冒険者は一期一会

烏川 ハル

冒険者は一期一会

   

「ギギッ……!」

 目の前のモンスターは、必死の形相で僕の剣を受け止めていた。

 こんな小さな体のどこにこれほどの力が秘められているのだろう。驚くほどの怪力であり、むしろ僕の方が押し負けそうな勢いだった。

 騎士ナイトゴブリンでもなければ、鎧衣アーマーゴブリンでもなかった。武器は小型ナイフひとつ、防具はゴブリン帽と布の腰巻きだけという、最下級のゴブリンなのに……。

 いくら僕が駆け出しの冒険者とはいえ、こんなゴブリン一匹に苦戦するとは情けない!


 ちょうど、そんな考えが頭に浮かんだ時。

 僕とゴブリンが戦う森の中を、一陣の風が吹き抜ける。周りの木々がざわめくようにも感じられたが……。

 正確には『風』ではなかった。風のような素早さで、駆け抜けた者がいたのだ。

 真っ黒な金属鎧を身に纏い、柄の青いブロードソードを手にしている。彼も冒険者なのだろう。

 僕が彼を視認するのと、ゴブリンが力を失って崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。

 続いて、倒れたゴブリンの背中に大きな刀傷があることに気づく。この一太刀が致命傷だったらしい。つまり、背後から急襲されて、振り返る暇もなくバッサリられたのだ。


 状況を理解した僕に対して、漆黒の冒険者が話しかけてくる。

「悪かったな、獲物を横取りする形になって」

「いえいえ、横取りだなんて……。おかげで助かりました」

 彼だってわかっているはずだ。あのままでは僕は危なかった、と。「獲物を横取り」というつもりはなく、純粋に好意で助けてくれたのだ。

 小さく頷きながら、彼は周囲の緑を見回す。

「この森は初心者向けのダンジョンだが、それでもダンジョンである以上、いつどこからモンスターが出てくるかわからない。たとえ格下のモンスターでも油断はするなよ」

「はい!」

 気持ちが引き締まる思いで、僕は反射的に、元気よく返事していた。

 その様子がおかしかったらしく、彼は軽く笑いながら言葉を続ける。

「初心者のうちは一人でダンジョンに入るのでなく、仲間をつのって、パーティーを組んだ方がいいだろうな。それじゃ、頑張れよ!」

 この場に僕を一人残して、彼は立ち去ろうとしていた。

 パーティー結成を推奨しておきながら、自分が仲間になろうとか、森を出るまで一緒に行動しようとかは言わない。そこまで甘くないのが先輩冒険者の厳しさなのだろう。

 それはわかった上で、このまま別れるのは少し名残惜しく感じた。

「ありがとうございました。あの、お名前は……?」

「俺はアトラス。『疾風のアトラス』と呼ばれている」

 二つ名を口にする時だけ、少し照れたような表情を浮かべて、

「いずれ、また出会う機会もあるだろう。冒険者なんて、出会いと別れの繰り返しだからな。じゃあ、またな!」

 そう言い残すと、彼は森の奥へと消えていく。


「あれが『疾風のアトラス』か……」

 後ろ姿を見送りながら、思わず僕は呟いていた。

 そもそも『〇〇の』というような二つ名付きで呼ばれるのは、かなりの腕前の冒険者のみ。中でも『疾風のアトラス』は、Sランクと噂されるほどで、僕でも名前を知っているような有名人だった。

「すごいなあ。いつかは僕も、あんなふうになりたい……」

 しかし、それは遠い憧れに過ぎない。

 今の僕は、まだまだ駆け出しであり、彼に言われた通り、一人でこの森を彷徨さまようのも危険なレベルだった。

「うん、無理はしないでおこう!」

 今日はもう切り上げることにして、僕は森の出口へ向かうのだった。



「えっ、『疾風のアトラス』が亡くなった!?」

 冒険者組合の食堂で驚くべき噂を耳にしたのは、それから数日後だった。

「ああ、東の洞窟でられた、って話だ」

巨人ギガントゴブリンが複数住み着いたから退治してほしい。そんな依頼を受けて……。返り討ちにあったらしいぜ」


 巨人ギガントゴブリンといえば、人間の数倍という巨躯を誇るモンスターであり、ゴブリン系モンスターの中でも最強の部類に入る。それが『複数』ともなれば、いくら『疾風のアトラス』とはいえ、一人で立ち向かうのは無謀だった。

 だから他の冒険者パーティーと一緒に、臨時のチームを結成して赴いたのだが……。

 モンスターの方も仲間連れだった。祭司シャーマンゴブリンが、参謀役として加わっていたのだ。

 祭司シャーマンゴブリンは、体も小さく非力だけれど、頭だけは回るといわれている。そんなモンスターが二匹の巨人ギガントゴブリンを上手く操る格好であり、『疾風のアトラス』たちは苦戦。改めて出直すつもりで、早々と撤退を決意した。

 他の冒険者たちを先に逃して、『疾風のアトラス』が殿しんがりを引き受けたのだが……。洞窟の横道からさらに一匹、伏兵として配置されていた巨人ギガントゴブリンが参戦。『疾風のアトラス』は、挟み撃ちをくらってしまう。既に仲間とは離れた状態であり、さすがの『疾風のアトラス』でも、どうしようもなかったという。


「その件があって、洞窟の脅威度も跳ね上がってな。かなりの大人数の討伐チームを編成しよう、って話になってるぜ。どうだい、お前も志願してみるか?」

 水を向けられたが、僕は大人しく断った。

 本当は僕自身の手で、その祭司シャーマンゴブリンたちを倒したい。いわば『疾風のアトラス』の仇討ちだ。

 そんな気持ちもあったけれど、明らかに分不相応だから駄目だとわかっていた。自分の身の丈にあった冒険をするべき、というのが、『疾風のアトラス』との出会いから教えられたことだった。

 たった一度の、別れを兼ねた出会いだったけれど。





「ギギッ!」

「あわわ……」

 一匹のゴブリンを前にして、腰砕けで座り込んでしまっている少年。革鎧を着ており、これでも一応は冒険者なのだろう。もしかすると、初めての実戦なのかもしれない。

 音もなく走り出した僕は、一瞬で距離を詰めていた。ゴブリンの背後で、ふわりと舞うようにして剣を振るう。軽くモンスターを始末して、少年のピンチを救うのだった。


「大丈夫だったかい? 君の獲物、僕が横取りする形になっちゃったけど……」

「横取りなんてとんでもない! おかげで命拾いしました!」

「うん、そうだね。これがダンジョン、これが戦場というものだ。冒険者になった以上、君も頑張れよ」

「ありがとうございます。あの、お名前は……?」

「僕は『旋風のジミー』。そのうち、また君とも出会うかもしれない。冒険者なんて、出会いと別れの繰り返しだからね!」

 自分でも少し笑いたくなる。

 今の僕がしていることは、かつて僕を助けてくれた先輩冒険者の真似ではないだろうか。

 久しぶりに十年前の出来事を思い出しながら、僕はその場を立ち去るのだった。




(「冒険者は一期一会」完)

   

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冒険者は一期一会 烏川 ハル @haru_karasugawa

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