卒業式当日の学校に忍び込んだら蛮族とイケメンに出会った。

木元宗

第1話


 卒業式を終えた直後の校舎の一角で、戦場のような途轍とてつも無い喧噪が湧き上がるのを耳にした私は、図書室で飛び上がりながら本を返却した。


 一体何だろう? あの位置は確か三年生の教室が並ぶから、卒業生がお菓子でも持ち寄って、記念撮影をしてるとか……? いやでも、ライブ会場みたいな大騒ぎだったし、式典を終えたばかりのしんみりというかダル過ぎてテンションの落ちた気持ちで、そこまでブチ上げられるだろうか? 人によっては学生生活最終日である、高校の卒業式なのに。


 私も来年その立場になるけれど、サッパリ頭の仕組みが理解出来ない。


 返却日をぶっちぎってしまっていたのを忘れていたので、卒業式で関係者以外の立ち入りが禁じられる閑散とした隙に図書室へ侵入した私は、さっさととんずらしようと廊下に出た。


「余裕余裕。中学は図書委員だったから返却の手順も見当つくし~」


 上機嫌で、渡り廊下へ続く角を曲がる。


 すると凄い勢いで迫って来た何かとぶつかり、尻餅をついてしまった。


「きゃ!?」


「あっ! 悪い、大丈夫か!?」


 即座に飛んで来た男の声に顔を上げると、その声の主だろう少年と目が合う。先生って歳では無いから、卒業生だろう。爽やか系俳優みたいな顔と声に気を取られたその数瞬すうしゅんに、彼は中腰になって手を差し伸べて来た。白ブリーフ一丁で。


 その出で立ちはしたたかに私の脳を破壊し、卒業生らしきイケメン台無し白ブリーフ男は、何も出来なくなる私へ懸命に続けた。


「おい!? 頭でも打ったか!? 悪い、なるべく人目に付かないように帰らないとと急いでて……! 保健室行くか!?」


 こんな格好の奴と歩くなんて冗談じゃない。


 強烈にプライドを傷付けられた怒りが、強引に正気を引き寄せる。


「寄んなカス」


「えっ!?」


「えっ、いや、何でも無いっ……。すねぇー……」


 自分でも驚くぐらいの言葉が出て、尻餅をついたままじりじりと後退った。


 こんなイカレ野郎と歩くぐらいなら、お父さんと歩いた方がマシだ。つか何だその姿。ギリ許されそうなラインを狙った露出狂か?


 熊と遭遇したようにゆっくりと立ち上がった私は、もう上履きのまま家まで走り去るつもりで、イケメン台無し白ブリーフ男と向かい合う。


 私の敵意を読み取ったのだろうイケメン台無し白ブリーフ男は、差し出したものの無視され、虚しく宙に留まっていた手を慌てて突き出した。


「卒業式の後に女子から第二ボタンをくれとせがまれて、無いから代わりにと持ってる物を渡しまくったら、パンツと自転車の鍵しか残らなくなったんだ」


 イケメン台無し白ブリーフ男は、もう片方の手に握っていた自転車の鍵を見せる。


 私は無言で、イケメン台無し白ブリーフ男を睥睨へいげいした。


 そうしながら奴の言葉の信憑性について考えるも、そんな嘘をついてまで私を信用させる事によるメリットを探る方が困難なので、納得しておく。


 そう言えばこの高校に入学した頃、一つ上の先輩に凄くカッコいい人がいると噂になっていたから、もしかしたらその人だろうか。名前は確か、藻? 


「俺は茂木もてぎだ」


 全然違った。


 イケメン台無し白ブリーフ男は、真剣な調子を保ったまま言葉を継ぐ。


「お前、胸に卒業祝いの飾りも無いし、三年生じゃねえだろ。学年違うんじゃしょうがねえけど、俺は同期の間じゃモテるって評判なんだよ。だからこうなったのもマジなんだ。信じてくれ」


 どうやら藻と認識していた人物と同一らしい。


「いやでも、パン一になるまで放置するのは、相手の女子達もあなたも頭おかしいんじゃないですか……?」


「卒業式だからな。テンションが上がっちまった」


 それはつまり先の私の発言通りって事だろうが。


 何で頷かないでわざわざ喋ってより正確に自分達の愚かさを伝えたんだよ。


「ああ、そっすか……。ん、もしかして、さっき三年生のクラスの方から、大騒ぎが聞こえて来たのって……」


「ああ。多分、俺が最後に渡したズボンを賭けた女子達の戦いに、決着がついた瞬間だろうな」


 追い剥ぎ集団だって補導されろ。


 冷え切っていく私の心に気付かず、イケメン台無し白ブリーフ男は、緊張を滲ませながら辺りに目配せをした。


「でも、まだ奴らの戦いは終わってねえんだ……」


「自分でモテるって言うぐらいのナルシスト精神を満たす為に何でも与えたあんたの所為でしょ」


「俺の家にはまだ、体操服とか教科書が残ってるから、それを欲しがる女子達が家に来るって言うんだよ。何とか振り払おうと走って来た訳だが、お前とぶつかっちまって……。本当に悪かった。お前は早く、ここから逃げろ!」


「いやあんたが早くどっか行くべきでしょ!」


 動いて巻き込まれたくないから私が留まりてえよ!


「俺は茂木だ!」


「聞いたよ! うるせえな!」


 覚えてるけれどお前が呼ぶ気になれない言動してんだよ!


 すると遠くから、ドタドタと喧しい靴音の群れが迫って来る。


 このアホの私物を狙う女子達だ!


「やっべえ、蛮族共が!」


「何ィ!?」


 先に蛮族の群れに気付いた私が全力で駆け出すと、追従するようにイケメン台無し白ブリーフ男も走る。


「って何で付いて来るんですか!?」


 振り返って怒鳴った。


「玄関が一つなんだからそうなるだろ!」


「靴もあげればいいでしょどうせ盗られるんだから!」


「盗まれてんじゃねえよ俺の意思によるプレゼントだ!」


「嘘つけ! 蛮族共って言葉を否定しなかったって事はそういう事だろうが!」


 もう付き合ってられるか。


 こんな出会い、さっさと別れて終わりにする。


 踵を返して、蛮族の足音がする方へ走った。


 付いて来れなくなったイケメン台無し白ブリーフ男は、驚いた様子でこちらへ首を巡らせながら減速するも、振り返らない私の視界からあっと言う間に見えなくなる。


 すぐにあのアホを追って来た蛮族女子達が、目の前に現れた。


「キャーッ! 茂木くーん!」


 獣の咆哮のような歓声を上げながら迫る蛮族の波に、そのまま逆らうように直進する。もみくちゃにされながら波を越え、校舎が急速に静けさを取り戻していくのを感じながら、渡り廊下から逸れる格好で校舎外に出た。


「……ひー! ざまーみろってんだ!」


 やっとスピードを落としながら、裏門方向へ小走りに向かう。もうさっさと帰ろう。帰ってゲームだ……。


 へろへろになりながら、校舎の角を曲がる。その先にはもう、裏門だ。


 すると校舎の縁を囲うように置かれた植え込みの陰から、何かが飛び出して来てぶつかる。


「いだっ!?」


「あっ、済まない! 大丈夫か!?」


 転びそうになった所に、知らない男子の声が投げられた。目を向けるとそこには、眼鏡をかけたインテリ系風イケメンの顔を持つ、上は卒業祝いの胸飾りを付けた学ランをきっちり着てるのに、下は裸足だわ白ブリーフしか履いてないわという既視感を覚える何者かが立っていた。


 その男子は慌てながらも、眼鏡をクイッと押し上げながら言う。


「誤解を招く格好で済まない。人目に付くのを避ける為に、植え込みに隠れていたんだ。知っているだろうが僕は第二の茂木と呼ばれる程にモテていて、女子達の第二ボタンの奪い合いから何とか逃げ出そうとしたんだが、ズボンと靴下を持って行かれてしまっ」


「いい加減にしろォ!!」


 知らないメガネ白ブリーフを殴り飛ばした私は、二度と返却日を忘れるものかと固く誓いながら、裏門を駆け抜けた。



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卒業式当日の学校に忍び込んだら蛮族とイケメンに出会った。 木元宗 @go-rudennbatto

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