第36話
アレク様との縁談の話がトントン拍子で進むと、予想以上にアッサリと受け入れられて、驚きを隠せなかった。
婚約予定だったラルフ様に改めて謝罪と報告をすると、
「いえ、大丈夫です。どちらかといえば、ニーナさんは婚約者よりも、お姉さんっぽいなーと思っていたので」
と言われ、満面の笑みで祝福してくれた。
今後はより一層ラルフ様の治療に励み、早く元気にしてあげたい。仮にも婚約者候補だったし、アレク様の婚約者だったセレス様と同じように、私も彼の幸せを望んでいる。
もうすぐ本当のお義姉さんになってしまうので、これからはお姉さんオーラを出していこうと思う。
唯一の友達であるセレス様に報告した時は「でしょうね」と、かなりアッサリしていた。
しかし、友達として気にかけてくれているのは間違いない。公爵家の仲間入りを果たす私のために、色々と世話を焼いてくれている。
なぜなら、仕事が終わった夜に訪ねてくるようになったから。
「もっと白衣をアレンジしなさいよ。女の子らしくないじゃないの」
「薬師の白衣は、清潔感が重要でして……」
「貴族にとっては、女の子らしさも重要なの。もう~、本当に仕方ないんだから」
セレス様のポケットに入っていたリボンやヘアピン・ハンカチなどを使い、白衣が女の子らしくアレンジされてしまう。
なんでこんなものばかり持ち歩いているのかは、聞かないでおこう。たぶん、最初からその気だったからだ。
「髪の毛くらいは自分でセットしなさいよ」
「大丈夫です、それくらいは自分でやりますから。あっ、そうだ。この前言っていたシャンプーを作りましたので、よろしければどうぞ」
「ありがたくいただいていくわ。ずっと楽しみにしていたのよね」
この日、ふっふーん♪ とご機嫌のセレス様が私の部屋から帰る姿が目撃されると、メイドたちの間で噂になった。
アレク様との結婚をよく思われていなかったみたいで、
「まさかの我が儘姫を味方に付けられたわ!」
「どうするの? 私たちでは太刀打ちできないわよ」
「アレク様を独り占めするなんて! キー!」
などと、女性陣の反感を買ってしまっていた。
こればかりは仕方ないが……やっぱり爵位が低いというのは、怖い。無事に結婚するまで、アレク様におんぶにだっこしてもらおう。
場合によっては、友達のセレス様にもどんどんと頼ろうと思う。
なんといっても、今世紀最大の高嶺の花と呼ばれたアレク様に婚約者が現れたとなり、影の薄い私が無駄に注目を浴びているのだ。
今まで名前を覚えてくれなかった常連のマダムにさえ認知されてしまい、徐々に存在感が濃くなり始めていた。
「これよ~ん! 洗顔用の石鹸、やっぱりここにあったのね~ん!」
「うぐっ……、よくわかりましたね。まさか私が作ったと見破られるなんて」
「うふん、忘れないわよ~。ニーナちゅわ~ん」
忘れてほしい……。すぐにでも忘れてもらって、今までの関係に戻りたい……!
「あ~ら、そうそう。アレク様と結婚するらしいわね。おめでとぅ~ん。私は意外にお似合いだと思うわよ~」
「……ありがとうございます」
やっぱりこの人は人柄がいいので、認知されていてもいいかもしれない。新商品を作った時は、試作品を渡して試してもらおうかな。
喜んで協力してくれると思うから。
そんなこんなで月日が流れると、意外に平穏な日々が流れていった。
宮廷薬師として仕事する私の傍には、いつも助手のアレク様がいることもあり、二人で過ごす時間は長い。徐々に両想いの恋愛結婚だと浸透しつつあるので、悪巧みを考える人も諦め始めている。
男爵家の私ならまだしも、公爵家のアレク様を敵に回したくないんだろう。
まあ、当の本人は結婚とラルフ様のことで頭がいっぱいだが。
「明日はニーナの実家に顔を出す予定だが、大丈夫そうか?」
「一応、お母さんに手紙は出しておきましたよ。でも、うちは元々アレク様をもてなすような貴族ではないので、いつ行っても同じですね」
「今回は挨拶に向かうだけだ。もてなしてもらう必要はない。どんな場所に住んでいるのかも知っている」
「小さい頃とはいえ、私の部屋に泊まってましたもんね。あっ、そうだ。せっかくなら、私の部屋で一泊してから帰りますか? 懐かしい気分になれると思いますよ」
子供の頃のように添い寝できたら、より一層仲が深まるのではないかもしれない……そう思っただけなのだが、アレク様の顔が真っ赤になり、挙動不審になってしまった。
「な、何を言ってるんだ? 大人になってからニーナの部屋に泊まれるわけないだろ」
「毎朝部屋まで起こしに来る人が言う台詞ですか? もう結婚すると決まったんですし、添い寝くらいは問題ないと思いますよ」
「絶対に良くないぞ! ラルフも心配だし、日帰りで帰ってくるのは決定事項だ」
私たちの関係が少しずつしか進まないのは、溺愛されすぎている弊害かもしれない。大切に思うあまり、婚約しただけでは手が出しにくいんだろう。
まあ、不満があるわけではないし、今のままでも十分に刺激的であるけど。
「それよりも本当に結婚式を挙げなくてもいいのか?」
「もちろんです。そんな目立つことはやりたくありません。アレク様の知り合いを呼んだら、各国から偉い人が集まり、恐ろしい注目のされ方をしてしまいますよ」
私の知り合いはセレス様と家族だけだし、各国から選りすぐりの美人や偉い人が集まってくると思うだけで、背筋に悪寒が走る。
なんであんな奴がアレク様を……! という嫉妬で、胃に穴が開いてしまうそうだ。
「ニーナがいいなら、それで構わないが……普通はやりたがるものだろう?」
「政略結婚の多い貴族女性は、意外に拒みたいと思うケースが多いですよ。良い顔するのが面倒くさい、という相談を受けたことがありますし」
「それはそうかもしれないが、一般的な女性なら、結婚式を挙げることを望むはずだぞ。女性が主役になる日なんだからな」
チラチラと様子をうかがってくるアレク様を見て、今まで取ってきた数々の行動を思い出せば、好きな人に尽くしたいタイプだと推測ができる。
でも、そんなに大きな愛を受け止められるほど、心に余裕があるわけではない。
「私は主役になるために結婚するわけではありません」
影の薄い私が結婚に望むもの、それは――。
「アレク様と共に過ごす平凡な毎日がほしいだけです。顔を合わせて、話をして、一緒に紅茶を飲む。そんな幸せな時間を続けていきたいだけですから」
何気なく過ごす毎日に寄り添ってくれる人がいる。それが幸せなのだと知っているから。
―――――FIN―――――
【あとがき】
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「弟の婚約者に相応しいか見定めに来た」と言っていた婚約者の兄に溺愛されたみたいです あろえ @aroenovel
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