世界更新力理論

ささやか

本文

 真夜中とは午前0時、一日と一日が切り替わる瞬間であり、それはすなわち世界が更新される瞬間であると定義付けてよい。

 この世界が更新される際のエネルギー利用を思いつき、世界更新力理論を発表したのがアブクスキー博士だった。世界更新力理論は当初こそ学会から見向きもされなかったが、アブクスキー博士がギャンブルで身を持ち崩して首つり自殺をした後に再評価される。

 世界更新力のエネルギー量は極めて高く、二十四時間に一回しか採取できないというデメリットを補って余りあるものだった。しかも火力のように二酸化炭素を排出することもなければ原子力のように放射性廃棄物が出るわけでもない。

 各国は世界更新力こそが完璧かつ完全な次世代エネルギーであると称賛し、こぞって世界更新力をエネルギーとして利用した。以後、エネルギー資源を巡る紛争が減り、地球はまた一歩平和へと近づいた。また、湯水の如くエネルギーを利用できる環境が整ったことで科学の発展も加速した。

 人類は順調だった。我が世の春を謳歌した。だがここで一つ誤算が生じる。アブクスキー博士の世界更新力理論は正しかったものの、検討が不十分な点が存在した。それは世界更新力をエネルギーとして多量に利用した場合、世界が適切に更新されるのかという点である。アブクスキー博士は、人類がエネルギーとして利用できる世界更新力は全体のごく一部であり世界の更新に影響を及ぼさないと考えていた。しかし急速な科学の発展により人類が利用できる世界更新力の量は増大しており、そのエネルギー利用量はアブクスキー博士の想定を遥かに上回っていった。やがて人類の利用量は閾値を超え、とうとう世界が更新されなくなる。

 世界が更新されなくなったことによる最もわかりやすい影響は、夜中がずっと続くことだ。時間の更新に失敗したのだ。日付も時間も、更新に失敗した日の0時からぴくりとも動かなくなった。幸いにして人類を筆頭とした生物の更新は無事になされているため社会活動の継続は可能であったが、様々な支障が生じることは微細に説明するまでもなく明らかだった。

 世界更新力の利用を閾値未満に留め続ければ、やがて適切な更新がなされるはずであった。だが更新失敗以前と比べ常闇と化した地球においてはエネルギー需要が著しく増加しており、生活水準を維持することを目的とした世界更新力の節約には元々抵抗があった上、各国の思惑が複雑に絡まり、適切な更新に向けて人類の足並みが揃うことはなかった。結局、世界更新力のエネルギー使用量は減るどころか増えていった。

 世界の更新は失敗し続け、やがて吸血鬼、トロール、飛頭蛮といった夜にのみ活動する悍ましき化物が発生し、地球を闊歩するようになる。

 これらの化物を既存の化学兵器で撃退することは極めて困難であり、人類は化物に蹂躙される。人類は窮地に立たされた。

 ここで救世主が現れる。

 世界更新力を纏い、自身が変身することで化物への対抗力を得る人間が登場したのだ。彼女こそが始まりの魔法少女ファナ・スティミュラントであった。

 魔法少女ファナ・スティミュラントは各地を回り摩訶不思議な異能を用いて化物を鏖殺していった。また、彼女以外の魔法少女も覚醒していき、魔法少女は人類の希望となった。

 だが魔法少女の適性を持つ人間はごく僅かであり、依然として人類が劣勢に立たされていることには変わりなかった。

 そこに次なる英雄が登場する。ブライアン・フロー博士である。

 フロー博士は、魔法少女が何故化物を倒せるのかという点に着目し、化物は更新失敗したことにより世界に残存したエラーであることをつきとめた。そこから世界更新力を化物に与え強制更新させることで退治する方法を発明した。これにより人類は化物とまともに戦うための武器を手にした。化物が脅威であることには変わりなかったが、かつてのような絶対的な理不尽ではなくなった。

 人類が化物と互角以上に戦えるようになった頃、魔法少女の存在やフロー博士の研究をもとに、世界更新力を利用したアンチエイジング技術が開発される。これは施術を受けた人間に若返りと不老を与える画期的な技術であった。

 このアンチエイジング技術には極めて高額な費用がかかるのはもちろんのこと、莫大な世界更新力を必要とした。だが富裕層は我先にとアンチエイジングを求めた。こうして不老になった富裕層とそれ以外に断絶が生じる。その断絶は乗り越え難く、やがて地球全土を巻き込む戦争に発展する。権力と財力と若さを有する富裕層と数の優位を誇る貧困層との戦力は拮抗した。

 戦争は長きにわたり続き、地球の人口は激減した。富裕層がとうとう滅んだ頃には、世界更新力をエネルギー利用する技術も戦乱の最中さなかで失われ、残った人類は常夜の世界で肩身を寄せ合って細々と暮らした。

 幾度いくたびも世代交代が起き、人々は常夜の中で生まれ、そして死んでいった。朝はすっかり御伽噺となってしまった。

 だが、その長い時をかけ、不足していた世界更新力がようやく満たされる。

 そして、真夜中に世界が適切に更新される。

 長い、長過ぎる夜が明け、人々は生まれて初めて朝を知った。

 おはよう、朝だよ。

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