出会いと別れ (KAC20227)
卯月白華
あめのまえ
形からして人だろう。
そう判断後、光より早く速やかに無視。
彼にとっては気に留める価値も無いことだ。
目の前のモノが生きていようが死んでいようが。
これからどうなるかも、心底どうでも良い。
春とはいえまだ暗くなる時間ではなかったが、今にも泣き出しそうな空の影響か、人の顔を判断するのも難しい。
遠雷が微かに聞こえもしていたからだろう、誰もが足早に歩を進めていた。
チラチラと、皆の視線を集めながら、何故か目が合わないようにされつつ、距離さえ空けられている集団がいるのも幸いし、いつもより多大に目立たない彼は、特に気にせず集団の近くを歩く。
意識を、制服から覗く見るからに手の掛かっていそうな腕時計へと向け、宝物に接するような丁寧さで、それはゆっくりと顔に近づけるために動かしていたのだが、唐突に何かがぶつかってきた。
逃げようと身を動かした制服の少女を力任せに掴んだ、大学生くらいに見える軽薄が形になった男の腕だ。
「ってえな」
少女の手を離さないまま、大学生だろう男が、舌打ちと共に腕時計をした制服の少年を睨みつけ、瞬時に固まる。
「どうし――――」
仲間の一人の男は、容姿自体は悪くないにも関わらず、知力が致命的に足りなそうな輩だったが、その男さえ言葉が続かない。
集団の中での紅一点。
手を掴まれている以上に、男達への恐怖から動けない少女は、訳がわからず停止するのみだった。
ただただ少女は、壊れたカメラのように制服姿の少年を視界に収め続ける。
それらが視界に入っていないらしい腕をぶつけられた件の制服姿の少年は、片手くらいの人数だろう男達の足首へと、静かに視線を向けているばかり。
「……知り合いか?」
何の脈絡も無い制服の少年の言葉だった。
無機質ではあるがとても玲瓏な声。
同性だろうと聞き惚れる程の。
それだけが理由では無かったが、同時に圧迫を足に感じた集団のリーダー格に見える、容姿は良くとも目に痛さしか与えない男は、とっさに思わず足首を見てしまう。
「……っ」
息を飲んですぐさま飛び退こうとしたのだが、足に絡みついた黒い影に邪魔をされる。
男達全員の足を黒い影がいつの間にか覆っていた。
恐慌状態で無茶苦茶に叫び暴れるも、黒い影は男達の足に蔦さながらにへばりついて、その場から離れず動けない。
更に徐々に黒い影は人の型になりだした。
この後に及んでまだ少女の手を握り込んだままだった軽薄そうな男も、黒い影が形成した人の顔を見た瞬間に、泡を吹いて少女から手を離す。
「ッひ! や、山田っ!?」
その言葉に、男達は余計に激しく暴れ出す。
「なっ! かかか、か、川井まで!!!?」
一番体が大きな男が目を剥きながら叫べば、混乱していても今まで叫ばなかった集団のリーダーらしい男が大声を上げた。
「誰だよ、そいつら!!?」
リーダーに見える男を除いて集団の皆が目を見開く。
「死んだ奴らだろ!?」
軽薄にしか見えない男が金切声をあげた。
「自殺だろ!」
今まで黙っていた、集団で顔が一番良い小柄な男が、言葉に覆いかぶせるようにイライラと吐き捨てる。
その時だった。
黒い影が型をとっていた、簡単に誰かが分かる生前のものだろう顔が、死んだ後のソレに変わってしまう。
おかしな方向に曲がった腕と足。
どう見ても潰れている頭に飛び出した眼球。
どうやら飛び降りをしたらしい姿。
もう一方の方は押さえつけられた跡もくっきりと残った、水死体らしく全てがぶよぶよと崩れている。
白い部分が一つもない、黒のみの瞳が、壊れた人体以上に生者ではないと強く主張していた。
「勝手に死んだ奴らがなんだってい――――」
大きな稲光と共に小柄な男の言葉が途中で止まった。
皆が一瞬目が眩んだ瞬間に、全てが終わっていたのだ。
あれほど五月蠅かった騒ぎが嘘のような沈黙の後、轟いた雷鳴に交じって、複数の断末魔が上がった気がした。
けれどそれだけ。
男たちの姿は無い。
周囲に居た誰もがその事を疑問にさえ抱かず、ただ空を眺めながら足を速め過ぎ去って行く。
何も無かったという宣言さながらに。
残された少女は呆然としながらもどうにか気力を振り絞る。
少女の掴まれていた箇所だけが手形に赤くなり、男達が居た証拠のように残り続けていたが、腕時計を見終わり歩き出した制服姿の少年へと、彼女は必死に目を向け続けた。
だが、やはりそれだけ。
一度も少女へと視線を向けないまま、制服の少年は歩を進め続ける。
強く降り出した緞帳の様な雨が全てを包んで、この出来事は終わった。
出会いと別れ (KAC20227) 卯月白華 @syoubu
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