新米男爵、ケット・シーの手を借りる

カユウ

第1話

 王城から四度目の使者が訪れたとき、僕は海の向こうの大陸から亡命してきた皇子と皇女のご一行を連れてようやく屋敷に帰りついたところだった。城持ちの領主貴族だったら謁見の間があるのでそちらでお待ちいただくのだが、僕の屋敷には謁見の間なんてものはない。そのため、いたしかたなく使者を応接室に通すようメイドに伝える。

 使者が移動している間に、王子と王女のご一行を別館に案内する。案内もそこそこに皇子と皇女のご一行の面倒を別館につけた執事とメイドに託し、僕は家令のセーネストとともに執務室に向かう。


「先に早馬で伝えた通り、エルブンガルド皇国の第三皇子と第五皇女だ。皇国でクーデターが起こって命からがら逃げてきたところ、大嵐で船が難破。一緒にいる騎士やメイド、執事たちのおかげで浜辺にたどり着くことができたそうだ」


 別館に案内した皇子と皇女のご一行の素性を改めてセーネストに説明する。


「なるほど、あの大嵐に遭われて無事とは幸運な方々ですね」


「流れ着かれてしまったこちらとしては災難だがな。王国の端の端、海と山しかない辺境で別大陸の皇子と皇女の歓待なんてできないっての」


 セーネストが開けてくれた執務室の扉をくぐると、ついつい口からため息が出る。出る前と比べて、執務室の中に積まれていた書類の高さが増えている気がする。


「セーネスト。書類、増えてないか?」


「はい。ご慧眼、感服いたしました」


「山の坑道でオリハルコン鉱石らしきものの算出。森で新種の薬草らしきものの発見。教会でやってる祝福の儀で平民にも関わらず魔力を持つ子どもが見つかった。海から他国の皇族の方々が流れ着いた。他に問題が出たと?」


「ええ。試験的に導入していた家畜がランセルハック領になじむことがわかりましたので、家畜の追加の要望。王城からランセルハック男爵家の当主交代を正式に認可するため、登城の催促。鉱石類の産出量が減ったことや、他に新種の薬草を探すため人手の確保といった陳情などがございます」


 僕は頭をかかえて椅子に倒れるように座るしかできなかった。屋敷のある街の他には、坑道を採掘する村、海で塩の生成と漁業をする村、森の恵みと家畜の飼育をする村しか人の住む場所がない海と山に囲まれたランセルハック領で、問題が起こりすぎだろう。両親が突然亡くなって半年。継いで半年しかたっていない新米男爵への試練としては過剰すぎやしないだろうか。


「<猫の手も借りたい>とは今の僕たちにぴったりの言葉だな」


 暖炉の前に寝ころんでいた猫、ミューシャの耳が視界の端でピクピクする。寝ころんでこちらには背中を向けているミューシャの毛は黒い。しかし、前から見ると胸元だけ白い毛になっている。五年ほど前に森の近くで弱って倒れていた子猫をひろってきて以来、屋敷に住み着いている。今や次から次へと問題がつみあがってくランセルハック家において、ミューシャをなでることが癒しになっている。


「<猫の手も借りたい>、とはどういうことでしょう?」


「ん?セーネストは知らなかったか。我がランセルハック家で代々言い伝えられていることでね。人知をつくしてもなお手が足りないとき、<猫の手も借りたい>と言葉にするとどこからともなく救いの手がやってくる、というものなんだ。語源はわからないが、忙しい状況を表すのに<猫の手も借りたい>とはぴったりだろう」


 すると、暖炉の前で寝ころんでいたミューシャが後ろ足で立ち上がり、こちらに二足歩行で歩いてくるではないか。


「アルバート様。ケット・シーたるミューシャが手をお貸ししますニャ」


「「え?」」


 うやうやしくカーテシーをしたミューシャは、視線を合わせるためか執務机の上に飛び乗る。


「まずは魔力持ちの子どもの話相手と魔力制御のトレーニング、陳情を出されている方への状況説明、それから別館にいる皇子と皇女ご一行の様子見を担当いたしますニャ。アルバート様は使者のお相手からお願いいたしますニャ」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 僕の了承を得たミューシャは執務室のドアに作られたミューシャ用隠し扉から廊下へと出ていく。


「……うん、目の前のことに集中しよう。まずは使者殿だけで帰っていただくのをご了承いただくところからだな」


 ミューシャがケット・シーだったとは衝撃の事実だったが、驚いてばかりのいられない。ミューシャの言う通り、お待たせしている使者殿の相手から取り掛かることにしよう。


 その後、ミューシャのフォローにより、さまざまな問題を解決。しかし、問題が起こる前ののんびりした辺境の男爵領といった雰囲気はない。ランセルハック領は王都の端の端にして、最新の開発に携わるようになった。

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