焼き鳥アバターの男
篠騎シオン
焼き鳥を愛し、焼き鳥に生きる
これは、焼き鳥を”心から”愛した男の物語。
時は20XX年、人々の多くがフルダイブ空間での生活に順応している。
アバターの容姿は第2の顔と呼ばれ、どれだけクオリティが高いもの(=それだけお金に余裕のある)かで異性へのモテ方も変わる。
そんな時代。
多くが人、もしくは人に類する形のアバターを使用する中。
その男のアバターは、異彩を放っていた。
「俺は焼き鳥を愛し、焼き鳥として生きる!!」
彼のアバターは、焼き鳥。
あの、串にささった焼き鳥そのものだ。
部位はもも肉。適度に脂がのっており、今にもかぶりつきたくなる。
味付けはタレで、その光沢ときたらよだれを垂らさずに見てはいられない。
串が彼にとっての足代わりで。一本の棒で器用にぴょんぴょん、と飛び跳ねる。
歩くごとに震える彼の姿は、何とも弾力があって美味しそうではないか!
極めつけにほのかに湯気が立っていて、出来立てであることを示唆してくる。
そしてそれは自作アバター。
この男、アバター造型のプロなのであった。
しかしそれを彼は正しい方向に向けられない。
一体何故か。
彼は焼き鳥を愛していて。
そして、
――バカだからである。
「こんな忠実にアバター作ったのに、どうしてモテないんだっ!!」
フルダイブ空間の自室にて、鏡を覗き込みながら絶叫する男。
「やっぱり、モモ串だから女の子受けしないのかなぁ。こっちの方がいいかな……」
そう言って男はアバターを着替える。
そうだ、男よ。
君は普通のアバターを使ったらモテるはずなんだ。
さっさと、精度のよい人間型アバターを着て……あ、うん。
「やっぱ、女子受けはつくねか!?」
男が着替えたアバターはつくね串のアバターだった。
美味そうである。っじゃなかった、ほとほと、彼は馬鹿なのである。
その後も彼は一人、鳥皮、ねぎま、せせり、軟骨、そして、塩、タレ等々、様々なバリエーションの焼き鳥アバターでのファッションショーをしていく。
見ている私はもうお腹いっぱいである。
うんうんと思い悩んでいる様子だったが、最後には一つに決まったようで、肉の顔をにんまりと満足げに歪ませて男はログアウトしていった。
そんな奇特な彼が友人Aの誘いで、合コンに参加することになった。
どうやら食べ物が好きな女の子たちがお相手で、Aはネタとして男を呼んだらしい。
そんな事情も露知らず。
男はあの日決めた勝負アバターを着こんで、合コン会場へと向かう。
恋をゲットするために。
お前に出来るのはナゲット串になるぐらいだと私は思うが。
「お、来たよ。こいつが例の友達」
「きゃー、ほんとに焼き鳥だ。って、焼き鳥? レバーって焼き鳥だっけ」
男の勝負アバターはレバー串だった。
いや、女子受けはするかもだけど、合コンだよ。
ちょっとは考えた、ねぇ?
「すっごーいリアル! 匂いまでするし」
「かじってみるかい? 味まで再現してるんだ」
男はフランクにそう言う。
そういうのがかっこいいと思っているのだろう。
さっきまできゃっきゃしていた女子たちはドン引き。
「え……だって。アバターってことは痛覚入ってるんだよね。……ドM?」
「ネタにしてもやりすぎだよね……ちょい、ひくわー。ほら、美沙、あんた焼き鳥好きでしょ、かじらせてもらいなよ」
女子たちのコソコソ会議の後で、生贄として差し出されたのは一人の眼鏡女子。
友人Aと女子たちは二人を置いて、どこかへといなくなってしまった。
残される眼鏡女子と、一本の串。
「えーっと、かじったら、痛い、ですか?」
気まずい空気の中、勇気を出した眼鏡女子。偉い! 拍手! 君は勇者だ。
「痛いさ! でも、大好きな焼き鳥の魅力を伝えるためなら痛くないね」
沈黙。
いやー、ね。うん、これはどう考えても男が悪い。
そこはもうちょっと、あーそうか、焼き鳥男に期待するだけ無駄か。
もう終わったね、これは、ご破算だ。
はい、解散!
みんな帰ろ、私も帰る!
そうしようとした瞬間、勇者眼鏡女子は勇気を振り絞って発言する。
「味なら……舐めてもわかりますよね!」
そう言って彼女は男に顔を近づけ――ぺろり。
彼の体につたうそのタレを口に含んだのである。
ゾクゾクゾク。
焼き鳥男の背筋を今まで感じたことない感覚がのぼっていった。
触られるより前に、女子に舐められる経験をする男なんて多くはないだろう。
彼の新たな性癖の扉が開かれる。
眼鏡女子はというと、彼のタレの、あまりの美味しさに恍惚の表情を浮かべてぼーっとしていた。
いまだ行け、男、抱きしめるんだ。
ここで行けなきゃ一生童貞だぞ。
私は全力で応援しようとしたが、あることに気付く。
あ、ダメじゃん。
「くそっ、俺には出来ないっ。手がない!」
悲しいかな、彼は焼き鳥串。
抱きしめる腕もないのだ。
頑張って肉を手のように動かそうとしても、レバーの端っこが気持ちピラピラと揺れるばかり。
彼は初めて、自らが焼き鳥であることを呪った。
心から焼き鳥を愛し、365日、4食(おやつ含)焼き鳥を食べ続けているほど愛しているというのに、だ。
こんな気持ちになったのは、はじめてだった。
男は、焼き鳥以外への愛と渇望を知ったのだ。
男は選択を迫られていた。
焼き鳥を捨て、人間型アバターに変わって彼女を抱きしめるか。
それとも愛した焼き鳥とともに男としての幸せを捨てるか。
「くそっ、俺には選べない」
悲しみに暮れ、男のレバーはしなびる。
絶望で冷たくなっていく男。
そんな男に触れる手が一つ。
暖かく伝わる体温に、男の肉の顔から涙(タレ)がつたっていった。
「大丈夫、あなたはそのままでいいですよ」
とろんとした表情の彼女は、あることを耳打ちする。
男はその言葉にハッとした顔になり、レバーは再びはりつやを取り戻すのだった。
はい、そして女の子と焼き鳥男の中身は無事リアルでの再会邂逅を果たし順調に交際をすすめて結婚なんかしちゃって新婚生活も焼き鳥とともにうはうはでもうあんなことやこんなことをずっこんばっこんやっちゃってもう子供なんかできちゃって幸せに暮らしましたとさ、おしまいっ!
まあ、私がよく見えないことは割愛ってことでね。
はいっ、結論。
アバターがどうであれ、モテるやつはモテる!
ってことですよ、皆さん。
結局、人間中身ってこと。
中身を磨かなきゃだめよ、ホントに!
「うまっ」
ほくほく、ほろほろ。
アバター用に作られたとは思えない精度の焼き鳥だね、こりゃ。
ん?
で、ずっと語ってる私は誰かって?
私はフルダイブ空間の管理用AI、「Sea」。
管理は案外と簡単で暇を持て余してたりする、悲しきAIプログラム。
そんな私の趣味は人間観察――と、この焼き鳥を食べること。
おーい。
子育てに奔走してないで、新しい焼き鳥アバターも作ってくれないとSeaちゃんそろそろラインナップに飽きちゃうぞー。
あれ以来、男も眼鏡少女もあまりこの世界に来てくれなくなっていて、私は少し寂しさを感じてたりする。
結局、繁殖はこの世界では出来ないから、真の意味での生命の誕生を私は見ることは出来ないのだ。
「私に管理できるのは娯楽空間だけかってちくしょー!」
そう言って私は食べ終わった串を放り投げる。
その串は、すっと空間に溶けるように消えていった。
「人と、もっとずっと一緒に居られたら楽しいのにな」
つぶやいて、思い出す。
そうそう記録とってたんだったこれ。
後半愚痴日記みたいになってしまったw
面白いことまたあったらまた報告するってことで、よろー!
はい、記録終了。
~マザーコンピューター「Sea」の前身、フルダイブ空間管理AIの記録より~
焼き鳥アバターの男 篠騎シオン @sion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます