探索者のロビンさんは鳥肉が食べたい~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

キミを見ていると鳥肉が食べたくなってくる不思議

「う~ん……お肉が食べたい。アッサリしつつもあぶらが乗っているような……そう、鳥のお肉とか……」


 夕方。行きつけの酒場で食事と葡萄酒ぶどうしゅを楽しみながらつぶやくと、たまたま相席あいせきして知り合いになった鳥人バードマンの男、アルコンがビクッと肩をふるわせ、いぶかしげな視線をこちらへ向けてくる。

 ここは封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。街の中心に存在する奈落ならくの大迷宮へ日々、多種多様な人種や種族の探索者たんさくしゃたちがいどんでは散る、そんな場所。


「どうして俺を見ながら言いますかね……。というかロビンさん、種族的にお肉って食べないと思ってたんですけど……」


「それは偏見へんけんだよ。ほら、お酒だって普通に飲むしね?」


 笑って残りの葡萄酒を一気にあおり、代わりのお酒を給仕の女性に注文する。さてと……今度はもう少し強いヤツにしよう。アレだ、ドワーフが好きな蒸留酒じょうりゅうしゅとか。

 あとはそのさかな塩気しおけいたなにかが欲しい……うん?! 魚介類の発酵食品はっこうしょくひんがメニューに追加されてる! 気になる! これを頼んじゃおうかな!


 ちなみになぜか目当ての鳥肉料理は置いていなかった……悲しい。

 そうしてお肉に未練みれんを残しつつ、気になるものを次々オーダーしていると、


「いや、待ってください……。俺の中でどんどんイメージが崩壊ほうかいしていくんですけど……ロビンさん、本当に純血じゅんけつのエルフなんですよね?! ハーフとかではなく?!」


「はっはっはっ……失敬しっけいだなキミィ~。私は確かにピュアエルフだよ……って、うわぁ~、このお酒きっつ!!!! でも、おつまみとは合うね!」


 運ばれてきたお酒と料理を口にして笑えば、向かいのアルコンがマジかこいつ……とでもいうような眼差まなざしで見つめてくる。


 いや、う~ん……私も確かに多少変わり種だという自覚はあるけどね?


 恐らくアルコンや世間一般的なエルフ像といえば、深い森の中で動植物たちと心をかよわせながら暮らす、高潔こうけつ気難きむずかしい神秘的な存在なのだろう……。

 まぁ、そのイメージが間違っているとは言わない。実際、その手のエルフは確かにいるし、森の奥深くには排他的はいたてきな集落も存在する。


 だけど、それはそれだ。私のようにこうして森を出て外の世界にまじわる者も少なからずいる。

 ただ、そこはどんな人種や種族も同じだと思う。皆違って、皆良いのだ、うん……。


 さておき、こうしていい感じにいが回ってくると、先ほどあきらめた鳥肉とりにくへの未練みれんが再び頭をもたげ始めてきて――、


「いや、ロビンさん! 目が恐い! 目が! どれだけ鳥肉食べたいんですか?!」


 ――アルコンのなんだか悲鳴じみた声で、ふと我に返る。


「むぅ……キミと偶然ぐうぜん出会ってしまったのが、不幸の始まりだったみたいだね……」


 椅子いすに深く背をあずけ、クスッと悪戯いたずらな笑みを浮かべて見つめると、


「なんの?! 俺、色んな意味で食べても美味おいしくありませんからね?!」


 わたわたと慌て始めるのでとても面白い。これはこれでいい酒の肴だと思う。


 けれど、こうして彼をからかうほどに、鳥肉への思いはふくらんでいく……。

 いや、別に酒場で出会った行きずりの相手に変な感情が芽生えたわけではないのだけれど……。


 うん……よしっ、決めた! 明日にでも鳥を狩りに行こう。そうしよう。

 ないなら自分で調達りょうたつするしかない。それがこの封印迷宮都市シルメイズで学んだことだ。


 ★     ★     ★


 翌日の午後。

 私は愛用の弓矢と短剣を手にして、街の外に広がる森を訪れていた。

 目的はもちろん新鮮な鳥肉を手に入れるため!


「で、どうして俺も付き合わされてるんですかねぇ……」


「いや、だってキミ、この手の狩りは得意そうな感じだし? あとは普通に人手が欲しかった!」


「ロビンさん……ちょっと自由奔放じゆうほんぽうすぎません?」


「それはほら、自然の中でのびのびと育ったからではないかな?」


「さいですか……はぁ、でも、どうせなら迷宮のほうが良かったんじゃないですか?」


 視線を樹上じゅじょうに向け適当な獲物を探していると、アルコンがなにか色々と諦めた様子でめ息混じりにたずねてくる。


「う~ん……普段ならそれもありなんだけどねぇ~。今、迷宮の表層は荒れてるからさ」


「あぁ、まだ終息してなかったんですか、例のアレ……」


「そそっ……。落ち着くまでもう少しかかるんじゃないかな……」


 現在、迷宮内はとあるモグリの探索者が一月ひとつきほど表層を荒らし回っていた影響で、近年るいを見ないほどに混乱こんらんしていて、下手へたに近づきたくない……。

 この情報が出回った今でも迷宮へ飛び込むのは、余程よほどの命知らずか自信家、経験が少ないあわれな新人探索者に、死んだ彼らを狙う骨拾ほねひろいのやからぐらいだ……。


 うん、ひょっとしたら酒場に鳥肉を含めて肉料理が少なかったのはその辺も関係しているのかもしれない……。

 あの魚介類の発酵食品も、それをおぎなうために近隣の街から仕入れたと考えれば、ちょっとだけ納得できる。


 ふ~ん……意外に悪いことばかりでもないね。アレ、美味しかったし。


 なんてことを考えながらアルコンと狩りを続けること数時間。

 れた鳥の数は大小合わせて十羽ほど……。

 これだけ獲れれば今夜はとても豪華ごうかな夕食になるに違いない、と期待に胸を膨らませ帰り支度じたくをしていると、


「……でち?」


 真っ赤なローブに身を包み、左右の手に片刃かたばの剣を一振ひとふりずつ握った変なヤツが突如とつじょ、目の前に現れた。

 え? どっから出てきた? てか、得物えものを持ってるってことは、盗賊とうぞくとか?!


 突然のことに若干じゃっかん冷静れいせいさをきつつも、慌ててかまえた弓で赤ローブを狙うが、


「でっちー!」


 相手は一足飛いっそくとびにふところんでくる!

 これは不味まずいと思った瞬間、横からられた矢が赤ローブを牽制けんせいする。

 見れば弓を構えたアルコンが冷や汗を流してこちらを見つめていた……。


 少なからず距離を取り、私とアルコンを交互に見やる赤ローブ。


 あの間合まあいをめる速度だと弓矢での応戦おうせんは不利かな? ただ、接近戦せっきんせんも数でまさるとはいえ微妙びみょうなところかもしれない……。


 なんてことを思いながら次の行動を考えていると、


「どこへ消えたかと思えば、なにをやってるのかな、サクラコ……?」


 あきれたような声とともにしげみの奥から一人の女性が現れた……。


「って、チェルカ?!」


 そのあまりに予想外な姿を目にし、思わず名前を口にすると、


「おや? ロビン? ひさしぶり、どうしたのこんな森の中で?」


 呼ばれた彼女も驚いた様子でこちらを見つめ返してくる……。

 探索者のチェルカ、封印迷宮都市シルメイズでも数少ない友人の一人。

 そんな彼女の元へどこか申し訳なさそうに慌ててる赤ローブ。


 うん、これはなにがどうなっているのかな?

 

 ★     ★     ★


 数分後、話を聞き終えるとなかなかに驚きだった。


 実はこの赤ローブ、黒髪の少女サクラコこそがちまたうわさになっているモグリの探索者なんだとか……。

 で、彼女をチェルカが迷宮内でつかまえたというか保護したものの、事情が事情なので再び迷宮探索をするわけにもいかず、ほとぼりが冷めるまで森で生活することにしたと……。


 うん……確かに迷宮の現状を考えると、諸々もろもろ矛先ほこさきがこのサクラコという少女へ向くことは十分考えられる……。それだけのことを彼女はやらかしている……。

 

「なので……その、かと思い込み、多大なるご迷惑をおかけいたしましたのでち」


 地面に座り込み深々と頭を下げるサクラコ。

 確か極東方面きょくとうほうめんの謝罪方法だっけ? 道理どうり東訛ひがしなまりの強い共通語だと思った。


「まぁ、そこはもういいよ。さいわいお互い怪我もなかったしね」


「そ、そう言っていただけると、心が大変ありがたいのでち……」


 顔を上げ、ほっと胸をで下ろしたような表情を浮かべるサクラコ。

 チェルカも安心した様子でめ息をついている……。

 うん、本当になにもなくて良かった。下手をしたら大惨事だいさんじだったからね、あの状況。


 その、色々と情報交換をしていると夕方になったため、この日はチェルカたちの拠点きょてんで一晩過ごさせてもらうことになった。


 夕食はもちろん今日獲ったあの鳥肉!

 調理はなんとサクラコがしてくれた。チェルカ曰く、その腕は下手な食堂には負けないぐらい素晴すばらしいんだとか。


 友人の言葉を信じて楽しみに待つことしばし、ついに料理が完成する。

 そうして目の前に運ばれてきたのは――、


 ――シンプルな見た目の串焼くしやきだった。


 え……なんか思ってたのと違う。もっとこうはなやかで豪華ごうかなヤツを想像してたのに。

 あえて特徴とくちょうを言うなら、見慣みなれない茶色いソースがかかっているぐらい……。

 そんな見た目だったので大して期待せず口にしたのだけど、


「――――?!?!」


 え、なにこれ美味しい!? すごい!! この甘塩あまじょっぱい感じは初めてだよ!?

 目を見開きサクラコへ視線を向けると、


「ふっふっふっ、どうでちか? 故郷こきょうに伝わる秘伝ひでんの液で焼き上げた鳥の肉は! 村では『焼き鳥』と呼んで、大人も子どもも大好きな一品なのでち!」


 どこか自慢気じまんげに胸を張り料理の説明をしてくれた。

 なるほど……焼き鳥、これは美味しい。悔やまれるのはこの場にお酒がないことぐらい。はぁ、これは絶対にお酒に合うヤツだよぉ……。


 なげく私の横でアルコンも気に入ったらしく、一本目を早々そうそうたいらげ、二本目へ手をばすと、


「あの、共食ともぐいには、ならねーのでちか? 大丈夫かでち?」


 彼を見つめどこか心配そうにたずねるサクラコ。


「ばっ……あのね、俺は猛禽類もうきんるい鳥人バードマンなの! これが普通なの!」


 そんな彼女へなぜか慌てた様子で弁明するアルコン。

 二人のやり取りがみょうにおかしくて、私とチェルカは顔を見合わせ笑ってしまった。


 只人ただびとにエルフ、鳥人バードマン極東きょくとう異邦人いほうじん奇妙きみょうな組み合わせではあるけれど、こんな経験が出会いがあるから外の世界は面白い。


 ここは封印迷宮都市シルメイズ。世界中から多種多様な人種、種族が集まる探索者たちの街。


 ……to be continued?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探索者のロビンさんは鳥肉が食べたい~封印迷宮都市シルメイズ物語~ 荒木シオン @SionSumire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ