冒険者は一期一会
烏川 ハル
冒険者は一期一会
「ギギッ……!」
目の前のモンスターは、必死の形相で僕の剣を受け止めていた。
こんな小さな体のどこにこれほどの力が秘められているのだろう。驚くほどの怪力であり、むしろ僕の方が押し負けそうな勢いだった。
いくら僕が駆け出しの冒険者とはいえ、こんなゴブリン一匹に苦戦するとは情けない!
ちょうど、そんな考えが頭に浮かんだ時。
僕とゴブリンが戦う森の中を、一陣の風が吹き抜ける。周りの木々がざわめくようにも感じられたが……。
正確には『風』ではなかった。風のような素早さで、駆け抜けた者がいたのだ。
真っ黒な金属鎧を身に纏い、柄の青いブロードソードを手にしている。彼も冒険者なのだろう。
僕が彼を視認するのと、ゴブリンが力を失って崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。
続いて、倒れたゴブリンの背中に大きな刀傷があることに気づく。この一太刀が致命傷だったらしい。つまり、背後から急襲されて、振り返る暇もなくバッサリ
状況を理解した僕に対して、漆黒の冒険者が話しかけてくる。
「悪かったな、獲物を横取りする形になって」
「いえいえ、横取りだなんて……。おかげで助かりました」
彼だってわかっているはずだ。あのままでは僕は危なかった、と。「獲物を横取り」というつもりはなく、純粋に好意で助けてくれたのだ。
小さく頷きながら、彼は周囲の緑を見回す。
「この森は初心者向けのダンジョンだが、それでもダンジョンである以上、いつどこからモンスターが出てくるかわからない。たとえ格下のモンスターでも油断はするなよ」
「はい!」
気持ちが引き締まる思いで、僕は反射的に、元気よく返事していた。
その様子がおかしかったらしく、彼は軽く笑いながら言葉を続ける。
「初心者のうちは一人でダンジョンに入るのでなく、仲間を
この場に僕を一人残して、彼は立ち去ろうとしていた。
パーティー結成を推奨しておきながら、自分が仲間になろうとか、森を出るまで一緒に行動しようとかは言わない。そこまで甘くないのが先輩冒険者の厳しさなのだろう。
それはわかった上で、このまま別れるのは少し名残惜しく感じた。
「ありがとうございました。あの、お名前は……?」
「俺はアトラス。『疾風のアトラス』と呼ばれている」
二つ名を口にする時だけ、少し照れたような表情を浮かべて、
「いずれ、また出会う機会もあるだろう。冒険者なんて、出会いと別れの繰り返しだからな。じゃあ、またな!」
そう言い残すと、彼は森の奥へと消えていく。
「あれが『疾風のアトラス』か……」
後ろ姿を見送りながら、思わず僕は呟いていた。
そもそも『〇〇の』というような二つ名付きで呼ばれるのは、かなりの腕前の冒険者のみ。中でも『疾風のアトラス』は、Sランクと噂されるほどで、僕でも名前を知っているような有名人だった。
「すごいなあ。いつかは僕も、あんなふうになりたい……」
しかし、それは遠い憧れに過ぎない。
今の僕は、まだまだ駆け出しであり、彼に言われた通り、一人でこの森を
「うん、無理はしないでおこう!」
今日はもう切り上げることにして、僕は森の出口へ向かうのだった。
「えっ、『疾風のアトラス』が亡くなった!?」
冒険者組合の食堂で驚くべき噂を耳にしたのは、それから数日後だった。
「ああ、東の洞窟で
「
だから他の冒険者パーティーと一緒に、臨時のチームを結成して赴いたのだが……。
モンスターの方も仲間連れだった。
他の冒険者たちを先に逃して、『疾風のアトラス』が
「その件があって、洞窟の脅威度も跳ね上がってな。かなりの大人数の討伐チームを編成しよう、って話になってるぜ。どうだい、お前も志願してみるか?」
水を向けられたが、僕は大人しく断った。
本当は僕自身の手で、その
そんな気持ちもあったけれど、明らかに分不相応だから駄目だとわかっていた。自分の身の丈にあった冒険をするべき、というのが、『疾風のアトラス』との出会いから教えられたことだった。
たった一度の、別れを兼ねた出会いだったけれど。
「ギギッ!」
「あわわ……」
一匹のゴブリンを前にして、腰砕けで座り込んでしまっている少年。革鎧を着ており、これでも一応は冒険者なのだろう。もしかすると、初めての実戦なのかもしれない。
音もなく走り出した僕は、一瞬で距離を詰めていた。ゴブリンの背後で、ふわりと舞うようにして剣を振るう。軽くモンスターを始末して、少年のピンチを救うのだった。
「大丈夫だったかい? 君の獲物、僕が横取りする形になっちゃったけど……」
「横取りなんてとんでもない! おかげで命拾いしました!」
「うん、そうだね。これがダンジョン、これが戦場というものだ。冒険者になった以上、君も頑張れよ」
「ありがとうございます。あの、お名前は……?」
「僕は『旋風のジミー』。そのうち、また君とも出会うかもしれない。冒険者なんて、出会いと別れの繰り返しだからね!」
自分でも少し笑いたくなる。
今の僕がしていることは、かつて僕を助けてくれた先輩冒険者の真似ではないだろうか。
久しぶりに十年前の出来事を思い出しながら、僕はその場を立ち去るのだった。
(「冒険者は一期一会」完)
冒険者は一期一会 烏川 ハル @haru_karasugawa
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