夢の戦士・今夜も参上!

Youlife

第1話

「おうっ、インソムナーただいまさんじょう!てきはおまえだな?このわたしの、むげんビームでひきさいてやろう!」


 慶斗けいとは晩ご飯を食べ終えると、いつものように「インソムナーごっこ」の時間が始まる。ソファーの上に足を掛けると、両手を高くかざしながら高々と跳び上がり、そのまま床の上へと倒れ込んでいった。

 子ども達に大人気のテレビ番組「夢現戦士インソムナー」。慶斗は毎週欠かさず観ており、幼稚園でも毎日友達とインソムナーごっこで盛り上がっていた。


「さ、慶斗。寝る時間だよ。もうすぐ九時になるからね」


 母親の茉莉子まりこが慶斗を呼ぶものの、慶斗は首を振って、インソムナーの必殺技を真似しながらずっと一人で戦い続けていた。


「慶斗!聞こえないの?寝るから、こっちにおいで!」

「はーい、ママ……」


 慶斗は茉莉子の声をようやく聞き入れ、茉莉子の胸の中に飛び込んでいった。


「さ、寝ようね。大丈夫よ、ママが隣にいるんだから」


 茉莉子はしばらく慶斗を抱きしめ、背中をさすると、慶斗はゆっくりと目を閉じ、そのまま眠りについた。

 茉莉子は慶斗の身体を敷き布団の上にそっと降ろし、寝室から出たものの、その後は全く何事も無く、茉莉子は慶斗のことを忘れて別室でテレビを見ていた。

 その時、寝室から激しい泣き声が響き渡った。


「たすけてよお!たべられちゃうよお!だれかぁ!」


 茉莉子は急いで寝室へ走っていった。ドアを開けると、そこには泣きじゃくりながら暗闇の中立ち尽くす慶斗の姿があった。


「どうしたの?」

「ゆめのなかにでてきたんだよ、くろかめんが」


 茉莉子は興奮気味だった慶斗の背中をさすって、気分を落ち着かせた。

 茉莉子は慶斗の目の前にしゃがみ、肩に手を置きながら「くろかめん」について尋ねた。


「ねえ、どんな生き物なのか、ママにも教えてくれるかしら?」


 茉莉子は本棚から落書き帳を取り出し、慶斗にクレヨンを渡すと、慶斗は「くろかめん」の画を描きだした。その正体は、目だけが白く、その他は顔も身体も真っ黒な、正体不明の化け物だった。茉莉子は、その化け物の姿にどことなく見覚えがあった。


「この化け物って、こないだインソムナーに出てきた怪物じゃない?」

「そうなの。ぼくのゆめのなかにこいつがでてくるんだ。おまえのこと、たべてやる~っていって、ぼくのことをおいかけてくるんだ。そしてぼくは、さいごにこいつにたべられそうになって、めがさめたんだ……」


 先日放送された「夢現戦士インソムナー」に登場した怪物「黒仮面」が、子ども向け番組にはふさわしくない位に不気味な風貌をしていた。その姿は、幼い慶斗の心にトラウマを植え付けてしまったようだ。

 茉莉子は、何度も慶斗の頭を撫でると、慶斗の目を見ながら優しく語り掛けた。


「今日はママも一緒に寝るから、大丈夫だよ、いつかくろかめんを一緒にやっつけようね」


 すると慶斗は大きく頷き、「ママ、いっしょにやっつけようね」と言って微笑んだ。



 翌日、いつものように寝床についた慶斗は、相変わらず何かに怯えるかのような様子で、全身を震わせながら布団の上に立ち尽くしていた。


「ママ……きょうもこわいよ。くろかめんがこわいよ」


 慶斗の声を聞いた茉莉子は、白い歯を見せながら笑い、エプロンのポケットから銀色の筋肉質な肉体を施した人形を取り出し、慶斗に手渡した。


「あ!インソムナーだ!」

「これを手に握りしめながら寝てごらん。インソムナーがきっと慶斗を助けにくるから」


 そう言うと、茉莉子は目配せし、インソムナーの人形を慶斗の手にそっと置いた。


「うん!きっと、インソムナーがやっつけてくれるよ」


 そう言うと、慶斗はインソムナーの人形を大事に握りしめ、茉莉子に背中をさすられながら眠りについた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 慶斗の夢の中。

 幼稚園の園庭で、慶斗はいつものようにインソムナーごっこで盛り上がっていた。

 その時、黒い影が後ろから徐々に慶斗たちの真後ろへ迫ってきた。


『ギャハハハ、今日も現れたのか?懲りねえやつだな。またお前らを食べてやるわ!』

『く、くろかめんだ!にげろ~!』


 黒仮面は白い目を光らせ、口を大きく開くと、目の前にいる子ども達を次々と口の中に放り込んでいった。黒仮面は逃げようとしていた慶斗を見つけると、目にも止まらぬ猛スピードで追いかけてきた。


『つかまえたぞ~!ギャハハハ』


 不気味な声を発しながら黒仮面は慶斗の足を掴んだ。すると、慶斗の手にしていたインソムナーの人形が突然巨大化し始めた。


『え?インソムナー?』


 インソムナーは巨大化が終わると、向きを黒仮面の方向へ変えて、そのまま空高く舞い上がり、両手から夢幻ビームを送り込んだ。


『グハアアア!』


 地面に倒れ込んだ黒仮面の背後からインソムナーが両手で首を絞めると、くろかめんは不気味な叫び声を上げ、まぶしい光を放ちながら突如姿を消してしまった。


『やったあ!ありがとう、インソムナー』


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


「おはよう、慶斗。今日はちゃんと眠れたね」

「あ、ママ……おはよう」


 慶斗は目を覚ますと、片手に握られたインソムナーを見ると、ホッとした表情を見せた。


「ママ、このインソムナーがぼくをまもってくれたんだ」

「そうなんだ!すごいね。じゃあ、今夜もこのインソムナーを持って寝ようね」

「うん!」


 その晩も、そして次の晩も、慶斗はインソムナーを手に眠りについた。

 インソムナーを握りしめた時の慶斗は、一度も起きることもなく朝を迎えられるようになった。

 一ヶ月近く経ったある日、いつものように寝る時間を迎えた慶斗は、どこか元気のない顔をしていた。


「どうしたの?今日もインソムナーを持って寝るんでしょ?」

「だめだよママ、インソムナー、ケガしちゃったの」

「ケガ?」


 すると慶斗は、片手が取れてしまったインソムナーの人形を茉莉子に見せた。


「どうして取れちゃったの?」

「さっきね、むげんビームがでるように、にんぎょうのてをうごかそうとしたの。そしたら、ボキッとおれちゃったんだよ」

「そうなんだ……まあ、近くのショッピングセンターで売ってた安い人形だからなあ」


 茉莉子は、接着剤で何度か腕を取り付けようとしたが、上手く取りつかず、結局今夜は片手のないままのインソムナーと一緒に眠りについた。


 ・・・・・・・・・・・・・・


『グハハハ、今日こそはお前を食べてやるぞ!』


『やーだねー!ぼくには、インソムナーがいるんだもん。おまえなんかすぐやっつけてやるぞ!』


 黒仮面は不気味な声を立てながら徐々に慶斗に近づき、襲い掛かろうとしていた。その時、いつものように慶斗の手にしたインソムナーが徐々に巨大化し、黒仮面の前に立ちふさがった。

 しかし、今日のインソムナーは片手が欠けていた。そのせいで、いつものようにビームを発することができないインソムナーは、自分の力だけで黒仮面と戦うしかなかった。しかし黒仮面の力と身のこなしは想像以上で、インソムナーはあっという間に組み敷かれると、黒仮面はその上に乗り上げ、大きな口を開けて、インソムナーの身体をむさぼり食べようとしていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


「ぎゃあああ……インソムナーが、ぼくのインソムナーが!」


 茉莉子は居間でテレビを見ていたが、寝室から慶斗の泣き声がしていることに気づくと、慌てて寝室に入り込んでいった。

 そこには、全身を震わせ泣いていた慶斗の姿があった。


「インソムナー!たちあがってよ!このままじゃたべられちゃうぞ!」


 インソムナーの人形を握りながら泣きわめく慶斗を見て、茉莉子は慶斗の耳元に近づき、頭を撫でながらそっと耳打ちした。


「慶斗は何度もインソムナーに助けてもらったんでしょ?だから、今度は慶斗がケガしてるインソムナーを助けないとダメだよ」


 ・・・・・・・・・・・・・


 再び夢の中。

 絶体絶命の危機にあったインソムナーの傍で呆然と立っていた慶斗の耳に、母親の茉莉子の声が響き渡った。


『え?今のは、ママ……?』


 目の前には、インソムナーが黒仮面の口の中に徐々に吸い込まれようとしていた。

 慶斗はうなずくと、全速力で走りだし、思い切り黒仮面の尻を蹴飛ばした。


『な、なにするんだ、てめえ~!』

『やーい、ここまできてみろ!バーカ』


 慶斗が後ろから舌を出して笑うと、黒仮面は全身を震わせ、慶斗に襲い掛かろうとし

 た。


 ドスン!


 その時突然、黒仮面は砂煙を上げ、地響きを立てて地面に倒れ込んだ。


『え?どうしたの?くろかめん……おそってこないの?』


 黒仮面の上には、インソムナーが全身を挺して乗り上げていた。

 下敷きになった黒仮面は、そのまま力尽き、姿を消してしまった。しかし、インソムナーはその後、起き上がる気配がなかった。


『インソムナー!だいじょうぶ!?』


 慶斗はインソムナーの身体を何度も叩いたが、身体が全く動かず、起き上がろうともしなかった。慶斗はインソムナーの身体にしがみつくと、声を上げて泣き出した。


『インソムナー……ありがとう。ぼく、これからはインソムナーみたいにもっとつよくなるよ』


 ・・・・・・・・・・


 次の日の夜、慶斗はいつものように寝床に付こうとした。

 その手にはインソムナーの人形は無かった。

 寝かしつけに来た茉莉子は、その様子を見て不思議に思い、慶斗に尋ねた。


「慶斗……今日、インソムナーはどうしたの?」

「うん。ぼく、きょうからひとりでねるんだ。だって、ぼく、インソムナーとやくそくしたんだ。もっとつよくなるって」


 慶斗は笑顔でそう言うと、そのまま床に就き、茉莉子に付き添われながらゆっくりと眠りについた。

 安らかな顔で眠り続ける慶斗の顔を見て、茉莉子は片手が取れたインソムナーの人形を手にしながら、そっと語り掛けた。


「インソムナーが喜んでるわよ。慶斗、カッコいいって」


 すると慶斗は眠りながら白い歯を見せ、寝言に交じって「ぼく、カッコいいでしょ?」という声が聞えたように感じた。

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