焼き鳥屋の談話

無頼 チャイ

焼き鳥にまつわるお話し

 は〜いいらっしゃい。今日は何にしやす? 焼鳥? まあうちは焼き鳥も扱ってるから出せるけどよ。お客さん、顔色悪いよ。

 とりあえずももとねぎまとつくね焼いてやるよ。

 ジュウジュウ良い音するだろ。しょくってのは味覚だけじゃなく、五感で楽しむもんだ。こうして香ばしく焼き上がる焼き鳥って楽しいだろ。

 ん? お客さん大丈夫か? 顔色が優れねぇな。飲み歩きが過ぎたんじゃないのか。え? 飲んでない? はいはい分かったよ。

 そうさな、焼き上がる前に吐かれても困るし、ちと焼き鳥に関した物語を聞かせてやるよ。


 お客さんは鶏肉をよく加熱してるかい。鶏肉ってのは熱が中心に伝わるのに時間がかかる。こうして直火で炙ってても、中はまだまだ生なんだよ。それに、豚や牛何かと比べて鶏は色んな菌に感染しやすい。鶏はあらゆる菌の保有者になりやすいのさ、さも運び鳥だな。

 え? 菌なんて火で炙れば殺菌されて大丈夫だって?

 おいおいお客さん、過信しちゃだめだぜ。熱で殺せない菌だってある。セレウス菌やボツリヌス菌。他にもたくさんある。ま、飲食店はいつもこいつらと戦って美味いもん作ってる訳だ。美味いもん作るために敵の情報もしっかり集めなきゃならねぇー。どうやったら殺菌出来るか、どうすれば繁殖を抑えられるか。

 でもよ、こういう仕事してるとな、たまに怖い話しも流れてくるんだ。

 さっきも言った通り、鳥は色んな雑菌を持ってくる。そんで、稀に奇怪な菌を持ってくることもあるんだ。

 知り合いの友達がな、たまたま、その奇怪な菌付きの焼き鳥を食ったそうだ。そいつは大の焼き鳥好きで、色んな所で焼き鳥巡りするような奴だったらしい。

 で、会社帰りにたまたま焼き鳥屋を発見してな、大の焼き鳥好きであるそいつは足を帰路からその店に方向を変えて向かった。暖簾をくぐり、新しく発見した店では必ず頼む生ビール一杯とモモを店主に注文したそうだ。炭の香りもあって食えば食うほど腹が減ったそうだぜ。当然追加で色々注文したらしい。食って食って喰いまくったそうだ。

 そこで店主が男に……いや、男ってのも色気がないな。今回は男を足立あだちと呼ぶか。足立に話しかけたんだとよ。あまりにも良い食いっぷりだから、一つサービスしたいってな。

 出された串は三本。どれも甘いタレと香ばしい鶏肉の香りがしたんだとさ。で、足立は早速一本の串に手を伸ばした。そこは大の焼き鳥好きと言うべきだろうか。もちろん出された串は平らげたとさ。

 で、満足した足立はいつものように資料をチェックしたり、スマホのアプリゲームで遊んだりしたそうだ。夜になって、そろそろ寝ようと風呂に浸かって身体を温めた後、歯ブラシに歯磨き粉を塗って歯を磨いた。


 あれ? 焼き鳥の味がする。


 何度も何度も歯を磨く。けど、歯磨き粉のスゥーとする風味はせず、タレに浸った鶏肉の味ばかりがするんだとさ。あまりにおかしいからほっぺをつねった。痛みはしたそうだ。でも、口の中の焼き鳥の味は消えない。

 そんな状態の人間は何を考えると思う? そう、疲労のせいにしたんだ。

 ゆっくり寝れば治る。むしろこのおかしな現象を楽しもう。焼き鳥味の歯磨き粉で歯を磨いた。


 で、次の日。足立は慌てて会社に行った。寝坊したんだとよ。そんでいつものように仕事をこなした。さてはて、慌てて会社に行ったから弁当が無い。とりあえずパンでも買って食うか、とコンビニで適当に取ったパンを買って食った。

 口に広がるのは、焼き鳥の味。

 思わず吐き出した。手元にあるのは噛み千切って唾液まみれになったパン。足立は驚いて思わず唾液まみれのパン屑を落としたんだとよ。まあそれはそうだよな。口から出したパンって色こそ違うが、ちょっと、鳥肉に似てるもんな。

 足立はすぐさま他の物も買って食った。おにぎり。サンドイッチ。どれも鶏肉の味。


 いよいよ恐怖を感じた足立は、ハッと昨日立ち寄った焼き鳥屋を思い出して、すぐさま向かったらしい。

 店は開いてて店主もいた。だから、足立は真っ先に店主にいったんだ。何を食わせたっ! ってな。

 聞いた店主は、ニヤニヤ笑ってたらしい。

 それはもうニヤニヤさ。広角が吊り上がり、覗き込むような、悪戯を思いついた子供のような顔。

 足立は怯んだらしいが、それでも、この店主から元に戻す方法を聞くしかない。

 聞いたんだ。俺の味覚を元に戻せって。

 

 そんで、店主はこういった。戻せない、って。なぜ戻せないのか、菌が身体に入ったからだそうだ。

 足立は怒りつつも必死だった。だから聞いた。どうやったら菌を殺せる。

 店主が答えた。鶏肉の味がする舌を炙ればいい。そうすれば殺菌されて元の味覚に戻るってな。


 焼き鳥が大好きでも、一生焼き鳥の味しか楽しめないのは足立にとっても辛いことだった。店主が本当の事を言ってる保証なんてないのに、ふと、厨房奥に見えるガスコンロから出る火に撫でられるフライパンを見て、のそりのそりとそっちに向かった。

 柄を持って、舌を限界まで出して、ゆっくり、ゆっくりとフライパンの表面に近づいて……、


 っと、はいよ。ももとねぎまとつくね。おまたせしやした。

 はい? 食べられない。おいおいせっかく出来たのにそりゃないぜお客さん。ん? まだまだ味わいたい? あ~さっきの話しは俺の友達が作った嘘の話しだ。全部嘘。おいおい拳を伸ばすなって、せっかくの料理なのに酒の悪酔いで駄目にされるのが嫌だっただけさ。ほら、サービスにビール一本付けるから機嫌直してくれよ。


 ハハッ、そうそう、いい飲みっぷりだよお客さん。まあ、世の中にはミラクルフルーツみたいな味覚を変える食べ物があるらしいから、案外。全部嘘じゃないかもな〜、っておいおい! 吹くなよ! 悪かったよ食べ終わるまで黙るさ。

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