エピローグ 夜明け
エピローグ「おはようございます、リュール様」
リュールは眼前の人影を殴りつけた。拳を当てた頬は文字通り砕け、首があらぬ方向へと曲がった。それなりに良い体格をしていたそれは、木の葉のように宙を舞った。
「ふう」
力を入れすぎたのか、かなりの距離を吹き飛んでいった。地面に全身を擦り付けながら停止するのを見届け、リュールは一息ついた。
黒い鎧に黒い外套、その姿は闇に溶け込むようだった。唯一、緋色の巨大な鞘だけが、月明かりを反射していた。
あの戦いから約半年が経った。
彼らの作り出した魔獣は、数こそ減ったものの未だ人を襲い続けている。リュールはゼイラス騎士団の一員として、それらを狩る旅をしていた。
人殺しの自分が、人を守る戦いをしているなど、何度考えても苦笑してしまう。ただ、そんなに悪い気はしなかった。
「終わったよ、ブレイダ」
鞘に収まった大剣に向け声をかけるも、あの元気な返事を聞くことはない。リュールの愛剣は折れたままだった。
それでもリュールは彼女が戻ってくると確信していた。その証拠に、自身は今でも人に在らざる力を持っている。主人が魔人ならば、愛用の武器は魔剣であるはずだ。
互いの剣が折れた後は、泥仕合のような殴り合いだった。拳に潰された鼻も、蹴り砕かれた顎も瞬時に治る。体力も無尽蔵なのだから、ただ意地を張り合っているだけだった。
ふた晩ほど経過した頃、どちらともなく背中を向けた。彼は吐き捨てるように「魔獣はもう作らねぇ、だが決着はつける」と告げ去っていった。
魔獣は様々な生き物が材料になっている。共通点は、人への恨み。
どこで何を魔獣化したのかは、ある程度把握できていた。レミルナに敗れたトモルからの情報だ。彼は彼で、真剣に人を恨んでいたらしい。その詳細を、リュールは聞かされていない。聞くつもりもなかった。
そんな彼は今では立派な騎士団の協力者だ。マリムの口車に乗ったのか、レミルナが恐ろしいのか。リュール達の戦いを見て、何か感じたのかもしれない。そんなことを、レピアとソドと名乗った黒い片手剣が言っていた。
ソドの主はレミルナとは傭兵団での知り合いだった。戦後の混乱で人を愛せなくなってしまい絶望し、ルヴィエの誘いに乗ったそうだ。
マリムを愛するレミルナとは真っ向から対立し、戦うことになってしまう。ほぼ相討ちになったところで、辛うじて急所を外れたレミルナだけが生き残った。
ソドは主人を失ったことで朽ちていくはずだった。しかし、レミルナはそれを許さなかった。ちらりと聞いたソドの言葉では「あいつの想いは白とか黒とかを無視する恐ろしさがある」だそうだ。
騎士団は事の顛末を王に報告するため、王都に向かった。同行を拒否したリュールには、その代わりとして任務が与えられた。魔獣の生き残りを狩ることと、逃亡した黒い魔人の捜索だ。
マリムの打算と配慮を思い出し、リュールは後頭部を掻きむしった。あいつは早くレミルナに応えてしまえばいいのだ。
折れた大剣を持ち、顔に傷のある男はさすがに目立つ。立ち寄る先々ではいくつかの情報が手に入った。そのどれもが、魔獣を退治したというようなものだった。
彼の意図は不明だが、リュールとしてはあまり悪い気分にはならない。ただし、犯罪者は犯罪者だ。捕まえて真実を話させる必要がある。
リュールは空を見上げた。夜明けまでにはまだ時間があるため、少しだけ睡眠をとっておこう。今夜はそんなに冷えていないから、焚き火も必要ないだろう。
木の根元に腰を下ろし、外套を身体に巻き付けた。お守り代わりの鞘を胸に抱き、リュールは目を閉じた。
どれくらい眠っただろうか。日は随分と高くなっており、小鳥の鳴き声が聞こえる。
「朝か……」
「あ、おはようございます、リュール様」
リュールの胸の中で、銀髪の少女が微笑んだ。
【愛用の大剣が銀髪美少女になった元傭兵は魔獣を狩る】 完
愛用の大剣が銀髪美少女になった元傭兵は魔獣を狩る 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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