最終話:おかえり

 バルマン攻防戦の勝利から、日が経つ。


 援軍として駆けつけた諸侯連合軍は、妖魔の残党を完全に駆逐したのを確認。

 各領地に帰還していった。


「皆さま、本当にありがとうございました」


 残務処理があった私はバルマンの残り、去って行くみんなを見送った。

 騎士ラインハルトやジーク様との挨拶は、ちゃんとできずドタバタした別れ際だった


 何しろ彼らも急ぎ戻る必要があった。規律違反を冒してまで救援に来たからだ。

 ラインハルトとジーク様は勝手にペガサスを使い、無断で出陣してきたという。


 緊急事態とはいえ、これは立派な軍機違反。

 急ぎ戻らないと、何らかのペナルティーを受けるという話であった。何も処分がなければ、よいのだけれど。


 ◇


 そういえばバルマンの街の復興は、急ピッチで進んでいる。


「街の再興に、当家は全ての財を放出する。更に復興期間は税も無税とする!」


 終戦翌日、バルマン“新”侯爵クラウド・バルマンの名において、そんな復興宣言が出された。

 怪我を理由にお父様は引退。代わりに兄クラウドが新領主となったのだ。


 家族を失った市民や、倒壊した我が家に悲観して市民は、新当主のそんな温情に湧きあがっていた。

 復興景気ともいえる活気で、バルマンの街へ復興が早くも始まっていたのだ。


「ですがクラウドお兄様。無税ですと、財源が大変なことになりませんか?」


 大胆な政策を行った兄に、私はおそるおそる尋ねる。

 市民にはありがたい特例だが、税収財源がなければ貴族は生きていけない。また城の修復にも莫大な費用がかかるのだ。


「その心配はない、マリア。先日在位された"新教皇”から、ケタ外れな多額の寄付の申し出が、バルマン家にあったのだ」


「教会から寄付金が? でも、どうして?」


「まぁ、今回の事件の手打ち金だな」


 クラウドお兄様から裏事情を聞く。


 今回のバルマン襲撃の首謀者は、自分たちの読み通り教皇ヒリスであった。

 だが問い詰めた教会からの返答は、次の通り。


 ……『“前”教皇ヒリスの独断による暴走行為』


 理由は不明であるが、ヒリスは昔からバルマン家に恨みをもっていた。

 ゆえに教皇の権力を横暴に使い、今回の暴走に至ったという。


 ……『またヒリスは事件の“数日前”に、教皇を辞任。教会法により、教会は今回の事件には一切関係ない』


 教会からの返答はそんなものだった。

 こちらは街ごと消滅する危機だったというのに、信じられない言い訳であった。


「寄付金の他に多くの補償があった。新教皇に貸しもできた。今回は痛み分けといったところだな。だから、そう怖い顔をするな、マリア」


「はい、分かりました。お兄様が。そう仰るのなら」


 消滅寸前であったバルマンであったが、市民の死傷者はそれほど大きくはない。

 妖魔軍が街を襲撃せずに、城に向けて一直線に攻めて来たからだ。


 一番の人的被害は、あの西門の守備兵たち。他の守備兵は、予想以上に死者が多くはなかった。

 バルマン主力騎士団がほぼ無傷で残っていたために、軍事力に関しても今後も問題はなかった。


 また寄付金の他にも、バルマンには多くの寄付謝礼があった。

 当主を引退したお父様には、帝都の大臣の席が与えられる。クラウドお兄さまにも新たなる爵位と、肥沃な領地が与えられた。


 加えて教会の保有する金山の一つが、バルマン家に譲渡された。

 これによりバルマンは侯爵家でありながら、帝国内でも有数の大貴族へと成り上がった。


(客観的に見たら、結果としてバルマン家の逆転勝ちか。でも、なんか納得いかないな……)


 貴族や聖職者たちによる権力争いは、この世界ではよくある話。今回の手打ちに関しては、キレイにこれで収まった方なのであろう。


 教会が全面的に折れてくれたこともあり、誰もこれ以上の追及はせずにいた。間違いなくバルマンの勝利ともいえた。


(でも前教皇ヒリスは……謎の事故死、か)


 だが私は不安と違和感をぬぐえなかった


 教皇ですらも簡単に葬り去る強大な力が、この帝国内にあることに。まだ事件は終わっていないような気がしていたのだ。


 ◇


「では、学園に戻りますわ」


 復興の手続きがある程度済み、私が学園に戻る日がきた。

 バルマン家の皆と挨拶をする。


「何か辛いことあったら、またいつでも戻ってくるのだぞ、マリア」


「お父様、それはマリアが勉学に集中できませんよ」


「うむ、そうか」


 私の乗る馬車を、お父様とお兄様が先頭に立ち、見送ってくれる。

 先日の事件以来、お父様は更に親バカで、心配性になった気がする。


 あの時の勇ましい〝荒騎士エドワード卿”はどこにいったのであろうと、私は心の中で思う。

 でも、やっぱり、こんな暖かいお父様の方が、私は大好きかも。


「お父様、クラウドお兄様、お元気で」


 走り出した馬車の小窓から、最後の別れの挨拶をする。


 徐々に小さくなる家族の姿に、思わず目頭が熱くなる。なんか最近はいつもこうだ。

 すぐに涙が出ちゃうというか、感動して感極まってしまう。


 歳をとったから……ではなく、この身体の私マリアンヌの影響かもしれない。

 幼いころは優しくて、感動屋さんで多感な乙女だったのだ。


「ハンス、ハンカチをちょうだい……」


 こぼれ落ちそうな涙を拭こうと、若執事の名を呼ぶ。


 あっ……そうか。

 ハンスはこの馬車には乗っていなかったんだ。

 別の侍女が気づいて、ハンカチをくれる。


 涙は拭いたけど、心はぽっかりと穴が空いた感じであった。

 ハンスは私たちのために大けがを負って、今は学園で治療中だという話。心配で仕方がない。


「ハンス……ヒドリーナさん、エリザベスさん……それにクラスの皆さま。どんな顔をして会えばいいのかな……」


 揺れ動く馬車の中で、誰にも聞かれないように、小さくつぶやく。

 自分はこれから数日かけて、ファルマの学園へ戻る。


 だが私はいったいどんな態度で、みんなに接していけばいいのか分からなかった。


(バルマン家を助けるために、ヒドリーナさんたちも、かなり無理を言ったのだろうな……)


 バルマン家を救出のために、近隣各諸侯が援軍で来てくれた。

 ジーク様の話では、ファルマ学園にいたヒドリーナさんやエリザベスさたちが、各実家の両親を遠距離魔道具で説得してくれたのだ。


 だが明らかに強引に出兵を頼んだのだろう。

 もしかしたら今後の彼女たちの学生活に、悪影響を及ぼすかもしれない。


 いや、卒業後の進路や爵位にも、大きな支障をきたすかもしれない。今回のことは明らかに令嬢の権限を越えていたのだ。


(私とバルマン家のために、みんなは無理をしてしまった。どうしよう……)


 どんな顔で皆と、何を話せばいいのであろうか?


 感謝すればいいのか?

 それとも謝罪するのか?


 分からない。

 気まずくて胸が締め付けられそうである。


「それに学園祭も、中止にしてしまった」


 ファルマの学園の一大イベントである学園祭は、既に終わっていた。

 正確にはバルマンの事件が、ハンスによって伝わり中止になったのだ。


 全生徒があれほど楽しみにしていた今年の学園祭が、完全に無くなってしまった。

 私が知った情報の中で、これはある意味で一番辛かった。


 学園祭という大きな目標があって、私はクラスのみんなと少しだけ仲良くなれた。

 ヒドリーナさんやエリザベスさんとも、距離が縮まって感じもする。


「予定通りに開催されていたら。きっと楽しかったんだろうな……」


 小窓の外の景色を眺めながら、失われた可能性をつい想像してしまう。


 ◇


 バルマンを出発してから数日が経つ。

 私を乗せた馬車は、学園都市ファルマに到着する。


 堅牢な城門をくぐり抜けて、馬車は街の大通りを真っ直ぐ進んでいく。


 久しぶりのファルマだけども、街の様子は全く変わっていなかった。

 威勢のいい客引きの声が響きわたり、露店や市場を行き交う市民で賑わっている。


 誰も笑顔で活気のある学園都市の様子。まだ落ち込んでいた私には、眩しく映っていた。


「ふう……もうすぐ、学園の正門ね」


 憂鬱だった心が、更に重くなる。

 みんなにどんな顔をして、言葉を発すればいいか。ここ数日間、いくら悩んでも見当がつかなったのだ。


 逆にみんなはどんな態度で、私に接してくるのかな?

 もしかしたら怒ってくるのかな。それとも無視してくるのかな。

 それとも今まで通りに、遠巻きに見てくるだけなのかな


 今日は休日だから授業はない。

 皆は優雅な時間を過ごしているはずだ。


 でも明日から平日で、授業がある。

 最初の授業時間は自分にとって、試練であり地獄の時間なのかもしれない。胸が苦しくなる。


「マリアンヌお嬢さま、正門が見えてまいりました」


「ええ……」


 馬車を操る御者の言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまう。

 いよいよ戻ってきてしまったのだ。


「あら? 随分と正門が騒がしいわね……」


 いつもは厳重な警備が敷かれ、静かな学園の正門が、何やら人の声で騒がしい。

 何事かと思い、私は馬車の小窓を少し開けて確認する。

 自分がいない間に何かあったのであろうか?


「えっ……? 一般の方々が? それに、正門に装飾が?」


 それは不思議な光景であった。

 普段のファルマ学園の警備は厳重、一般市民の入場は固く禁じられていた。


 だが小窓から見えた正門には、敷地内に歩いていく市民の姿が見えたのだ。

 いつもは灰色で無機質な正門に、煌びやか花飾りやタペストリーで、装飾もされていた。


 私のいない間に、学園にいったい何が起きたのであろう?

 混乱したまま、馬車は広大な学園の敷地内を進んでゆく。


 ◇


 目的地に到着して、馬車が止まる。


 でも、止まる場所がおかしい。

 学園の校舎に前に止まってしまったのだ。


 今日は休日で授業はないので、学生寮に真っ直ぐに向かう指示を出していた。

 御者に確認をしないと。


「ここは場所が違いますわよ?」


「いえ。こちらで大丈夫でございます、マリアンヌお嬢さま。皆さまがお待ちでございます」


 確認した御者が、不思議な返事をしてくる。

 何のことを言っているのであろうか。

 でも、この者は古くからバルマン家に仕える臣下で、信じられる人であった。


 だったら何だろう?

 待っているって何だろう?


 不思議に思いながらも扉を開けて、私は乗っていた馬車から降りる。


「えっ……」


 思わず声が出てしまった。


 ――――信じられない光景が、目の前に広がっていたのだ。


「なんで……こんな……」


 目の前の様子を再度確認して、また声を出してしまう。


「マリアンヌ様、お待ちしておりましたわ」


 校舎の正面玄関で、ヒドリーナさんが出迎えていてくれていた。


「マリアンヌ様、お帰りなさいませ」

「マリアンヌ様、お疲れ様です」

「マリアンヌ様!」


 出迎えてくれたのは、ヒドリーナさんだけではなかった。


 同じクラス委員長さんと、クラスメイトのみんな。

 それに学食でよく見かける同期の人たちもいた。


 そして校舎にいたのは、彼女たちだけではなかった。

 多くの市民や生徒たちが笑顔で、校舎の中へ出入りをしている。


 更に校舎の横には、露店や臨時の市場も立ち並び賑わっていたのだ。


「これは……いった……?」


 狐につつまれたような光景に、私は言葉を失う。


 休日の学園で、いったい何が起きているのであろうか。

 まさかの光景に私は呆然と立ち尽くし、言葉を失う。


「おっ、マリア、偶然だな! 今、帰ってきたのか!」


「おい、ライン。ずっとここで待っていたのに。相変わらず、演技が下手だな」


「ライン? それにジーク様も⁉」


 二人の騎士の新たなる登場に、私は更に驚く。

 いったい何が起きているのか見当もつかない。

 頭を回転さて推測しようにも、考えがまったく及ばないのだ。


「これは学園祭が……開催されている? でも、なぜ?」


 信じられないことに今、ファルマの〝学園祭”が行われていたのだ。


 メイド服を着ているヒドリーナさんとクラスメイトたち。

 市民に開放されている学園の状況。

 間違いなく学園祭が開催されている真っ最中なのだ。


「はっはっは……どうだ、驚いただろ? マリア?」


 目を丸くして固まっている私に、ラインハルトはドヤ顔をしてくる。


「そうだ、マリア。今日は学園祭を開催中だ」


 ジーク様は静かに説明をしてくれる。

 私の帰還を数日前に知り、中止になった学園祭を、急遽開催することになったことを。


 生徒会であるラインハルトやエリザベスさんが尽力して、全生徒や学園長を説得したことを。


 緊急開催ということもあって、今後の学園生活のスケジュールにも多少の無理はかかる。

 だが全生徒と教師が、満場一致で賛成してくれたという。


「だからマリアは心を痛める心配はない。これは私たちが望んだ、今年の学園祭の形なのだ」


 私に気づかいながら、ジーク様は事情を説明してくれた。


「そんな……皆さま……」


 ジーク様の説明を聞きながら、私は皆の顔を見る。

 自分も何か言葉を発しないと。お礼の言葉を伝えないと。


 でも、こみ上げてきた涙で、胸が熱くなり、上手く感謝の言葉を口に出来なかった。


「マリアお嬢様、こちらをどうぞ」


 そっとハンカチが差し出されてくる。

 涙を拭こうとしていた最高のタイミングで、誰かがサポートしてくれたのだ。


「ハンス⁉ あなたご無事で⁉」


 ハンカチをくれたのは、若執事ハンスであった。

 全身に大けがを負っていたはずなのに、それを感じさせないような、いつもの完璧な執事の姿だ。


「はい、この通り。これもお嬢様の貸してくれた、あの“護符の枝”のおかげです。私がこうして生きているのも……」


 ハンスは少しだけ語ってくれた。

 バルマンの街から学園都市までの、山越えの苦難の道を。

 三日三晩、不眠不休で妖魔の群れの中を、駆け抜けてきた悲痛な物語を。


 そんな中、ハンスが絶体絶命の窮地に陥ったその時。

 私が渡した“木の枝くん”が、彼の“生きる道”を示し、命を救ってくれたのだという。


「そんなハンス……でも、無事で本当によかった……」


 何の変哲もない木の枝に、そんな力はない。

 ハンスは信じ切っているけども、偶然の積み重ねであろう。


 でも、そんな偶然であっても、ハンスの命が無事でよかった。

 幼い時から付き合いである執事ハンスの無事に、拭いたはずの涙がまた出てしまう。


「マリアンヌ様、泣いている場合ではございませんわ」


 タイミングを見計らって、ヒドリーナさんが歩み寄ってくる。

 その手に一着の女性服を持っていた。


「ヒドリーナ様……それは、もしかして私の……?」


 彼女が持っていたのはメイド服であった。

 私が苦心してデザインして、オーダーメイドで作ってもらった思い出の制服。


「はい、こちらはマリアンヌ様の専用服ですわ。今日は当店の総括として、ご指導よろしくお願いいたしますわ!」


 私の言葉に、ヒドリーナさんは微笑みで答える。

 そしてその後ろにいたクラスのみんなも、メイドスマイルを浮べてきた。


「皆さま、ありがとうございます……。ふう……それでは、参りますか。私の指導は少々厳しいですわよ!」


 涙を拭きとり、私は衣装を受け取る。

 時間は少し過ぎたけど、学園祭はこれからが本番だ。


 せっかくみんなが無理を承知で、延期してくれたこの機会。

 最後まで絶対に後悔したくない。


 よし。ファルマの学園の史上初のメイドカフェ。

 オープニング・セレモニーと行こうよ、みんな!


「じゃあ、オレ様たちが一番客でいこうぜ、ジーク」


「ああ、そうだな。ちょうど、あっちからエリザベスも来たからも、相手を頼むぞ、ライン」


 私たちはメイドカフェ化した、自分たちの教室に向かう。

 ラインハルトとジーク様もそれに加わり、賑やかで華やかな一行になる。


 あとエリザベスさんも、ラインハルトの名を叫びながら、向こうから駆け寄ってきた。


 今日はこれから本当に、賑やかな一日になりそうな予感がする。


 ――――そして本当に楽しい、思い出の最高の学園祭になるだろう。


 ◇


 こうして数週間遅れで、ファルマの学園祭は開催された。


 大幅なスケジュール変更で、教員生徒の負担は小さくない。


 だが不平不満を漏らす者は、誰ひとりいなかった。


 何故なら彼らは知っていた。

 マリアンヌ=バルマンが入学式以降、この学園で不器用ながらも、懸命に励んでいたことを。


 そして彼らを聞いていた。

 バルマンの街を救うために、勇気を振り絞りペガサスを駆け、勇ましい姿で輝いていたマリアンヌ=バルマンの逸話を。


 誰も口にしていないが、心の奥で感じていた。

 滅びの運命にある、この大陸を救う救世主メシア

 〝伝説の乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダー”が、もしかしたらマリアンヌ=バルマンではないかと。


 ◇


「もう私は一人ぼっちじゃないんだよね、きっと」


 メイドカフェを大成功に終えて、マリアンヌは幸せそうな笑みでそう呟いた。


 ――――だが、この時のマリアンヌは知らなかった。


 この後の後夜祭で、周りをドン引きさせてしまう事件を、自分がまた起こすことを。


 それによって学園生徒たちからまた一目置かれて、ぼっち街道に進んで行くことを。


「よし、これで私の死亡フラグも一人ぼっち街道も、おさらばね!」


 こうしてマリアンヌ=バルマンの学生生活は、本格的にメインイベントに突入していくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

99%断罪確定の悪役令嬢に転生したので、美男騎士だらけの学園でボッチ令嬢を目指します ハーーナ殿下 @haanadenka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ