Midnight Chapel(月光カレンと聖マリオ10)

せとかぜ染鞠

第1話

 こんな日はまた誰かを殺してしまう。だからお勤めには出ない。朔でもないのに月影一条漏れない,垂れこめた暗雲に星々もおおいかくされる真夜中だった。

 一陣の風が吹きぬけ宇宙の万物の押しだまった瞬間に白兎が現れて長い前歯を剝きだし逃げていく。離島の海岸に船をつけ,逆巻く波の洗う岩盤を重い足どりであがってきた男が丘下に広がる墓地に紛れる教会を見おろした。

 開放された礼拝堂へ入り,手燭を敷石の土間に置くと,三條さんじょう公瞠こうどう巡査はマリア像の足もとにひざまずく。「今夜も月光カレンは来ませんでした……体調でも悪いのかもしれません。もしそうならば早く元気になりますように」額ずいて宿敵の健康を祈る。

「公瞠さま……」怪盗とシスターという二つの顔をもつ俺は三條へ声をかけた。

「はあぁっ! 聖マリオさま!?――」立ちあがり,八方をきょろきょろ見渡す。「申し訳ございません! このような夜更けに!」

「よいのです。礼拝堂は出入り自由ですもの」

「ありがたきお言葉!――」膝をつき,両の手指をかたく組んだ。

「折りいってお願いがございます」

「はあぁっ?!――はい! 何なりとお申しつけくださいませ!」

「雑役の娘のことです」

「はい,キヨラコさんですね」

「御存じのとおり目の手術を受ける運びとなりました」

「おめでとうございます! キヨラコさんは新たな目覚めを迎えるのですね!――真夜中の闇を抜け,朝の陽光を浴びつつ美しい光景に胸躍らせるのです!」

「美しきものだけが目に入るわけではございません。見なくて済んだ醜くよこしまなものさえ見えてしまうこともある――そのようなとき,娘をお支えいただきたいのです」

「は,はあ……マリオさまのお膝もとでキヨラコさんをお支えしとうございます」

「私は娘へ教会を譲り,島を去ります」

「何と!――何処いずこへいらっしゃるのです!」

「あてのない布教の旅へと」

「私めもお連れください! マリオさまに一生を捧げると決めているのです!」

「公瞠さまには月光カレンを逮捕するという使命がございましょう――よもや断念されると?」

「むむぅっ!――キヨラコさんはマリオさまのお考えを知っているのですか!」

「いいえ。娘には今夜申しましたことをお話しにならないでください」

「何も告げられないまま,お去りになるおつもりですか!――それでは余りにキヨラコさんがかわいそうだ! キヨラコさんはマリオさまをお慕いしているのです! 僕だって!――僕だって僕だって!――」立ちあがり,叫んだ。「マリオさまをお慕いしています! 信仰対象としてでなく,1人の人間として愛しているのです!」昂揚した声が礼拝堂に反響した。

「あなたさまはとてもお若い。娘もまた……いずれ真実の愛にお目覚めになりましょう」

「マリオさま!」

「公瞠さま――何なりとお申しつけください,さように仰ったはず。男に二言はございますまいな」

 バイバーイと心で告げるなり,手燭の火が消えた。真夜中の礼拝堂に三條を残し,ルーフ上の十字架から春闇へ舞いおりる。潮風にまじって雨のにおいが届けられた。

 キヨラコの手術のときが数日後に迫っていた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Midnight Chapel(月光カレンと聖マリオ10) せとかぜ染鞠 @55216rh32275

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ