第3話 侵略準備
今の俺は、現代地球の生物に対して何をしたとしても、『罪悪感』などほとんど生まれないだろう。
だが、全く生まれないというわけではない。
それはつまり、俺が地球の人間全員を奴隷のように扱ったとすれば、俺は少なからず『罪悪感』を覚えるだろうということ……。
それを踏まえたうえで、俺は決断をしたのだ。
もともと俺は陰キャで、コミュ障で、そして勉強も運動も何一つできないような底辺の人間だった。
挙句、いじめ――ともとれる行為を何度も受けた。
そういう時――。
最初は悲しい、苦しいなどの感情もあった。
しかし、そんなもの何の意味がないことだとすぐに気づいた。
それからのこと――俺はもう、復讐心だけ募らせていた。
悔しい悔しい悔しい。いつか復讐してやる…………と。
ただそれだけを考えていたのだ――だが、陰キャコミュ障人見知り、人に関わることすらまともにできたことのない俺が。
内に復讐心を募らせたとて、何ができるだろうか。
彼らがしたことを俺がやり返すなど到底無理だ。
――そのことに気づき、復讐心を募らせることすら無駄だと気づいたときには、すでに時間がたち過ぎていた。
――もう。
それが当然であるかのようになっていた。
それをどう覆すか――結論。
……覆せないのだ。
何もできない。
八方塞がり。
そのときやっと俺は誰かを好きになることすら――無駄だろうと考えることができた。
そして……諦めていた――はずだった。
俺には。
好きな人に告白なんて絶対にできるわけがない。
……そして。
俺が好き『だった』はずの、俺の大好きな少女は――
『死ね』
――という簡潔な、そして俺にとって最高の言葉をくれたのだ。
諦められない俺を諦めさせてくれた。
今なら彼女に、怒りと共にこの言葉をぶつけてやりたい。吐き出してやりたい。
「――最期まで大好きでした、ありがとう」
――――と。
「急にどうしたんですか?」
突然ぽつりと呟いた俺に、疑問の表情を向ける神様――ラミィ。その神は唇に人差し指を当て、上目遣いで妖艶に、俺に尋ねた。
「いや、世界を崩壊させる前に感謝を伝えとこうと思ってな」
「届くわけないじゃないですか。直接言えばいいでしょう」
今、俺の決意を聞いたラミィが「よく言った! 早速大広場へ案内しますよ!」とか言ったので、俺とラミィで天界を歩きながらひそひそと喋っているところだ。
「いいんだよ……てか絶対に直接言えるわけないし。届かなくても、口に出すだけで十分伝えた気になるし」
「あなたが感謝を伝えるって……まずそれが信じられないですけど」
「まあ……こういう機会がなければ言わなかっただろうな。正確には感謝というか皮肉みたいなものだけど」
「そうですか……まあいいです」
珍しいものを見た――という様子のラミィ。
ラミィは俺の性格とか諸々を把握しているようだが、リアルタイムで俺の心が読めるわけではないようだ。
「なぁそこの悪――じゃなくて神様。あの装置、どう使うんだよ?」
――ついに大広場の近くまでやってきた俺たちは、俺が人間だと悟られないように路地裏に隠れて会話していた。
俺は思いのほか大きかったその装置を指差して、ラミィに尋ねた。
「今、悪魔って言いかけましたよね?」
「――断じて違う」
「はぁそうですか。まあいいです。……で、その装置はですね、全部天界語で書いてあるので凡俗な人間には難しいですよね」
「まあ人間が凡俗なのには同感だが……なんでわざわざ『凡俗な』をつけたんだ?」
普通の人間に言うなら皮肉として通用するが……ラミィが全人間が嫌いな俺に向かって言う理由が掴めない。
「いやだって、別に日本人が英語・フランス語・ドイツ語・ポルトガル語……と何か国語も話せたとしても不思議ではありませんが、
「お前の頭、そんなにいいのか?」
俺がそういうと、ラミィは少し考えるそぶりを見せて、
「いえ、私は神様ですので。読めちゃいます、ブイ!」
とびきりの笑顔で、ピースをして見せて—―
「それちょっとムカつくからやめてくれないか」
「ブイ!」
「やばいこいつにもイライラしてきた」
「わ、分かってるでしょうけどハーレムの中に私を含むことは不可能ですよ」
無い胸を押さえて頬を紅潮させるラミィ。……意味が分からない。
「わ、わかってるよ……」
「私の権利は絶対です!」
「だから分かったって言ってるだろ。お前になんか興味ないし」
「なっ……!」
顔を赤くして震えるラミィ。
「な、なんだよ?」
「それはぁぁぁ私にこの美貌に全くもって興味がないという事かぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そうですけど」
俺はできるだけ冷たく言った。
「ぐぁぁぁぁ!」
悶えるラミィ。
「――で、どうなんだ? はやく教えてくれよ、なんて書いてあるんだこのよく分からん言葉……てか、これただの何の意味もない落書きにしか見えんのだが」
「ガルルルルルル!」
歯軋り交じりの威嚇をするラミィ。
「ガル——ああそうですよ。これ、ただの何の意味もない落書きだったんです」
「は……? 今なんて?」
ひきつらせた顔を何事もなかったように元に戻したラミィは、俺の方へ一歩近づき――
「――何の意味もない落書きだったんです」
「いやいや…………――いや? 『だった』ってことは今は違う……神様たちは適当に落書きして、その落書きに意味を持たせることで言語としている、という事か?」
ニコッと笑うラミィ。不気味にも思えるが、やはりさすが神様。美しいと言わざるを得ない。そういう感覚はあるものの、俺にとっては誰が美人で誰がブスだろうと関係ないのだが。
「そうです。話が早くて助かります。ですから、意味を持たせるというのがどういうことなのかは、私は清楚なる女神なので理解しかねますが――」
――いや非道なる悪魔の間違いだろ――
「――神にも天使にも悪魔にも人間にも、神以外にその意味は伝わりません」
「そういうことか……でもあれ?」
ふと先程の話を思い出す。
「頭がいいと習得できるんじゃなかったのか?」
「? 私そんなこと一度も言ってませんよ。あなたが勝手に勘違いしただけで……」
「え? じゃあなんで言ってくれなかったんだよ」
……めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。
「だって面白いし」
「やっぱお前も――――」
俺は手を振り上げる――。
「無理で~~す!!!」
拳を強く握り締める――。
「分かってるっつってんだよぉぉぉこんにゃろぉおぉ!!!」
「やっぱこの人ただの馬鹿だったんじゃ……」
手を下げて—―。
「今なんつった?」
「何でもないですぅ」
再び手を振り上げる――。
――――――五分後。
「よし、やっと誰もいなくなったな」
「ふぅ……絶対に起こり得ないのに犯されるかと思いましたよ」
「お前が全部悪いんだ――というか俺がお前を犯すわけないだろ」
「いやその目は私を――」
「――ただその心臓を止めてやりたいだけだよ」
「やだこの人怖い~~」
大広場から人がいなくなった頃を見計らい、装置を操作――しようと思っているのだが、少しの間でラミィとの仲が悪くなってしまった。
しまった……。俺はまだ世界創造主じゃないんだ。そのための準備をしてきたわけで。今ラミィに元の世界にでも戻されでもしたら……俺はあの
慎重に行こう……これ以上ラミィの怒りを買うのはやめておこう。調子に乗った…………。
「じゃあ行きますよ。……ダッシュで。神様の夜遊びが始まる前に」
「え、神様が夜遊びするの?」
「はいします」
「ぇ……………………………」
――俺たちは装置の前まで来た。大きな装置だ。
「レバーがあるが……これを倒すとどうなるんだ?」
「モードが切り替わります。今は《進行》モード、倒せば《創作》モードです」
「《創作》モードにすると何が変わるんだ?」
「そうですね……《進行》モードは普通に時間が進みますが、《創作》モードになると時間が一時停止し――あ、これ地球の時間ですよ、天界の時間は誰にも操作できません。……で、一時停止すると自由自在に地球の何もかもを変えることができます」
「俺がその地球に行くこともできるのか?」
俺が問うと、ラミィは「いい質問ですね」と言いながら不敵な笑みを浮かべて—―
「できますよ。あなたが透明人間になった状態で地球へ行き、誰かにこっそりイタズラする、なんてこともできちゃいます」
「ほぉ。そりゃすげぇな」
「はい。イタズラ――というのはどの程度の者でも構いません。ただツツくだけでも構いませんし、暴力・凌辱・殺害……何でもお好きなように」
「ハハ……気が狂いそうだ」
「もう十分に狂ってると思いますよ。そうでなければ
「そうか? 自分まで含めて変えたいって言ってるんだ。世界が変わってうれしくない奴なんているのか? まあ今回は俺の好きなようにするけどさ」
「今のままがいい人もいますよ。あと、『今回は』って言ってますけど、きっと次回はありませんよ」
…………………………。
「ええ……。確率でいえば二度とないとは言い切れませんが……偶然自宅を間違え、偶然その家が天界へつながる
まあそれもそうか、と俺は頷き、それからラミィの方へ顔を向きなおす。
「で、どうやって世界を変えるんだ?」
――『装置』と呼ばれるものには、レバーと、Ⓡ・Ⓛと書かれたボタンのみ。Ⓡ・Ⓛは配置的にも『Right』と『Left』だろうが……。
「このボタン2つはどう使うんだ?」
「あ、それはですね、単純に。Ⓡは『Revice』Ⓛは『Landchange』の頭文字をとったんです。Ⓛで変更しⓇで消去、簡単です」
――――全然違った。……まあそれは置いといて、それじゃ説明が足りなくないか?
「なあボタンを押してどうするんだよ? 思い通りの世界にするには」
「簡単です。頭に思い浮かべるだけです。変更したいならⓁを押しながら思い浮かべて、消去したいならⓇを押しながら思い浮かべる。想像力が試されますね」
「難しそうだな」
「じゃあ早速やってみましょうよ!」
「あ、ああ……!」
乗り気なラミィの表情で、俺の好奇心が蘇った。
「よぉし、さっそく
俺はレバーを――思いっきり奥に倒した。
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