第7話 カミラ・絶倒と快感
11月28日。私は人間の姿で、人間界へと降り立った。というのも、私はもともと天使であり、神によって無理やり人間界へと連れてこられたのだ。
その、私を無理やり連れてきた神の名が、ラミィ。どこかで聞いたことがある名前だったが、私は彼女の姿を見ても何も思い出せなかった。誰かの名前と似ていただけかもしれない。
今、私は『カミラ・シュビッチ』という名で牢獄に入れられている。この牢獄は人間に抜け出すことは不可能である。私は普通に抜けられるが。見張りのヤロウが「魔法を使ったのか⁉」とか本気で言っていて笑ってしまった。
いや、本来の私はそういうキャラではないのだけれど、今の私――カミラには、そういうキャラを植え付けられているのである。演じているというより、ラミィの操り人形のような感じだ。もちろん気分はよくないが、こういうことにはもう慣れたものである。天界というのは、そういうところだ。
人生は儚いとよくいわれるが、生きていられて死ぬことだってできて、どんな終わりを迎えようと、必ず最期はやってくる。そんな人間の生活のどこが儚いというのだろう。簡単に散ってしまうから? すぐに終わってしまうから? ハッピーエンドもバッドエンドも、結局一つの物語として、語り継がれようと継がれまいと、きっと誰かの心や歴史や希望に結びついて消えはしない。
それを「終わり」と表現するのは間違っているのかもしれない。けれど、「終わり」を信じて生き抜くことが、どんなに醜くなろうとも我々天使の目には「カッコイイ」という言葉が一番よく似合う存在――それが人間だった。
その人間に、私がなれると――。少し、うれしかった。
でも結局、なってみると違う。私がなるのは違う。つらいし、悲しいし、その感情は人間の私としては湧き上がるはずのないものだった。感情の一部を制限され、結局はこの性格も演技である。それなのに、奥深くに眠る天使としての私の想いによって、「人間」の醜さを肌で感じた。尊いと思うには変わらないが、急に彼らのへの価値観が一変したようにも感じた。
けれど、突然のことだったからか、現実味も感じず、今はまだ、ただただ任務を遂行してしまおうと気が強かった。いや、でも、作戦が開始し、この牢獄を脱獄した時には、私はいったん自由の身になる。そこから私は天界へ戻されるだろう。
間違いなくラミィは私が人間を尊いと思っていることを知っている。だから彼女は、私は人間になれたことを非常に喜んでいると思っているのだろう。私もラミィの立場だったらそう思っていた。でも違った。
ラミィはお遊びか何か知らないが、きっと人間の姿を手に入れ喜ぶ私を天界へ強制的に連れ戻すことで絶望を味わわせy法とか思っているのだろう。けれどこのままだと微妙な感じに終わってしまうかもしれない。それだとああ、なんかつまらないだろう。カミラ・シュビッチの人格が一瞬リンクしたような気がして、私は思い立った。そうだ、あらがおう。精一杯あらがって、このままこの世界に居座ってみよう。
ラミィだって天使に対する強制権が気軽に使えるほどではない。一度抗えば少しの間は猶予ができるはず。その後、私がどうなろうといい。死ねない苦しみとともに拷問を経験してもいい。私にだって人生みたいな儚げな物語があったっていいじゃないか。
我々天使みたいな一生続くかもしれない不死の人生のほうが、長く続けば続くほど儚く感じるのは私だけだろうか。この想いは、人間の私も共感してくれるだろうか。この体は私の全力の茶番にどれだけ付き合ってくれるだろうか。
ごめんね、天使や神は人間のことを下に見てるんだ。強制的に行動させることができる。全部操ることが本当はできるんだ。それもめんどくさいとか言って、バランス調整もろくにしないで、勝手に生きろ、たまに興味本位で弄るから、たまに救ってやるから、たまに気に入ってやるから、そんな風に、私たち人間を見て、何が楽しいの?
何がいいの? 何がいいの? 頭がおかしいの? どうして神の上には神がいないの? 上には上がいる? 神の上にはだれがいるっていうの?
ねえ、この世界。神はどうやって生まれたの? 神はどうして神なの? ねえ、神は…………
――――――――――――――――――――――――――――――
「先生、なんで間違えたの?」
「すみませんでした。先生なのに」
「だからなんで? なんで先生は、先生なのに間違えたの?」
「先生も人間だからです」
「私も人間だよ? でも間違えたことないよ?」
「あなたは……」
「私は人間じゃないって……生まれや見た目や性別で、私は人間じゃないって、頭の中ではそう思っているんでしょ? ねえ、先生」
「そんなことは…………」
「そんな目はキライだよ……先生。…………楽に死ねる方法ってないのかな?」
「突然、何ですか?」
「やっぱり痛みも感じる間もなく一瞬で爆散! みたいな核兵器とかかなあ……」
「何を言って……」
「え……? だから私が死ぬ方法を――」
「やめてください!! 死ぬなんて……」
「らしくないほど声を張り上げてる先生、かわいい……。いや、でもね先生」
パキッ。板チョコを割るよりも簡単にチョークを黒板に押し付けて横に裂く。そして少女は教師のほうへチョークの鋭利な先端を突き付ける。
「先生はいつもこの世の終わりみたいな死んだ目をしてるよね」
「まぁ……三十年も生きてようやくこの世への憤りも失ったところだね」
「うん。そうだよ、希望の類は一切ないそのある意味屈託のない眼球が、黒くて何の文字ものぞけないその瞳が今は」
すべてを羨む少女の目線は一時たりとも教師の目を逃さず――ロックオン。
少女の言葉の続きは――――4秒という長い間の後、紡がれる。
「……今は、逆光眩く『怯』の朱色の文字を映している」
まっすぐに、見つめられたその瞳。教師は目をそらすことを許されない、そんな緊迫感。まるで金縛りのような、そんな絶対的な緊張。
ああこれが、今どきの小学生か。またもやらしくない言葉を思い浮かべ、ふっと苦笑する教師。いや、もはやその場では教師ではなかった。だからといって何者というわけではない、言うなればただの男であった。少女の下僕に近い、ただすべてが異なっている、そんな状態だった。
沈黙の空気をすぐ再び吸えるほど教師の心臓の毛は濃くなかった。
普段なら『人生』について考えるのに3時間じゃ足りないくらいだが、その3時間分を一瞬で通り過ぎていった感覚だった。
長い時間が刹那のうちに溶けていく……そんな快感――もう二度と味わってはいけない。
快楽を浴び続けたら、きっと可笑しくなってしまう。
俺's ランド ~俺は明日から世界創造主~ 星色輝吏っ💤 @yuumupt
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