第一章 危うきこと神獣の尾を踏むが如し①
明鈴は小柄な体格で
「
「そうよね。
この儀式は成人を祝うと同時に、五百年に一人現れると言われている『桃仙の乙女』を見つける役割も担っている。桃仙の乙女に選ばれし者が桃果堂に祀られている桃の木の実を食べると力が
あと残るは小柄な町娘が一人だけ。神官達からもこれで儀式が終わりだと
「桃仙の乙女が現れたぞ!」
神官の声が
頭の中に見たこともない風景や人物の映像が次々に浮かんでくる。いったいどういうことなのだろうか。明鈴の過ごしてきた中で行ったことも出会ったこともないはずなのに、えもいわれぬ
これは桃仙の乙女が現れたから起こったことなのだろうかと思い、隣にいる愚痴を言っていた二人を見た。しかし、桃仙の乙女を見つめて
「あ、あのぉ、何か起こってますか?」
思い切って声をかけるも、明鈴に近い方にいた娘が
「見て分からないの? 桃仙の乙女が現れたって言ってるじゃない」
けれど、この
浮かんできた映像の中で一番多く出てくる人物がいた。髪や目の色は
映像の中で明鈴(仮)は日本という国でここよりも便利で快適な生活をしている。でも会社では
え、なにこれ。普通に
「これって私の前世?」
ぽつりとつぶやきがこぼれた。自分という感覚があっても、今の明鈴の過ごしてきた
泣きそうな気分でまわりを見る。ひとり混乱する明鈴をよそに、桃果堂に集まった人々は先ほどと変わらず桃仙の乙女に
桃仙の乙女って、まさかあの『桃仙の乙女』だろうか?
首を
桃仙の乙女が出現するこの世界は明らかに乙女ゲームと
『中華神獣絵巻~桃仙の乙女は愛で世界を救う~』は十二支がモチーフになっており、それぞれの動物を祀る十二の国が舞台だ。そして各国の皇子ルートと
「あれ、ちょっと待って。うそ、ここ寅国じゃない?」
ざあっと血の気が引いていく。
まだ決まったわけではないし信じたくもないが、もしも転生していたとしたら、なんで寅国なんだろう。正直なところ別の国に転生したかった。卯国とか
何故なら寅国の攻略キャラである皇子の
しかし、すでに寅国に生を受けている。
「
明鈴は手汗だけでなくもう全身から冷や汗があふれ出てくるのがわかった。自分の立たされているポジションに思い至ったからだ。
「確か、この正妃様が問題なのよ」
正妃はいわゆる悪役ポジションでヒロインをいじめる。それがもとで皇子の
前世もろくなもんじゃなかったけれど、もしここが乙女ゲームの世界ならば転生してもろくなもんじゃないという現実に
いや、まだ受け入れるな。
「いや、何あれ!」
けれど、叫び声をあげたのは明鈴ではなかった。桃果堂に集まった少女達がある一点を指し示しながら
「何か黒い動物がいるわ!」
「あの大きさ、耳と長い
「
神官達が桃仙の
『猫』という言葉に明鈴は目を見開いた。猫、それはもふもふとした
実は
今までの明鈴にとって猫はただの
「ねこ……本当に?」
吸い寄せられるように
どんな猫だろうか。でも色が黒いようだから心配だ。黒は『
明鈴がやっと人垣の間から黒っぽい
「やだ、じっとこっち見てる!」
猫らしき動物に近い位置にいた少女が、
なんてことをするのだ! 至高の存在だぞ、
そもそも
結局、猫らしき動物は桃果堂の奥に広がる竹林へと走り去っていった。
あの子は
「もふもふしたい、すーはーしたい」
明鈴の口から
でも、欲望を満たすよりもあの子の安否を
「猫ちゃーん、出ておいで。
猫らしき動物と呼びかけるのもおかしいので、もう猫と呼ぶことにした。
桃果堂での騒ぎ声が小さく聞こえるくらい進んでくると、大きな石の
「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫だから。ほら、おいで」
すると毛は逆立っているがうなり声は消えた。もう少しだ。
猫は先ほどまで走っていたとはいえ、この場所でしばらくじっとしていたはずなのに呼吸が
「ね、
猫がかじりやすいように桃の皮をむく。
「この桃、
猫の逆立っていた毛がふっと落ち着いた。威嚇をといてくれたのだ。でもまだ動かない。
腹筋や腕の筋肉が
「はぅわ……」
明鈴から一瞬言語が消えさり、なんとも形容しがたい
桃の果汁をなめ取るように、猫が明鈴の手をぺろっとなめた。その
存在してくれてありがとうと感謝を捧げたい。
全体的に灰色で、ところどころに黒い
そんな風に猫を見ていると、後ろ脚に傷があるのを発見した。黒っぽい毛のせいで、血が
「こっちへおいで」
衣装が
そして、猫は明鈴の膝にポテッと前脚を置いた。
「うぅ……かわゅ」
心を許してくれたのかと思うと感激で泣きそうだった。でも泣いている場合ではない。怪我の手当をしなければと
「手当してあげるね」
明鈴がそっと猫を撫でると、返事をするかのように「なーぅ」と鳴いたのだった。胸のあたりから温かさが体中にほわっと広がる。
猫をそっと抱え上げて膝の上に招く。
「さぁできたわ」
大人しくされるがままの猫の背中を毛並みに沿って撫でる。明鈴が撫でるとほんの少しだが灰色と黒の斑模様が
「はわわっ、かわゅ」
明鈴の言語
「これは洗って思い切り吸うしかないわ。さぁ猫ちゃん、
猫を
「え、ちょっと、どうしたの?」
落とすまいと
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