悪役令嬢に転生してだいたいフラグ回避したので、焼き鳥を食べたいと思います

祥之るう子

第1話

「ついに……ついにこの時がきましたのね」


 呆れるほど豪華なお屋敷の一室で、立派な猫足の椅子に座り、テーブルと呼んでいいのか悩んでしまうほど大きなダイニングテーブルに向かって、私は興奮に震える声で呟いた。


「はい、お嬢様」


 後ろに控えている私のイケメン執事、アーネストが緊張気味に答えた。


 私の名前は、クラリッサ・チャコール・バーンドディッシュ。

 乙女ゲーム「焦がれるハート~あまから☆ミックス~」の世界に転生した、いわゆる「悪役令嬢転生」を成し遂げた女よ。

 前世はまあ普通のJKだったわ。もちろん、死因は交通事故ね。ベターでしょ。

 私が前世の記憶を取り戻し、ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのはもう十年くらい前。だから、だいぶ破滅フラグも回避したし、割と平和に生きてる。

 もちろん最大の破滅フラグであろう王子との婚約は穏便に解消済みだし、まあ後は来月から始まるゲーム本番の学園生活をいかに平和に終わらせるかってとこなんだけど。


 その前に、私にはどうしても叶えたい夢があるの。


 それは、前世での大好物を食べることよ!


 前世の記憶が蘇ってからというもの、必死に自分の破滅フラグと戦ってきたのだけど、後は入学まですることもないって段階に来て、私はふと、こう思ってしまった。


 焼き鳥が食べたいなあって……。


 幸い、このゲームは、恋愛攻略の他にもう一つ、錬金術でいろんなアイテムを開発してモンスターと戦ったり、困っている人を助けたり、商売したりっていう要素があるの! 学園でも、錬金術と魔法を学ぶのよ。

 さらに日本人が作ったゲームだけあって、食材はだいぶ普通。ホロ鶏っていうもうただの鶏でしょっていう鳥が一般的な食材だし、長ネギっぽいネギ類の野菜もあるし、鉄製の串だけど串焼き料理もあるの。ワインなんてそのまま「ワイン」て名前だし。何とかなりそうでしょ?


 アーネストが、パンパンと手を叩くと、大きなドアが開いて、これまた私のお抱えイケメンシェフのルークが、料理を運んでくる。


 ああ、ここまでくるのに、本当に長かったわ……!


 さっきも言ったけど、食材は一見何とかなりそうだったの。

 だけど、日本の調味料がなかったのよね。

 日本人が思い描く、西洋の食材とお料理ばかりだったのよね……。まあおかげで、味も日本人好みで食べやすいお料理がほとんどだったんだけど。

 塩も胡椒もあるから、私の本命はもちろん、タレのねぎまなんだけど、まずは塩のもも串を作ってみようと思ったの。


 アーネストもルークも、私の提案を聞いたときは、一瞬頭が真っ白って感じだったわ。メイドたちも呆然としてたし。

 でも必死に泣いてお願いしたら、今まで何とか破滅フラグを回避するために、みんなに優しく! を心がけてきたことが功を奏したようで、お屋敷をあげて協力してくれたわ。


 まず最初の難関は、木製の串よ。

 私ね、自慢じゃないけど、本当にただの女子高生だったの。前世。

 田舎の、普通の学力も体力も中の下で、友達は特に親しい子が二人いて、クラスでは可もなく不可もなく。「並」って言葉は、私のためにあるんじゃないかってくらい、目立たず浮かずに生きてたのよ。

 何が言いたいかって言うと、本好きでもなければ、農業の知識もなければ、木登りが得なほどヤンチャでもなく、体力に自信もなければ、誰にでも優しくできるほどの精神力もなかった。つまるところ、行動力も知識もゼロだったというわけ。

 串ってどうやって作るんだろう。

 私ね、あの、細い円柱形の、長ーいつまようじみたいな串にささってるのがよかったの。

 それをドワーフの親方に必死に訴えて、絵心ゼロながらも図にしてみたりして一週間くらい思考錯誤して作ったわ。

 まず、あれだけ細くても生肉を貫けるほど鋭くしたりとか、生肉何本も刺しても折れない強度とか、さらには熱に強くないといけないとか、意外と問題山積だったのよね。


 ようやく串ができたところで、今度は炭でつまづいたわ。

 炭って、木を燃やしたらそれでいいわけじゃないのね。

 備長炭てやつ? あれ、どうやって作るのか全然わかんなかったわ。

 ちなみにこの炭を作るのに、数か月を要したわ。ちなみに、ここにきて第一王子のゲオルグ様も巻き込んで、王家お抱えの錬金術師たち総出で研究してくれたのよ。

 ゲオルグ様の親友であり、将来的に王立の錬金術研究室に入れるんじゃないかって期待されてるくらいの秀才の方が、これはすごいものなんじゃないかって興味を持って研究してくれたこともあって、一気に大事になっちゃった感があって焦ったわ。

 でもおかげで無事に備長炭的なものの開発に成功。

 貴族社会で炭焼き料理が大流行しちゃってるのよね。他国の王族まで興味持ってるらしいわ。お料理の力ってすごいのね。


 この段階で、塩焼きのもも串は完成。本当に美味しかったわ。

 私は調子にのって、軟骨とつくねもルークにおねだりしてしまったわ。

 ルークは見事に私の願いを叶えてくれたんだけど、つくねに大葉を入れたくなった私がポロリと本音をこぼしたことで、今度は大葉の代用になるハーブを探すことになってしまった。ルークとアーネストと私、三人でひたすら国内外のハーブというハーブを手に入れては食べるというトライアンドエラーの繰り返し。

 何度もお腹を壊したわ。……ちょっと心が折れかけたわね。

 でもおかげで、今まで治せなかった病気の特効薬になるハーブが見つかったのよ! お料理ってすごいわね!


 さあ大葉の代用ハーブも見つかって、私はいよいよタレに着手したわ。

 醤油も日本酒もみりんもないのよ、ここ。

 前も言ったけど、私、醤油がどうやってできてるかなんて、知らないの。

 なんかね、大豆を発酵させてるらしいくらいなら知ってたんだけど。

 発酵といえばワインじゃない? いや未成年だから飲んだこともないんだけど。

 そこでワインやら何やら使ってルークがいろいろ試してくれたんだけど、やっぱり醤油ベースのあの甘辛ダレの味はどうしても再現できない。


 そこで私は思い出した。ちょっと和風の、東洋にあるすごい遠くの国っていうのがダウンロードコンテンツにあったということを。

 私、そこはまだ買ってなかったし、未プレイだったのよね。でも、SNSで情報は持ってた。新たな攻略対象の少年が、和風キャラだったって情報。

 私は必死にその少年をさがし、見事に「サク」という攻略キャラにたどり着く。

 東洋の国の豪商の息子で、王家の親戚筋に当たる貴族の家にホームステイ予定。

 その貴族の家に、ゲオルグ様から口をきいてもらい、醤油やみりんなど、それっぽい調味料を一か月以上かけて入手した。


 ちなみに、このやりとりのおかげで、鎖国しているという東洋の国が、唯一の国交相手に我が国を認証するという事態に発展した。塩味の焼き鳥をサクがいたく気に入って、父親にそのむね手紙を書いて、串や備長炭、こちらの香辛料と一緒に送ったところ、向こうでも大ヒットしちゃったみたいでね。

 焼き鳥ってすごいわね、国を開かせちゃうんだもの。


 転生してからずっと、皆から愛されるようにと、破滅を回避すべきと、必死にいい子をがんばってきた私の、一世一代のわがままは、家族や大切な使用人たちを巻き込むだけでは終わらず、国家レベルの大騒ぎになってしまった。


 こうして、今日、今、ようやく、タレのねぎまが食べれるというわけ。


「お嬢、ようやくできたぜ! さあ食ってくれ!」


 ルークのこの口の悪さに、いつもなら苦言を呈するアーネストも、今日は涙ぐんでいる。

 アーネスト、まだ十代後半の執事見習いなのに、外国の豪商まで相手にする羽目になったりして、本当に大変だったものね。ほんとごめん。

 ルークも、元々は下働きでシェフってほどのシェフでもなかったのに、小さいころから私が故郷の味を思い出して食べたいって言うたびに、一緒に再現を試みてくれてるうちに、すっかりシェフになっちゃって……。

 こういうの、感無量っていうのかしら。


「ありがとう、ルーク、アーネスト。ここに至るまで、本当に、皆様には大変なご苦労をさせてしまいました」


 目頭が熱い。

 見れば、メイドたちも目をハンカチで抑えている。

 だよね、だよね! 感動だよね! あとでみんなで焼き鳥パーティしようね!


「いただきます」


 ドキドキしながら、串の根元を持って一口。

 パクリ。


 柔らかい! ああ、炭で焼いた香ばしい香りと、甘辛いタレがしっかり絡んで……! これ! これよ! 私が食べたかった焼き鳥! ちょっと焦げたネギの食感と、甘味も最高だわ!


「おいしい! とってもおいしいわ!」


 私が涙まじりでそう言うと、わっと歓声が上がった。


 ああ、私、もう思い残すことはないわ! ありがとう!


 けれど、私はこの時あまりの焼き鳥のおいしさに気付けないでいた。

 私が焼き鳥を食べるためにいろいろと起こしてしまった改革によって、ヒロインが攻略対象たちと結ばれるために用意されていたイベントを、あらかた終わらせてしまっていたことに……!


 仕方ない。こうなったら道は一つね。


 入学したらすぐに、ヒロインに焼き鳥をふるまって、ヒロインの胃袋もわしづかみにするのみ!


 焼き鳥は、世界を救うのよ!



 完。

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悪役令嬢に転生してだいたいフラグ回避したので、焼き鳥を食べたいと思います 祥之るう子 @sho-no-roo

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