焼き鳥居酒屋で人間観察
カユウ
第1話
俺の定位置になってきている一番左端のカウンターに座り、レモンサワーと焼き鳥七本セットの塩を注文すると、ほっと一息つく。注文すると、周りを見る余裕も出てくる。何度も通っている店なんだけど。そんなことを考えているうちにレモンサワーとお通しの小鉢が出てくる。
「んじゃさっそく、いただきます」
いただきますを言わないと食べ始められないのは、子どものころからのクセだな。飲み会でいきなり食べ始める人を見て、びっくりしたのを覚えている。
あー、うまい。ここのレモンサワーは切ったレモンが入っている。おかわりすると使っているジョッキに追加で注いでくれて、少し割り引いてくれるのがありがたい。
お通しの切り干し大根を肴にレモンサワーを飲んでいると、焼き鳥が来た。もも、せせり、ぼんじり、ねぎま、つくね、皮、レバーの七種類。まずは、ももから。うん、うまい。ここでお酒飲みながら焼き鳥食べると、今週も終わった、自分よくがんばったという気になる。
ももとレバー、せせりと食べ終えたところで、新しいお客さんが入ってきた。スーツ姿の男性と小綺麗な服装の女性。どちらも二十代半ばから後半くらいだろう。あ、恋人つなぎしてる。てことはカップルか。いや、夫婦かもしれん。夫婦だとしても、デートで焼き鳥居酒屋はありなのか?俺らとは時代が違うって言われればそれまでだけどさ。
おっと、レモンサワーなくなっちゃった。
「スイマセン。レモンサワーおかわりください」
デートでどこのお店に行こうが、その二人の自由だからな。おっさんがあれこれ言ってもしゃあないこって。新しく入ってきたお客さんのことを考えるのを切り上げて、おかわりしてもらったレモンサワーを飲む。
セットで頼んだ七本の最後、つくねを食べながらメニューを見る。次は何にするか。お腹的にはまだ食べられるから、七本セットをたれで頼むか。
「スイマ……」
「ちょっと、どういうことよ!」
注文しようとした俺の声を上書きするかのように女性の大声が聞こえる。声の主はと見ると、さきほど入ってきた男女二人のうちの女性だった。どうやら男性に向かって文句を言っているようだ。ケンカか。ケンカなのか。お店や他のお客さんに迷惑だから、ケンカするなら外に行ったほうがいいと思う。声を上げた女性は、お店の半分くらいを埋めているお客さんたちの視線を一身に集めている。だが、女性はヒートアップしているのか、視線などまったく気にしていない。
「これはなに?どういうことなの!?」
女性は机の上に置かれたスマホを人差し指の先でトントントンと叩きながら男性をにらみつけている。二人の横顔しか見えないから、にらみつけているように感じたっていうところだ。スマホをたたいているってことは何か良くない通知があったのかな。男女がもめてて、スマホが原因ってことは十中八九浮気だろうか。となると、これが修羅場ってやつなのか。うわー、修羅場を見るなんて初めてだわ。
男性のほうはぼそぼそしゃべるから、全然聞こえないや。目の前の女性はちゃんと聞こえているのかな。
「はぁ!?なに言ってるの?知らないわけないでしょうが!」
ああ、ごまかそうとして失敗したんだな。明らかに浮気と思われる内容が来ているのに、知らないっていう言い訳が通じるわけないんだから。バレると思ってなかったんだろうな。違うか。バレると思ってたら浮気なんてしないか。
「ふざけないで!!」
続けてバシャッという音が店内に響き渡る。うわ、ドラマで見たことあるけど、飲み物を相手にぶっかける人って本当にいるんだ。それくらい腹が立ったってことなのかな。だからって食べ物を粗末にしちゃいけないよ。もったいない。てか、周りに飛び散っているけど、あれの掃除って誰がするんだろう?かけた女性?かけられた男性?それともお店の人?お店の人だったらいい迷惑だよ。
「二度と連絡してこないで!」
女性はカンカンに怒ってお店を出て行ってしまった。残された男性はおしぼりで顔を拭くと立ち上がって周りのお客さんに頭を下げていた。迷惑をかけたっていう自覚があるなら、そもそも浮気するなし。
女性が出ていったことで、これ以上の修羅場は起きない。他の客たちはすぐに自分たちの世界へと戻っていった。
俺は焼き鳥七本セットをたれで注文した。普段通りのペースで食べ、飲み、満足したのでお会計をした。お酒をかけられた男性は椅子に座ってスマホをいじっている。これからどうするんだろうと思いつつ、他人様の事情に首をつっこむもんじゃないなと思いなおし、帰路についた。
翌週の金曜日も焼き鳥居酒屋に行った。注文したあと、先週の顛末を聞いてみたところ、男性から清掃費として割り増ししたお金をもらい、お店の人たちで掃除したそうだ。少なくない金額をもらったと言って笑っていたので、お店からすると修羅場は日常茶飯事なのかもしれない。だからってお店で修羅場になっていいわけではないので、気をつけようと思う。
焼き鳥居酒屋で人間観察 カユウ @kayuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます