーワンのサキュバスも、主人公の精を狙っているという、いわゆるハーレムものと呼ばれる小説だ。


 ― 午前一時 ― 


”ふう~”と息を吐くとベッドに寝転がる。


 心地よい疲れが体中を満たしていく。

 やがて疲れがストレスとなり、股間を刺激し、種の保存本能を呼び覚ます。

 血が注がれ膨張した肉の牙が、下着を、フリースを押し上げた。


 《疲れ魔羅まら》と呼ばれる人間の男の生理現象だと、小説に書いてあった。


(そろそろかな……)


 黒いマントをまとい、エコバッグを手にした”なにか”が、音もなくベランダに舞い降りた・・・・・


”ガタガタ”


「ちょっとぉ~年男くぅ~ん、開けてよぉ~」


 僕を拾ってくれて、名前を付けてくれた女性が、窓の外で情けない声を上げている。

 仕方なくベッドから起き上がると、窓の鍵を開けた。


「もぉ~鍵をかけるなんてひっどぉ~い」


神裸先生・・・・、玄関から入ってくださいとあれほど……。他の人に見られたらどうするんですか?」


「大丈夫、このアパートの住人は”現役”から先祖返りまでいろいろな魔物や妖怪が住んでいるから、今更見られたって平気よぉ!」


「飛んでいる姿を一般人に見られますよ!」


「私を誰だと思っているの? 気高き吸血鬼、《カーミラ》様よ。愚民共の目には映らないわよ」


 彼女は吸血鬼だ。

 ペンネームの神羅もいみな、真名のカーミラからとっている。


 ちなみに僕の名前も、彼女に血を吸われて半分吸血鬼、半分人間となったから、《バンパ番場イアYear:年男》というふざけた語呂合わせで付けたみたいだ。


 当然、ペンネームも推して知るべし……。


「それより~、じゃあぁ~ん! 見て見てこの下着! どうよ? そそるぅ~?」


 彼女はマントを広げると、露出狂のように紫の下着を僕に見せつてきた。


「……はしたないですよ」


「そんなこといってぇ~。疲れ魔羅になったからベッドに横になっていたんでしょぉ?」


「それは執筆なさってた先生も同じでしょ? だから僕のところへ……」


「もちのろんよ。でもそこはギブアンドテイク。溜まっているのをスッキリさせてあげようかぁ~? 自分でする・・より気持ちいいわよぉ~?」


 その言葉に魅了されたように再びベッドに横になると、下着ごとフリースのズボンを脱いだ。


「うふ、素直でよろしい。だから年男くんだぁ~いすきぃ~!」


「以前から思っていたんですが……」


「ん? なにかな?」


「いつも先生はSMで使うボンデージ用の首輪をしていますし、あまり血を吸わないし、なにより僕の精ばかり吸ってますから、本当は吸血鬼じゃなく淫魔サキュバスですよね?」


「さぁ、それはどうかしらぁ?」


 ベッドに乗った彼女は大きく口を開けると、僕の首筋ではなく、肉の牙にかぶりついた。

 最初のうちは、いつその牙が肉に食い込むかヒヤヒヤしていたが、


『そりゃ誘惑に駆られるのは否定しないけどぉ~、血を吸って縮んじゃったら楽しめないでしょぉ~』


 彼女は牙どころか歯に触れないよう、唇と舌と指で僕自身を愛撫してくれる。


 疲れ魔羅と彼女の愛撫は、容易にオスの絶頂へと導いてくれる。


 それでも僕は彼女の愛撫を堪能するため、込み上がってくるモノを我慢する。


 そして限界が近づいてくると、両手を彼女の黒髪の上にやさしく置いた。


 それを合図に彼女の唇と舌の動きが激しくなる。


 なおも我慢する僕の顔を彼女は上目遣いで眺めている。


 まるで、僕が我慢している顔を見て楽しんでいるかのように……。


 我慢の限界に達した僕は、


"!!"


声にならない叫びを上げると、無遠慮に彼女の口の中へ、赤い血ではなく白い体液をぶちまけた……。


"ング……コク……"


 それを彼女は喉を鳴らし、体内へと送り込む。


"ちゅぽん"


「ふぅ~。あ~美味しかった! よし元気出た! 続きはお夜食の後! 作ってあげるからキッチン借りるねぇ~」


 彼女はエコバックを持つとキッチンへ向かった。


 精を吸い取られた僕は動けなくなり、下半身丸出しでベッドの上に横たわっていた。


"♪~♪~"

"トントントン……"


 キッチンからは彼女の鼻歌と、包丁でまな板をたたく音が聞こえてくる。

 

 首を横に向けると、下着エプロンの彼女の姿が目に入る。

 紫の下着に包まれた丸いお尻。

 くびれた細い腰。

 ブラのひもが横切る背中。


 そして、髪をかき上げた、首輪に包まれたうなじ。


 休息を得た肉の牙は、再び盛り上がってくる。

 今度は彼女の胎内に、白い体液を注ぎ込むために……。


 続きをベッドではなくキッチンで行おうと考えた僕は、ベッドから立ち上がると、全裸になってゆっくりと彼女へ近づいていく。


 下半身から生えた一本の肉の牙は、彼女の血ではなく、柔らかい肉を欲していた。


「痛!」


 彼女が指を押さえる。


「大丈夫?」


 近くから声が聞こえたからか、彼女は慌てて振り返り、そして叫んだ!


「ダメ! 見ちゃだめ!」


 彼女の肩越しから見えたモノ。

 左手の人差し指を右手で必死で隠している。


 やがて手首まで伝い落ちる赤い液体。


"ドックン!"


「思い出さないで! 堕ちちゃだめぇ!!」


"ドックン! ドックン!"


 彼女の願いもむなしく、記憶という深淵の闇へと僕は堕ちていく……。


 百年、二百年、三百年……。

 それ以上の過去へと……。


 思い出す、様々な美女の顔、衣装。

 そして……美しい首筋。

 そのすべてに僕は牙を食い込ませてきた。


 牙を伝って体内へ流れ込む血液は、肉体を愉悦、快楽、そして、悦楽へと満たしてくれる。


 しかし、すぐさま別の記憶がよみがえる。

 

 十字架……ニンニクの匂い……銀のナイフ……銀の剣……そして、銀の弾丸!


 降り注ぐ太陽の光……浴びせられる聖水……体を貫く杭!


 コウモリとなり……オオカミとなり……そして、灰となった日々。


 そうだ、吸血鬼なのは……僕の方だったんだ。


「あ……がはぁ……ぁぁぁぁあああ!!」


 開かれた僕の口から二本の牙が伸びる。

 それは彼女のよりも長く、鋭く、そして高貴で美しい牙!


「がはああぁぁ!!」


 前後不覚となった僕は、一目散に彼女の首筋へと牙を突き立てる!


 しかし


"ブズッ!"


 一瞬早く、彼女の牙が僕の首筋に突き刺さった。


 血が吸われると遠い過去の記憶から順番に薄れていく。

 同時に、最近の記憶を思い出した。


 真夜中に満身創痍で倒れている僕を、散歩していた彼女が助けてくれた。


 そして彼女は、僕を助けるため、みずから首を差し出した。


『まさかペンネームのとおり、女吸血鬼になるなんてね』


 その記憶さえ、彼女の吸血によって薄れていく……。

 糸の切れた操り人形のように、僕はその場で崩れ落ちた。


「もう少し、もう少しだから……」


 眠りに落ちていく僕の耳に、彼女の声がはっきりと届けられる。


「聞いたことあるの。吸血鬼を人間に戻す方法、それは……


『吸血鬼自身が、血と精を吸われること』」


 彼女は苦しそうに咳をする。


「ゴホッ! やっぱり本物の吸血鬼の血はキツい……ゴホッ! ゴホッ! い、今はまだ窓の鍵も開けられない半人前の吸血鬼だけど、きっと、貴方を不死の呪いから解放してあげるわ。たとえ……それが……出来なくとも……」


 僕の頬に一滴の涙が落ちてきた。


「お互い半鬼半人になれば、寂しくないし、朽ち果てるときも、二人いっしょなら……怖くないでしょ……」


 僕は深い眠りへと落ちていった。

 

 完



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僕の彼女は吸血鬼だけど、ついでに精も吸っていくんです 宇枝一夫 @kazuoueda

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