猫の手を借りに

芦原瑞祥

就職戦線異常あり

「本日は、お集まりいただきありがとうございます。では、弊社採用試験、最終面接を行います」


 会議室のスクリーンの前で、面接官が言う。

 部屋の中には、リクルートスーツを着た大学生が、僕を含めて五人。採用予定人数は一人、全員がライバルだ。みんな優秀そうで自信にあふれた顔つきの人ばかり。僕は正直全然勝てる気はしないのだけれど、長期にわたる就職活動で精神も財布も疲弊していたから、どうかここで決まってくれ! という気持ちだった。


「みなさんには、猫の手を借りてきていただきます」


 は?


 聞き間違いかなと思ったけれど、スクリーンに大きなゴシック文字で「猫の手」と映し出されたから、間違いではないのだろう。周りの空気がわずかに動揺しているように感じる。


「今から一時間以内に、猫の手を借りてきてください。会社の事務所棟ならどこへ入ってもいいですし、誰かに話しかけても構いません。借りられた人は、隣の第二会議室に来て下さい」


「あの、『猫の手』というのは何かのジャーゴンでしょうか」

 真面目そうなメガネの男性が、挙手をして質問する。他の誰もが聞きたかったことを質問してくれたメガネくん、ありがとう!


 面接感が首を横に振る。

「『猫の手』が何を示すのかは、各人の解釈にゆだねます。この試験に正解はありませんので、その答えに至った筋道を説明してください」


 多少は問題の意図が見えてきた。おそらく、突拍子もない問題にどう対処するか、どのような発想をするのか、周りに協力を求めたり交渉したりできる人物なのか、理不尽な状況でも理性的に対応できるか、そんな感じのことをチェックするのだろう。


「それでは始めます。健闘を祈ります」

 そう言って、面接官は扉を開けて隣の部屋へと去って行った。


 僕たちは互いに顔を見合わせ、それでもライバル同士なので無言のまま、会議室の外に出て行ったり、スマホで調べ物をしたりし始めた。

 何かヒントがあるかもしれないし、とりあえず社内をぐるっと回ってみよう。僕は会議室を出て、最上階である三階から順に歩くことにした。

 

 二階に降りると、デスクが並ぶフロアで、複数の社員から署名をもらっている応募者がいた。どうやら、「自分に手助けをしてくれる」という約束書面のようだ。

(なるほど、「猫の手」を「手助け」と解釈して、たくさん約束を取り付けることで交渉能力をアピールするのか)


 実を言うと知らない人と話すのが苦手な僕は、あいつすごいな、と他人事のように感心して一階へと降りる。

 今度は、「こちらで猫を飼っていると聞いたのですが」と鎌をかけている応募者がいた。

「いやー、うちは猫、飼ってはいないよ」とおじさん社員に返されつつも、「私は猫アレルギーなんですが、この社屋に入ってからずっと目がかゆいんです」とねばっている。

(こっちは、物理的に猫を探して連れて行く作戦か。猫アレルギーの猫レーダー、すごいな)


 本物の猫がいるなら、僕も探してみようかな。猫好きだし。

 そう思って外に出ようとしたら、廃材置き場で段ボールを拾ってきた応募者とすれ違った。どこかでガムテープを借りたらしく、きちんと箱として組み立ててある。持ち方に重みを感じないから、中身は空だろう。

 彼が階段をのぼっていく足音を聞いているうちに、「あ、シュレーディンガーの猫ネタをやるつもりか」と思い当たった。


 皆、いろんなことを考えつくんだなあ、それに比べて僕は、と若干劣等感にさいなまれながら、社屋をぐるりと一周する。裏手に、小さな祠があった。

 よく稲荷神社を勧請している会社はあるけど、ああいう商売繁盛祈願の神社かな、と思いながら、僕は二礼二拍手一礼して手を合わせた。


 結局、大した案も思いつかないまま一時間が過ぎようとしていた。

 僕が苦し紛れに用意したうちの猫の話をしようと、第二回会議室を目指す。

(嗚呼、ここも落ちるな。早く楽になりたいよ)


 ノックして第二会議室に入ると、正面に面接官が座っていた。どうやら僕が最後らしい。

 もうさっさと楽になってしまおう、そう思って口を開いたとき、面接官が言った。


「採用です」


 ほへ? となった僕は、「いやあの、猫、借りられてないんですが」と正直に言った。


「いえ、ちゃんと借りられていますよ、猫の手」

 訳が分からなくて困惑していると、面接官が僕の足元を指差す。見ると、いつの間にか右足のズボン裾に、猫の足型がある。


(いつつけられたんだろう。神社で手を合わせていたときか? まあ、つらい就職活動から解放されるのは嬉しいけど、腑に落ちなくて気持ち悪いな)


「社長に会っていただきますので、ついてきてください」

 面接官について、社長室へと向かう。通された部屋は、そこだけ毛足の長い絨毯敷きで、正面にある革張りの椅子に初老の男性が座っていた。その膝の上には、真っ白な猫が一匹。


(あ、本物の猫、いたんじゃん)


 膝に猫ってマフィアのボスっぽいな、などと思っていると、猫が「にゃーん」と鳴いた。


「本日は、当社を受験していただきありがとうございます。内定にあたり、ひとつ当社の特徴――といいますか秘密をお伝えします。差し支えがあるようでしたら、内定をご辞退ください」


 僕は小さく「はい」と答えて、社長の次の言葉を待った。


「対外的には私が社長ということになっていますが、真の社長は別にいます」

 白い猫が、社長の膝から机へと飛び乗る。その尻尾が二股なのを見て、僕はなんとなくわかってしまった。


 僕は猫に向かって、「内定ありがとうございます、どうぞよろしくお願いいたします!」と頭を下げた。

 猫の手を借りてくるという課題はダミーで、実は猫社長が応募者を観察していたのだろう。そして、合格と思った者に足型をつけ、最後に社長面接というわけか。


「では、内定を受けていただくということで、書類は後日郵送いたします。……何か質問はありますか?」


 対外的な方の社長が言うので、僕は訊いてみた。

「どうして僕が採用だったのでしょうか?」

 どう見ても他の応募者の方が仕事ができそうだったのに。なぜ僕のズボンの裾に猫の足型をつけてもらえたのか分からない。


 人間の方の社長が答える。

「その辺はね、我々も分からないのですよ。社長の野生の勘ですね。もしくは気まぐれ。何せ『猫の目のように』って言うでしょ」


 会社をあとにした僕は、「猫社長かぁ」とつぶやく。

 神社に手を合わせる程度には信心深い方が、猫の社長も受け入れそうだと思われたのだろうか。それとも。


 僕はビジネスバッグの中をのぞく。書類や筆記用具に混じって、来る途中の店で安かったからうちの猫用に買った「ちゅ○る」があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の手を借りに 芦原瑞祥 @zuishou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説