空飛ぶシンデレラ~魔法の時間は終わらない~

oxygendes

第1話

「こんなの聞いてないわよ」

 シンディは絶句した。着付けと待機の場所として案内された機体後部には、二十組近いファッションデザイナーとモデルでごった返していたのだ。内壁に名札が貼られ、区分けされているが、それぞれが一・五メートル四方くらいしかない。エレナと一緒に自分たちのスペースを探し、何とかそこに落ち着いた。


「入賞者がこんなにいるなんて」

「本当の勝負はこれからと言うことね」

 エレナは闘争心を掻き立てられたようだった。彼女たちは新たに始まった世界的なファッションデザインコンテストで入賞し、入賞者のみで行うコレクションのためにここに来ていた。コレクションには有名なオートクチュールの経営者やファッション誌の編集者が観客として参加しており、ファッションデザイナーを目指す者の新たな登竜門になるものだった。

 風変りなのは、コレクションがロンドンからニューヨークに飛ぶ、貸し切りの大型旅客機の中で行われると言う事。時間は午後十一時から真夜中の午前零時までと言うことだった。既に旅客機は空港を飛び立ち、大西洋上を飛行している。


「ドレスの披露は一作品ずつ行い、ランウェイを三分間で往復する規定よ。こんなにいたら」

 シンディは周囲を見回した。

「作品すべてを披露できないわ」

「選ばないといけないわね」

 エレナはトランクから三着のドレスを取り出した。柔らかな花びらが重なって形作られた様なローズレッドのドレス、鋭角的なフォルムで輝く青から深い海の藍色へのグラデーションが鮮やかなブルーのドレス、ノンショルダーできゅっと絞ったウエストからふわりと広がるスカート部分に切り替わる白いドレスだ。この三着がコンテストの入賞作品だった。

 シンディがデザインし、エレナがパターンを起こして縫製したものだ。シンディがモデルを務めるため、彼女のサイズで作っている。


「私はこれで行きたいと思う」

 シンディはブルーのドレスを指さした。

「いいと思うわ。作り手の意志が感じられるし、あなたに似合っている」

 エレナも賛成する。

「もうすぐ始まるわ。急いで着替えしてしまいましょ」

 エレナはコレクション会場との仕切りの壁に架けられた時計の文字盤を見ながら囁いた。


「お待たせしました。これより入賞作品のランウェイを行います」

 区切りの向こうから司会者エムシーの声が聞こえた。こちら側で控えるモデルたちは緊張した顔付きだ。

 そして、モデルたちが一人ずつコレクション会場に入って行く。数分して戻って来たモデルたちは皆、高揚した表情に変わっていた。


「次はシンディとエレナの作品です。躍動する海の蒼のドレス」

 司会者エムシーの声に、シンディはコレクション会場に入った。会場は煌々とした照明で、特にランウェイは白く輝いていた。

 シンディは背筋を伸ばし真っすぐに歩いて行く。顔をメリハリをつけて動かし、左右の観客に視線を向ける。

『私は強い』

 心の中で呟く。

 観客は皆、シンディを刺すような視線で見つめていた。

『私は美しい』


 ランウェイの端の踊り場でターンして静止する。腰に右手を添えて胸を張った後、片足を後ろに引いて優雅にお辞儀カーテシーすると、蒼い光のさざ波がドレスの上を脈動しながら伝播していった。観客の間からため息が漏れる。

 シンディは背筋を伸ばした。再びランウェイを闊歩していく。力強く、堂々と。そうしてランウェイを渡りきった。


「よかったわよシンディ、とってもかっこよかった」

 控室に戻ったとたんにエレナに抱き着かれる。抱きしめられて初めて自分の心臓が激しく打っている事に気が付いた。エレナの腕の中で動悸はゆっくりと平常に戻っていく。


「コホッ、よろしいかな」

 上品なスーツを着た男性に声をかけられてシンディは我に返った。

「コロエのマネージャーをしておりますロメオと申します」

 差し出された名刺を受け取る。コロエはオートクチュールの有名ブランドだった。

「できれば、あなたと契約したいと思います。当社のモデルとして」

「え……」

 それは彼女が望んでいたのとは違う言葉だった。


「すみません。私が目指しているのはデザイナーです。エレナと一緒に……」

 シンディの訴えに、ロメオ氏は困惑している様だった。

「申し訳ない。てっきりモデルの方だと。だが、モデルをしながらデザイナーを目指す方法もありますよ」

 それではエレナと活動する時間が減ってしまう、どうすればいいの、シンディは苦悩した。助けを求めてエレナの顔を見る。目をキラキラさせているエレナの顔は『こんなすごい話は受けるのが当たり前』と言っているように思えた。でも……。


 時計の文字盤が戸惑うシンディの目に入った。時計の針は十一時五十八分を指している。コレクションの終了時間まであと二分しかない。エレナと一緒にファッションデザイナーを目指した魔法の時間は終わってしまうのかしら、シンディがそう思った時……、


 時計の長針が突然逆回転し始めた。目でわかる速さで左に回って行く。短針もゆっくり戻って行く。針は十時五十八分を指して止まった。

「ただいま、タイムゾーンを移動しました。時計は一時間巻き戻されます」

 仕切りの向こうから司会者エムシーの声が聞こえた。


 呆然としているシンディとエレナにロメオ氏が声をかける。

「おや、ご存じなかったのですかな。この飛行機はマッハ〇.八五の速度で大西洋上を西に飛んでいます。この緯度ではおよそ一時間ごとに、時差が一時間ある隣のタイムゾーンに移動するので、そのたびに時計を巻き戻すのですよ。この後も何回か同じことが起こります」

 両手を広げて周囲を見回す。

「これだけの作品数です。たった一時間で終わる訳はないでしょう」

 シンディとエレナを順番に見て、片目でウインクした。


「と言うことで、コレクションはまだまだ続きます。その後で、またお話ししましょう。デザイナーの話も含めてね。あなたたちに一番初めに声をかけたのがこのロメオである事はどうかお忘れなく」

 そう言ってロメオ氏は去って行った。


「それじゃあ、次のドレスを」

「ええ」

 シンディとエレナの魔法の時間はまだまだ続いている。


              終わり

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