第2話 天使で悪魔な神様



「私はラミィです。神様です」


「神様だと……?」






 ――神様だと名乗った少女は、天使のようにとても美しく見えた。



 俺が天使と言い表したのは、もちろん比喩である。天使の輪なんか付いていないし羽も生えていない。だがその神秘的な様相は、天使としか言い表しようがないものだったのだ。






「はぁ。あなた、一回死んでるんですよ?」


「え? 俺が死んだ?」



「そうです。あなた、寝ぼけて別の家入ったでしょ。立派な不法侵入ですよ。それもよりにもよってこの家ですか……」


「寝ぼけて別の家に……?」



 あまり覚えていないが……別の家だったとしたら、母親がいなかったことにも説明がつく。




「あのですね……簡単に説明します。この家――というかあの家は、天界へとつながるゲートなのです」





「天界へとつながるゲート?」





 何を言っているんだ? 天界って……? この真っ白な世界が、天界だっていうのか?




「そうです。あなたは運悪く天界へとつながるゲートに入ってしまったというわけです」


「なんだって…………それって帰れ――」




 言い淀む。いや、本当にこのまま帰っていいのか? せっかく天界へ来たんだ。


「? 帰りたいんですか? 帰れますよ。というか、今から帰らせようと思ってました。記憶を消して。まあ今すぐに帰ってもらう必要もないので、この世界について説明してあげようかと。どうせ記憶は消すんですし」


「――ち、ちょっと待って。ここに居続ける選択肢ってのはないのか?」






「ありますよ」



「あるのか?」



「はい。その場合手続きが難解になりますが」





「手続きが終わったら?」



「? 無論、神様たちの召使いになるだけですが? 当然でしょう」


 当然でしょうって言われても。


「それって大変か?」





「もちろんです。元の世界に戻るよりもよっぽど大変でしょう。あなたは精神的に死ぬでしょうね。まあもしそうなってしまったら、精神を抜き取って、無理矢理働かせますが」


「怖い怖い! じゃあもういい戻るよ……」




 今よりもきついのはごめんだ。出来るだけ苦しくない、痛くないのが一番なんだ。


 人間の当然の欲求だろ?


「はいわかりました。あなたを元の世界に――いや、ちょっと待ってください」



「どうしたんだ?」






「ありましたよ。あなたが苦しまずに天界に残る方法が」


「?」





「あなた――この世界がお好きではないようですね?」







「? ああ。大嫌いだ。人間は平気で嘘を吐くし、不公平だし。最悪な世界だよ」



「ふふっ。そうですか」


「なんだよ?」





「あなた、この世界を変えたいと思ったことはありますか?」






「? そりゃあるさ。もしもっといい世界に変わってくれたら、それほどうれしいことはない」







「じゃあ……と言ったら?」







 は……? 今なんて言ったんだ? 俺が自分で世界を変えられる?



 何を言ってるんだ? そんな神様みたいなこと……って神様はそんなことできないのかと思ってたよ。


 だって今まで一度だって、世界が良い方向に進んだことなんてなかったじゃないか。


 それなのになんで俺が……ただ帰る家を間違えただけの俺が、世界を変える事なんてできるんだよ?





「戸惑っているようですね」





 俺が黙ってしまったのにニヤリと笑みを浮かべ、こちらを見つめるラミィ。



「今まで神たちは、なぜ世界を変えなかったのか。それはもちろん、どんな世界にすればいいか決められないからです。世界にはいろんな価値観の人がいて、どの人の望む世界にするか決められないんです。それで天界の神たちは譲り合って誰も装置を使おうとしないんです」



「? それじゃ俺が決めたら俺の良いようにできるだけじゃないか」



「そうですよ。天界に人間がいるなんてだーれも知りません。だからなんと、世界を変えるための装置が普通に大広場においてあるんですよ。……誰でも使えるように。つまり――――」





「つまり?」



「あなたがそれを奪って好き勝手しちゃえばいいんですよ」




 は? 神様らしくない発言に、脳の混乱が止まらないが――




「……そんなことして大丈夫なのか?」



 俺は尋ねる。



「なんですか? あなたにそんな良心があるんですか? 『死ね』って言われたんでしょ。悲しかったんでしょ。なら復讐するしかないですよねぇ。死ねって言われたら、その倍で返してやらないと、言うだけじゃ足りませんよ。アハハハハ!」





 態度が豹変したラミィ。相変わらずオーラは天使。だが口調はまるで悪魔……。




「本当に……いいのか?」




「だ~か~ら~……いいんですよ。もし世界が変わっても、神様たちは、やっとどこかの神様が決断してくれたーひゃっはーくらいにしか思わないんですよ。……あ、そうだ。あなたが向こうの世界へ行き、装置を使ってハーレム生活! とかしてもいいんですよ」




「ハーレム生活……」



「そうそう。ハーレムハーレム。男なら夢のまた夢だロ? それが実現しちゃうんだゼ? 今まで暗かった人生が、一瞬にしてバラ色にな る ン だ ゼ☆! ……もちろん血の色で染め上げることも容易だゼ! 悪口言ったやつ全員殺してもいいんだゼ。ただ殺すだけじゃなくて、いじめて、なぶって、おかして、存分に楽しんでからなァ!」



「…………」



「女神の私が言うんだから、間違いねェだロ?」


 殺したい殺したい……いや違う。存分に復讐したい。虐めてやりたい。そっちの気持ちの方が強い。俺が絶対的権力をもって、誰かを嬲れるだなんて……こんなに素晴らしいことはないだろう? 俺は……俺は――





「――?」





「もちろんさァ! 不幸なんてない、幸福な第2の人生が歩める! チャンスは今だけだゼ!」





 ……そうだ。チャンスは今すぐ掴まなければ……きっとすぐにどこかへ行ってしまう。それは俺が一番知ってるはずだ。







「そうだな。俺は今日から――」







 正面を向いて、俺は――。







「――世界創造主クリエイターになる」

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