星降る夜と街角で
わらびもち
星降る夜と街角で
星を見ていた。
ただ呆然と、星を見ていた。
手に持ったナイフが月光で照らされる。
血の匂いは鼻を痛めつけ、雨音は俺を現実から逸らさせない。
カランと音を立ててナイフが落ちる。
雨はまだやまない。
不思議な感覚だ。月明かりは僕を照らす。
こんな風にスポットライトに当てられるのは、小学校の学芸会で主役を努めたとき以来だ。
「流れ星…」
それに願う夢も希望もどこにもない。
俺に残ったのは"罪"だけ。
夜の天気雨がより一層不思議な世界観を生み出していた。
「また流れ星…」
神様がくれた最後のチャンスだろうか…。
生憎と、手を伸ばしてくれたって俺はその手を握り返せない。
痺れを切らしたのか、はたまた仏の顔は…というやつか。
今度の流れ星は
俺に向かって降ってきた。
◇ ◇ ◇
いつもと変わらぬ帰り道。
毎週金曜日には家族にシュークリームを買って帰るのが日課だった。
1度会社をリストラされたときもそばで支えてくれていた妻、そして最近小学校に上がったばかりの一人娘が俺の帰りを待ってくれている。他の日と違うのは、金曜日ならではのこの軽い足取りだけだろう。
ポケットで携帯が鳴る。
懐かしい番号からだった。
「もしもし、木村か!」
「はい、どうやって俺の携帯を特定したんですか?」
俺は深いため息を着く。
「木村!今日の昼のニュース見ただろ?地下鉄で起きた事故。死傷者40人越えで、あの電車に乗ってた俺の...」
「もう関わらないでくれって言いましたよね。」
電話を切ったあと携帯の電源も切る。
そして俺はいつもの電車に乗る。
***
娘の新学期は上手くいっているのだろうか?
そんなことを考えながら最寄り駅から歩いていると妙な臭いが鼻を刺す。
気のせいだろうか。
家に近づくとともに夜の住宅地に似合わぬ喧騒が俺の耳に入ってくる。
火 、、、煙、、、
その2つが網膜に映ったと同時に俺は走り出していた。
それはもはや反射の域に近かったといえる。
いつもより深い闇夜に大きな炎は燦然と輝く。
俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ!
そこから先は、よく覚えていない。
少なくとも家に着いたその時既に、
すべて取り返しがつかなくなっていた。
教えてくれよ神様…どうするのが正しかったんだ?
流れ星程度の奇跡じゃ、俺の願いは叶えられない。
そんな小さな
永らく封じていた力を解き放つ。
この力のせいで二人は死んだのに…なんて皮肉な話だろうか。
辺りが白く照らされる。
「
ありがとう、七海…結愛……こんな俺を今まで愛してくれて……
「今度は助けるから…」
◇ ◇ ◇
現在時刻PM1:00
「残り5時間ってところか…」
俺が二人を守るのに、それだけあれば十分だ。
七海と結愛が生きている。それだけであの日の霞がかった灰色の世界とはまるで別に見えた。
まずこんなところで仕事なんかしていても何も変わらない。やることは1つだ。
「春山部長、妻が倒れたと病院から連絡があったので早退させていただきたいのですが…。」
「そ、そうか。それは大変だ。早く行ってあげなさい。」
この緊迫した表情、口調は演技では出来ないだろう。放火で本当に妻と娘を失った俺以外には。
人を騙すにはなるだけ多くの真実に少しの嘘を混ぜるのが効果的だ。
まずは敵を騙すところから・・・。
中身を抜いた空っぽな鞄を持って会社を後にする。
◇ ◇ ◇
もし本当に犯人があいつなら…
扉を開けると同時、備え付けられた鐘の音がチリンと鳴る。
奥から出てきた店主が俺を見て、「久しいな」と一言つぶやく。
「……」
「その沈黙で十分……待ってな」
目的の物を手に入れて、俺は店を後にする。
◇ ◇ ◇
PM6:00
ここで見張っていれば大丈夫だろう。
さぁ、どっからでもかかってこい!
気分が高揚している。奴に教えてやるんだ、俺の大切なものを傷つけたらどうなるのか!
予想外の場所からの爆発音が俺に届く。
「クソ!…そっちか!」
嫌な予感が胸を貫き、心より先に足が動く。
再び爆発が起こる。
七海、結愛…無事でいてくれ…!
ユラリ、扉の奥で影が揺れる。
「良かった結愛!無事だっ……」
結愛は、ナイフを握っていた。
結愛は、返り血に染まっていた。
結愛は…
七海を踏みつけていた。
「結...愛.....?」
黒い絶望がねっとりとまとわりついたようで離れない。
「おかえり!お父さん!
手に持ってるのは何?私たちへのお土産??」
口は動かせても声が出ない。
違う!違う!
どこで間違えた、、どこから始まっていた?
夜の住宅地を無我夢中で走った。行き先も考えずに・・・
ただ、"結愛から逃げたくて"。
高台にある公園。いつも結愛と、、七海と来ていた公園。
振り返ると血にまみれた結愛がそこには居た。
「お父さん待ってよ、結愛を置いてかないでよ。」
「黙れ!お前は結愛なんかじゃない!
結愛を、、七海を、、俺の家族を返せよ!!」
「結愛じゃない?なんでそんな事言うの。」
結愛はニヤリと薄ら笑いを浮かべる。
くそっ、やっぱりだ!
そんなはず無かったんだ!
俺は公園を囲うフェンスに登り、崖を背にして宙を舞う。
"ああ、こんな日でも星は綺麗なのか...。"
夜空を睨んだ俺は決意を込めて言い放つ。
「
◇ ◇ ◇
"初めから分かっていたんだろう?"
うるさい、黙っていてくれ。
"結局お前は最初から間違っていたんだ"
そんなこと…ない!
"認めちまえよ、本当は…"
「うるさい!!!」
ザワザワと、通行人達が俺を見て騒ぐ。
「クソっ!」
悪態をついて路地裏へ逃げるように駆け込む。
時計の針は正午を指す。
また同じ道を辿るわけにはいかない。
今度はもっと、もっと正しく行動しなければ…。
今一度、俺はやり直す。
七海を……、結愛を救うため…
◇ ◇ ◇
PM6:00
外では良い子のチャイムが流れ、勢いよく扉を開ける音が聞こえる。
「ただいまー!」
彼女は自分の部屋に向かうでもなく、真っ先にリビングへと訪れた。
「あぁ、おかえり」
「あれ?お父さん?……、今日は早いんだね」
彼女を強く睨む。
酷く冷淡な顔をして、俺は彼女に問いかけた。
「お前は…誰だ?」
「やだなぁお父さん、私は結愛に決ってるじゃ...」
「結愛は!!結愛は自分のことを名前で呼ぶ!毎週金曜日に俺が買って帰るものも...知ってるはずだろ?
お前は、、、やっぱりそうなのか…?」
信じたくなかった、あの悪夢が繰り返されることを。
結愛は小さく笑う。
「そうだよ、、、なぁ木村、もう分かってんだろ?」
「やめろ…近づくな…!」
鞄の中から拳銃を取り出し彼女を撃つ。
結愛の身体が溶けていく。
そこには会社の上司が立っていた。
頭の隅で分かってはいたがショックは大きかった。
やっぱりそうだよな。
「
◇ ◇ ◇
6年前
あの日も星が綺麗な夜だった。
定期検診で病院に行った七海と結愛が20時をすぎても帰ってこない。
その日は引っ越しの後始末に追われていて家を出たのは夕方5時頃だった。そんなに混んでいるような時期でもないのにおかしいと思っていると家の固定電話が鳴る。
それは七海と結愛が何者かに襲われ、病院へ搬送されている途中に死亡したという内容だった。
あいつ・・・!!
「
俺はすぐに犯人が奴だと分かった。
俺は奴と同じ組織NGMに所属していた。
NGMは生まれつき特殊な力を持った者が集まり、災害から人知れず人命救助をしたり未解決事件を解決したりする暗躍組織で、高校生や大学生、主婦に俺のようなただの会社員と加入している人は様々。
身分などを気にしないため、みんな組織関連の活動では変装をしていた。
組織創設者である
俺は結愛が生まれたのを機にこの組織を抜けた。
家族の時間を増やすためでもあるが、自分の精神に限界を感じていたからだ。
しかし・・・春山はそれに反対した。
普通そんなことはありえない。だが俺の持つ『時間回帰系』の能力は珍しく、この組織にとって無くてはならないものだった。
それはそうだ。時間を巻き戻せるのだから多くの人を救うことが出来る。
でも俺はもう、うんざりだった。
もう同じ時を繰り返すのは・・・。
結愛が生まれ、家庭を持って、俺はこの2人さえ守れればそれでいいと思った。
俺の言い方も悪かったのだろう。
春山とは酷い言い争いになった。
「木村、お前の能力があればもっとたくさんの命を救うことが...」
「もううんざりだって言ってんだろ!
使ってみないと分からないんだよ、、この能力は人を狂わせる。」
「でも少しなら⋯。僕は罪のない人の命の火が消えるのを見ていられない!1人でも多くの人間を...」
「その少しが積み重なって俺はこの数ヶ月を何年生きたと思ってるんだ!
同じ人に同じ話をされて、同じ景色を見て同じ仕事をする。そんなのが何年も何年も!
俺は2人の家族だけ守れれば・・・それでいい。」
「2人だけ?木村の能力ならもっとたくさんの...」
「助けた人が将来犯罪者になって多くの人を殺したらどうする?もともと知らない人を助ける義理なんて無いんだよ。
俺はあの二人さえいれば。」
「その2人がいるからなのか・・・?」
「お前、、、どういう意味だ?」
春山は部屋を後にする。
2人が殺害されたのはその日の夜だった。
◇ ◇ ◇
「木村本当に辞めるのか?お前の能力があれば多くの人の命を救えるんだ。」
「悪いね春山さん、でももう決めたんだ。俺の精神ももう限界・・・。
あと数回は手伝えるかもしれないがそれ以上は俺に関わらないでくれ。俺の最後のわがままだ。」
「そ、そうか。最善は尽くすが本当にどうしようもないときは頼らせてもらう。
お疲れ様、体調に気をつけて。」
俺は部屋を後にする。
それから数回ほど手を貸したが、その後俺は電話番号を変えた。
◇ ◇ ◇
奥から出てきた店主が俺を見て、「久しいな」と一言つぶやく。
「……」
「その沈黙で十分……待ってな」
彼は唯一俺と同じ『時間回帰系』の能力を持つ人物だ。同じ能力を持つ俺と彼は、どちらかが回帰した時、もう1人の記憶もそのままになる。
つまり彼は俺の妻、娘が殺され俺が何度も回帰していることを知っている。そして、その度彼もまた回帰していることになる。
彼は組織には所属していない。彼が組織に所属した4日後俺と出逢い、俺が組織を抜けることを勧めたからだ。
ーーーーーーー
「回帰できるのは1週間前まで。そして次に回帰できるのは前回回帰した時の1秒後から。
あんたは
ーーーーーーー
店主から茶封筒に入れられた拳銃を受け取る。
対象の能力を無効化する特殊な弾が入った拳銃を。
空っぽの鞄に一丁の拳銃を放り込む。
「すみませんね、何度も回帰して」
「いいんだ、おかげでコーヒーを淹れる腕前で俺の右に並ぶ者などいなくなったからね。」
彼はいたずらっぽく笑う。
本当に犯人は春山部長、いや、春山 蒼甫なのか・・・。
◇ ◇ ◇
七海と結愛を最初に失ってから114回目の回帰。
月明かりが時を知らせる。
珍しいこの天気雨も、もう何回目だろうか。
春山が俺の家の最寄り駅から出て、そのまま路地裏へと入っていく。
何度繰り返しても変わらない、どれだけ過去を変えても帳尻を合わせるように未来に阻まれる。
もうこれしか道はないのかもしれない。
「こんばんは、春山部長。
何度目かは忘れましたけど⋯。」
「き...木村.....なのか?」
雨に混ざって赤い雫が滴る。
俺はあの頃かぶっていた帽子を、眼鏡を、マスクを取ると、春山の背中に深く刺さった刃渡り170mmのナイフを抜く。
「やっぱり、、その能力には敵わねぇな...。」
春山は濡れたアスファルトへ倒れ込む。
「ないものねだりってやつだ。
俺は欲しくなかった・・・こんな力。」
手に持ったナイフが月光で照らされる。
そろそろ時間か···七海と結愛は俺の言った通り隣県の祖母の家にいる頃だろう。
流れ星が煌めく。
夫が、父親が殺人犯なんて御免だよな...。
「また流れ星⋯」
自分の将来に望むものなどない。
願わくば俺の"罪"を隠してくれ。
消せなどとは言わない。しっかり持って帰るつもりだ、、、死後の世界があるのなら・・・。
「次だな。」
3度目の流れ星は俺に向かって降ってくる。
その流れ星はこの小さな町一帯を焼き尽くすことを俺は知っている。
流れ星・・・
"七海、、、結愛、、、あの2人だけは!
俺が愛したあの2人だけは…幸せに生きて欲しい!!
流れ星よ、お前に奇跡の力があるならどうか、どうか!2人を導いてくれ!!!"
力はもう使わない。
ただ、いつにも増して綺麗な夜空に2人との思い出がよみがえる。
徐々に大きくなった流れ星は白く強い光を放つ。
綺麗だ.......
俺は2人の幸福を願う。強く、強く、、、
星降る夜と街角で。
星降る夜と街角で わらびもち @warabimochi5000
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