食べて欲しいの
九十九
食べて欲しいの
一般的に人間は、名前を付けて可愛がっている愛玩動物をむやみやたらに食べないのではないかと、少女は一つ溜め息を溢した。
少女が溜め息を溢している間も、愛玩動物たる彼は、嬉しそうに己の羽を差し出してくるので、少女はもう一度大きく溜め息を吐いた。
夕立が降りしきる中、少女が拾った彼は、鳥人だった。
人間に似た体躯に鳥の羽と鳥の頭蓋のような形状の頭を持った彼は、酷く傷ついた様子で裏路地に転がっていた。
傘を差し出した少女がそっと手を差し伸べると、一も二も無く彼は少女の手を引っ掴み身体を寄せて来たので、それでなんだか妙な愛着が湧いてしまって、少女は彼を家へと引き摺り帰った。
それから彼は少女の献身的な介抱によって見る見るうちに元気になり、同時に日を追うごとに彼は少女へと懐いた。
少女も日を追うごとにどんどんと自分にべったりになる鳥人を可愛く思って、くっ付いて来る鳥人をそのままにしたり、羽の中に閉じ込めようとするのを好きなようにさせたり、とある程度、彼のやりたいようにさせていた。
それからは早いもので、彼を家に引き摺って帰って来てから一年が経った頃、事は起こった。鳥人の彼が少女に愛玩動物にしてくれと懇願して来たのだ。
当初、少女は面食らった。
鳥人と人間は種族は違えど同じ人である。確かに、まるで愛玩動物にするように彼に接してきた感は否めないし、実際まるで野生の動物みたいに彼は少女の家で一年にわたり少女に好き勝手懐いてはいたが、彼は同じ人なのである。
同じ人を愛玩動物にする趣味を少女は持ち合わせていなかった少女はどうしたものかと首を捻った。
結局、それから数か月もしない内に少女は押しに負けた。
一時期は彼のためを思って離れる事すら選択に入れた少女だったが、彼が泣いて縋って駄々を捏ねに捏ねまくったので、少女の方が折れたのだ。
折れてはいけない所で折れた気もするが、彼自身が酷く満足そうなので、少女はもうそれで良いかなと考えている。
そうして、彼が少女の愛玩動物になってから更に数か月、彼を拾ってから二年、その節目でまた事が起こった。
少女が偶々食べたくなった焼き鳥を買って来た時の事だ。ソファの足元に座っていた彼が恥ずかしそうに、だが熱心に己の羽を差し出して来たのである。
少女は彼の行動の意味が分からずに唯々首を傾げた。次いで、焼き鳥が食べたいのかと思って、食べかけではあったが、焼き鳥を差し出した。彼は鳥では無く鳥人で、ついでに言うと猛禽類側だったし、今まで鶏肉料理も嬉々として食べていたので、忌避感は無いだろうとの判断だった。
鳥人の彼は嬉々として食べかけの焼き鳥を一口口にすると、もう一度己の羽を差し出した。
少女は益々首を傾げた。焼き鳥を食べたかったわけではないらしい。暫く、首を傾げていた少女は、彼の行動に対してそう言えば既視感があると思い出した。
果たして既視感の正体とはなんだろうと暫く考える少女は、やがて既視感の正体に突き当たった。そう言えば、少女が鶏肉料理を食べている際によく似たような行動をしているのだ。
恥ずかし気に羽を差し出した先、何時も最終地点は少女の口元だった。羽先が口元に触れると嬉しそうな悦に浸ったような顔をしていた。
少女はじっと彼を見詰めた。彼はついに気が付いてくれたのか、と嬉しそうに羽を差し出してくる。
少女は嫌な予感をひしひしと感じながら、最もこの行為が熱烈だった時の事を思い出す。
それは少女が手羽先を食べていた時の事だった。がつがつと口に含む少女に、彼は何度も羽で少女の口元を突いていた。ついでに今手元にある焼き鳥も見つめる。手羽中だった。
少女は顔の前で、両手を使って大きくばってんを描いた。少女は腕で作ったばってんに最大の拒否を乗せた。幾ら鳥人の羽が再生するからと言って、ついでに食肉が鳥人の中では普通の事であったとしても、少女は食べる気は無かったのだ。
ちらり、と腕の隙間から鳥人の彼を見やると、彼はショックを受けていた。それはもう、凄い勢いでショックを受けていた。
彼はショックを受けたまま暫くの間固まっていた。なんでどうして、と声なき声が聞こえてきたが、少女は一旦その声を無視する事にした。
暫くの沈黙の後、少女はそっとばってんを描いた手を降ろして、差し出された彼の羽を優しく触った。あんまりにも彼が固まったままだったので心配になったのだ。
やわやわと優しく羽を触っていると、そこで正気を取り戻したらしい鳥人が凄まじい速さで少女の腰へと抱き着いた。少女は衝撃に小さく呻くと、ひしり、と抱き着く彼の頭を撫でた。
彼は少女を見上げて、なんでどうして食べてくれないのか、と必死に訴える。そうして食べてくれなきゃ嫌だ、と言うように腰に何度も頭を擦り付けた。手も足も使ってひっついて来るので少女はその場から少しも動けなくなった。
少女がやんわりと食べない旨を伝えると、彼は遂にはすんすんと鼻を鳴らして泣き出した。それから少女が何を言っても首を横に振るだけになった。その傍ら、羽を熱心に少女の口元に持って行くのは忘れない。
少女は再び既視感を感じていた。愛玩動物になりたいと彼が言った時にも同じようなやりとりをした覚えがあった。どれだけ宥めすかしても、説いても、お願いしても、頑として譲らなかった一年前の彼の姿が脳裏に過る。
少女は下を向いて彼を見詰める。これは無理だ梃子でも動かない、と直感も経験も言っていた。
少女は仕方ないので、考えておく、と彼に言った。その言葉を聞き付けた彼は、泣くのを止めて、ソファに座る少女に思いっきり抱き着く。
彼は頻繁に羽を差し出すようになった。鶏肉を食べていなくとも、熱心に差し出される羽に、少女は溜め息を吐く。
結局自分は折れてしまうのだろうな、と嬉しそうに羽を差し出す彼を見て少女は思う。
だって少女は可愛いのだ、この自ら愛玩動物になった鳥人が。
食べて欲しいの 九十九 @chimaira
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