今日も焼き鳥

烏川 ハル

今日も焼き鳥

   

 転生者の例に漏れず、この世界において、僕は冒険者として暮らしている。

 野生動物よりも危険なモンスターを相手に、切った張ったの毎日だが……。

 きちんと加入料を支払って、冒険者組合のお世話になれば、命の心配をする必要はなかった。それぞれ冒険者のレベルに応じて、仕事を斡旋してくれるし、モンスターの狩場も紹介してくれるからだ。

 厳密な話をするならば、それでも毎年、何人かの冒険者が命を落とすらしい。ただし交通事故程度の確率であり、あまり気にし過ぎないように、と言われている。

 それこそ車に轢かれて転生してきた者もいるから、そうした連中は『交通事故』という言葉を聞くだけで震え上がるそうだが、僕は病死経由なので、あまりピンと来なかった。


 そんなわけで。

 今日も僕は、街の近くにある洞窟ダンジョンへ、モンスター・ハンティングへ向かう。

 僕のような初心者のために、冒険者組合が用意してくれているダンジョンだ。この世界に来てそろそろ一年経つので、いつまでも初心者づらは少し恥ずかしいけれど、これが分相応なのだから仕方がない。

 左手に松明、右手にショートソードを持って、洞窟を進んでいく。いくつかの分岐はあるものの、地図なんて見る必要がないくらい、完全に頭に入っていた。この一年間、毎日のように訪れているダンジョンなのだ。


「やあ、また会ったね」

「うん。どうだい、今日の調子は?」

 途中で何度も、顔見知りの冒険者たちとすれ違う。ただし顔見知りといっても、名前までは知らない他人だった。

 こういう時、僕は、元の世界で趣味だった魚釣りを思い出す。釣り場では、見ず知らずの他人にも、気軽に「釣れますか?」と声をかけるのが普通だったからだ。

「今日もダメだよ。一匹も見かけない……」

「ああ、こっちも同じさ」

 そんな言葉を交わして、また一人で歩き始める。


 釣りで例えるならば、この洞窟は管理釣り場だ。冒険者組合の管理下にあり、低級モンスターの『小焼き鳥リトル・ファイヤー・バード』が放し飼いになっているという。

 モンスターなので普通に狩ってしまって経験値のかてにしても良いのだが、捕獲して冒険者組合に持っていけば、結構な値段で買い取ってもらえるらしい。

 残念ながら「という」「らしい」という言い方しか出来ないのは、まだ一匹も実物を目にしていないからだ。いや正確には、一度だけ視界の片隅を横切ったような気もするのだが、すぐに逃げられてしまった。

 管理釣り場で例えるならば、スレた魚ばかりというスポット。だから……。


 朝から夕方まで、洞窟の中を歩き回って、今日も成果はゼロだった。釣り用語ならば『ボウズ』と呼ばれる状態だ。

 ただし、ここは異世界。別の言葉が用いられる。

 冒険者組合まで戻り、受付窓口で、本日の報告をすると……。

「『焼き鳥』ですね。では、50ゴールドになります」

 討伐ゼロなので当然報酬はもらえず、それどころか逆に、洞窟使用料を要求される。管理釣り場と考えて、僕は普通に受け入れていたが……。

 使用料というより、これは罰符なのだという。『焼き鳥』という言葉の由来も、『小焼き鳥リトル・ファイヤー・バード』を放流していることとは関係なく、麻雀用語。冒険者組合のお偉いさんに、麻雀好きだった――ギャンブルで命を縮めた――転生者が含まれており、彼が『焼き鳥』というシステムを導入したそうだ。




(「今日も焼き鳥」完)

   

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