第一章 危うきこと神獣の尾を踏むが如し③
そして決戦の日がやってきた。
大きな門にびびり、門から
ずいぶん待たされて忘れられてないかなと不安に思った
「お初にお目にかかります。季佑順と申します」
紅希はさらさらの
「そう。横にいるその子は?」
「妹の明鈴です。年も紅希様の一つ下と近いゆえ、話も
「ふうん。そういうの別にいいわ。用件は」
紅希は自分の
「ははっ、せっかくお目にかかれたのです。もう少しゆっくりとお話ししませんか」
「父があなたに会えとしつこく言うから、仕方なしに顔を出しただけ。
そっけない返しに、さすがの佑順も引きつった笑みを
「なるほど。お父上は
「……私が正妃にふさわしいか
話の思わぬ展開に、出そうになった悲鳴を必死で押しとどめた。
正妃にしないために頑張っているのに、正妃にしようとしてどうするんだ。
「いえいえ、そこまでは申しておりませんよ」
佑順にぺんっと後ろ手に
「言っているも同然じゃない」
「ご
佑順が苦笑いした。こっそりため息もこぼしたのを明鈴は
『兄様、正妃って聞いてませんよ』
紅希に聞こえないように小声で文句を言う。
『方便に決まってる。理由なく訪問できないだろ』
佑順も体を
なるほど。確かに理由は必要だ。それが無いから佑順に頼んだわけだし、佑順は明鈴のために訪問理由をひねり出してくれたらしい。でも一番嫌なところをピンポイントで
静まりかえったのを見計らったかのように如太師が部屋に入ってきた。
「佑順
太師の登場により、
いや、尻込みしていてはいけない、これは佑順が作ってくれたチャンスだと思い直し顔を上げた。礼の姿勢を取り、勇気を出して声を出す。
「あ、あの、私、季明鈴と申します。如紅希様にお目にかかれてとても光栄です」
少し声が
「そう」
一言のみ……。無視されなかっただけ良いのかも知れない。
「えっと、あの、紅希様は何かお好きなものはありますか?」
「別に」
「そ、そうですか」
「人に聞くなら自分のことをまず教えなさい」
きつい言い方に心が折れそう。だが、まぁその通りだなとも思った。相手の心を開きたかったらまず自分から開かないと。
「思い至らず申し訳ありません。そうですね、私の好きなものは、ね……」
「どうしたのよ。今言いかけたでしょ。別にどんな変なものでも構わないわよ。どうせこの場をしのぐだけの会話なんだから」
にべもない言い様だ。だったら言ってやるぞと
「私、猫が好きなんです!」
「へ?」
紅希がポカンとした表情で、口を開けたまま固まっていた。
「だから猫が……あの、どんな変なものでも構わないっておっしゃったのは紅希様ですよ」
思わず
「そうだけど、まさか猫とは……変な子。でもいいわ、あなたが言ったのなら私の好きなものも教えてあげる」
紅希がちょいちょいと手招きしてきた。近寄れということだろうか。
迷っていると、じれたように紅希が「早くこっちに来て」と言ってきた。慌てて近寄ると、
『手に入らないものよ』
ささやくようにこぼれた言葉に明鈴は首を
紅希はあれから明鈴を屋敷に呼ぶようになった。明鈴としては願ったり
今日は通算五回目の屋敷訪問だ。二回目までは佑順が付いてきたが、三回目以降は一人で大丈夫だと断った。明鈴の前では
だが、
そして本日は紅希が大牙に助けられる日だ。シナリオだと紅希が使用人を連れて街に買い物に出るのだが、その態度が気に入らなくて使用人を置き去りにして一人で行動してしまう。その際に破落戸に絡まれたところを大牙に助けられて
紅希の屋敷はいつも
「紅希様はいつもこんなに美味しいお菓子を食べられて
「意外と
紅希が不敵な
「いえいえ
「別に、いつもこんなにお菓子が用意されているわけではないわ」
「そうなのですか。では私はたまたま幸運な日に当たってるんですね。へへ、嬉しいな」
「気付いてない……
紅希がぼそりと何かを言った。
「んん? ほうはなはひまひたか(どうかなさいましたか)」
ちょうどごま団子を
「なんでもない。
ゲームの中の紅希は意地悪ばかりして
「そういえば、紅希様の好きなものの話なんですが」
今度は
「気になるの?」
「はい。何か具体的なものを指しているのかと考えていたのですが、
「まぁ、そんなところね」
やはりなと思った。
「だったら、紅希様にとって
ここぞとばかりに正妃に興味を持たないよう
「私は自分が認めた人の妻になると決めているから、会ったこともない皇子の正妃にあまり興味は無いわ。お父様は私に甘いから好きなようにすればいいっておっしゃってるし。でも先日の様子を見ると、内心では正妃になって欲しいのでしょうね」
身分が高い家に生まれた以上、政略
ゲームの中の紅希は大牙を好きなあまり暴走してしまった。好きになった大牙の心は簡単には手に入りそうもなくて、紅希は余計に恋心に火が付いたのかもしれない。ライバルであるヒロインを
本来なら紅希の初恋を
「紅希様が正妃となって後宮へお入りになったら、こうして一緒にお茶も飲めなくなってしまいますね」
いかにも拗ねたような表情で言ってみた。自分ごときの存在で
「あら、
心なしか紅希の表情が嬉しそうだ。
「もちろんです」
「じゃあ逆にもし後宮に上がることになったら、明鈴も一緒にいらっしゃいよ。
ちょ、ちょっと待ってくれ! 最悪の方向に話が流れてる。
明鈴はだらだらと冷や
「い、いやぁ、その、なんといいますか、妃はなってからが大変らしいですよ。特に正妃は国の行事には必ず参加しなければなりませんし、後宮内で問題が起きたら解決しないといけませんし、そもそも後宮内のしがらみとか
はぁはぁと息が切れる。思わずゲームの知識を引っ張りだしてまくし立ててしまった。ほとんどを侍女である明鈴に
ゲームの中で明鈴はこれらの仕事を紅希から押しつけられ、なおかつ侍女として紅希のお世話もして、紅希の思いつきの我が
「言われてみれば確かにそうね。いろいろ面倒くさそうだわ」
「そうなのです。面倒くさいのですよ」
分かってくれたと、ほっと胸をなで下ろす。
「ふふっ、明鈴って話せば話すほど変な子。普通だったら正妃になれるならどんなことでもやってやるって人間ばかりなのに。少なくとも、私に近寄ってくるのはそういう人間ばかりだったわ」
「私はのんびり
「へぇ、やっぱり変な子」
紅希は
その後も紅希と
「乗り切ったわ!」
達成感に満ちあふれた明鈴は、高々と両
まだ紅希のお屋敷の門を出たばかりだが、
「明鈴、忘れ物よ!」
紅希の声がした。
「紅希様、ありがとうございます」
「忘れ物ないか
「も、もうしわけありません」
深々と頭を下げる。達成感に
「じゃあ戻るわ。急に飛び出したから家の者が
紅希はそういうと
「おう、
「は?」
「あー、これ骨折れた。どうしてくれるんだ、綺麗な姉ちゃんよ」
「どうもしないわ。だって折れてなんかないもの」
「いーや、折れてるね。痛くて痛くてたまんねぇ。ほら謝れよ」
「嫌よ」
じりじりと男が紅希に近寄っていく。すると、男の背後から似たような男達がさらに集まってきた。どうやら仲間らしい。
そこまで考えてはっと気がつく。つまり大牙の助けは来ないのだ。ならばこの破落戸達はこのまま紅希を傷つけるかもしれない。
「下がって、紅希様」
明鈴は両手を広げ、紅希を背に守るように破落戸達の前に立っていた。
「ちょっと明鈴、何をしているの」
「紅希様は私が守ります」
本来であれば大牙が助けてくれたのに、明鈴が邪魔をしたせいで助けはもう来ないのだ。だったら自分が守らなくてはいけない、それがシナリオを変えた己の責任だと思った。
「明鈴、いいから。ほら
紅希がどかそうと後ろから帯を引っ張ってくる。だが、明鈴は
本音は
でもこうして時間
「友情ごっこかぁ? 泣かせるねぇ。じゃあ
しゃべっていた男の手が
「
ぼそりとつぶやく声は、低くとも張りがある。
そこには
「な……んで?」
現れるはずのない大牙がなんで目の前にいるのだ。明鈴はどういうことなのか分からず、ただ
背が高く引き
大牙がちらりと明鈴を見た。金色の
怖い、まとう空気が
大牙の視線が残りの男達に戻った
「邪魔だ、お前ら消えろ」
大牙が男達に言い放つ。しかし、男達の方は人数が多いせいか、逆にニヤニヤとした
「兄ちゃん一人で何が出来る」
男達が大牙を囲むように散らばった。しかも、短刀まで取り出した。
「笑わせるな。俺の
大牙は
大牙は止まることなく立ち上がると、右方向にいた男を
「ひぃ」
短刀を向けられた男は悲鳴と共に腰を抜かし、
明鈴は大牙が破落戸達を追い払うのを冷や
理由は分からない。けれど、大牙が助けに来たら紅希は恋をしてしまうだろうし、恋に落ちたら紅希は親の権力をフル活用して大牙の
「失敗した……」
震えた声でつぶやく。
つい先ほどまで
大牙が明鈴の方を向いた。じろりと見下ろされる圧に無意識に腰が引けてしまう。
どうしよう、
大牙が一歩近寄ってきた。明鈴は一歩下がる。また大牙が一歩
「明鈴、
息が上手く出来ない。怖い、助けて欲しい。思わず紅希に手を伸ばしかける。
だが、その手は途中で大牙につかまれた。
「おい、
大きな手につかまれた手首が熱い。見下ろしてくる瞳が怖かった。
「
明鈴は勢いよく
十二神獣の転生妃 最凶虎皇子の後宮から逃げ出したい! 石川いな帆/角川ビーンズ文庫 @beans
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