五条さんは二人でつまみを分け合いたい

水涸 木犀

Ⅵ 五条さんは二人でつまみを分け合いたい [theme6:焼き鳥が登場する物語]

「あと、残り何人でしたっけ?」

 VRゴーグルをはめなおしながら、わたしは背後に立っている弥生やよいに問いかけた。

「隠しキャラも含めてあと二人ですね。もう隠しキャラも攻略可能ですが、順番通りに行くのであれば先に同期キャラの五条ごじょうさんを攻略するのがおすすめです」


 開発チームの一人である弥生は、口頭で答えてから自席に戻ったようだ。左上の開発者ウィンドウに、続きのチャットが流れる。

『五条さんは、一ノ瀬いちのせ部長ルートの途中から分岐します。このゲームを4周した宇賀さんであれば、おそらくどこで分岐するかはわかると思いますよ』

「了解」

 弥生に返答してから、わたしは目の前に映るVRのオフィスへと意識を向ける。


 「オフィスでの出会いは突然に」は、わが社が開発中の乙女ゲームだ。ゲームの特質を知るべく、完成前のソフトにわたしと経営管理部の伍代ごだいがログインを試みた。しかし、プレイヤーモードで入ったわたしと違い、開発者モードで入った伍代はシステムのバグでログアウトできなくなってしまう。彼が安全にゲームから退出するには、わたしがゲームをクリアする――つまり、攻略対象キャラからの告白イベントを成功させる――必要がある。


 ここまで、4人のキャラクターの告白イベントを見てきたが、未だ伍代のログアウトには成功していない。残る2人を攻略したら全員クリアした旨の特殊エンディングが流れるらしいので、そこでようやく退出ができるものと、わたしは睨んでいる。というよりもそう思ってプレイしないとやっていられない。


「とはいえ、ここまで来たら最後まできっちり攻略しますよ」

 誰にともなく呟いて、わたしはずんずんとオフィスの中で歩を進めた。


   〇 〇 〇


 次の攻略キャラに定めた五条さんは、サツキと名付けた主人公の同期だ。部署は違うが入社以来、仕事の愚痴を言いあったり互いに相談に乗ったりと、協力してきた仲という設定がある。ゆえにオフィス内で一緒に仕事をするシーンより、オフィス外――帰宅中や忘年会など――での接点が多い。

 一ノ瀬部長ルートからの分岐があるという弥生の言葉を信じて、外出イベントが付随していた「飲み会」まで話を進める。


『ビールを注文しますか?

 ①ジョッキで頼む ②グラスで頼む ③頼まない』

「出た、この分岐……」


 以前①を選んだところ、かなり酔ってしまい一ノ瀬部長に介抱される流れになった。恐らくルート分岐はここだろう。②と③で悩むが、飲み会に来ている以上何も飲まないのもノリが悪いかと思い、②を選ぶ。


 いい具合に身体が暖まった主人公サツキは、職場の皆に別れを告げて帰路につこうとした。と、一人になったところで肩を叩かれる。振り返ると、五条さんが主人公サツキの右肩に手を置き立っていた。


『サツキさん、この後時間ある? もし大丈夫なら、駅前で同期会しない? っていってもメンバーは俺とサツキさんだけだけど』

『帰るつもりだったけれど、どうしようか……

 ①五条と飲みに行く ②駅前で別れる ③ついていかない』


 なるほどね、と頷きながら①を選択する。うっかり望まない形で五条ルートに入ってしまった人以外、②と③を選ぶことは無いだろう。②を選ぶとどうなるのか、少し気になりはするが。


『うん、じゃあ二次会に行こうか』

 主人公サツキがそういうと、五条はぱあっと笑顔になった。

『そうこなくっちゃ! 上司の前ではできない話とかもあるし。駅ナカにいいお店があるんだ』

 軽い足取りで駅へと向かう五条の後を、主人公サツキもゆっくりとついていった。


 五条が主人公サツキを連れていったのは、駅の敷地内――ただし改札外――にテナントとして入居している焼き鳥屋さんだった。赤地に黒の墨文字で「焼き鳥」と書いてあるあたりいかにもな屋台風のお店だが、サラリーマンや買い物客が行きかう立地上ゆえか、小綺麗な印象を受ける。

『ここ、外回りの途中で見つけたんだけどさ。一人飲みに来ている女性もいるくらい入りやすい雰囲気があって。味もけっこういけるんだよ』

 五条はそういって、主人公サツキと共にテーブル席へ座る。


 ――今回は、カウンター席じゃないんだな――

 食事イベントがあった二岡ルートと比べつつ、そんな感想を抱いた。しかし焼き鳥を焼いているのはテーブル席からも見て取れる。なかなかに食欲をそそる、肉を焼く音が響く。

「これは……やはり空腹時にプレイしたくないゲームだな」

 わたしの背後で伍代が呻く。この場面を見て、食欲が刺激されない人はいないだろう。


 周囲の環境に意識を向けていると、向かいに座る五条がメニュー表を差し出してきているのに気づいた。

『サツキさん、何頼む?

 ①おすすめ盛り合わせ ②単品の串を2~3本 ③食べ物は頼まない』

「ここまできて、さすがに③はないでしょう……」


 思わず口に出してから、攻略中だったと反省する。ともあれ①か②を選ぶところだが、両者の違いを考える。

 ①は「盛り合わせ」の量にもよるが、二人で分ける可能性がある。他方②は各々で注文するイメージがある。わたしの個人的な好みとしては②だ。友人と飲みに行くときは、好きなものをめいめいがすきなだけ注文するスタイルをとりがちである。しかしここはあえて、①を選んでみる。


『お、おすすめ盛り合わせ! いいね。たしか6~7本入ってるから、二人で分けようか。けっこう飲み会でも食べ物出てたし、あんまりお腹すいてないよね』

 案の定、盛り合わせを二人で分けることになったらしい。そしてこれが正解択だったようで、五条の身体がピンク色に光る。好感度アップのしるしだ。彼は笑顔で注文を伝え、メニュー表を机の横に戻した。ほどなくして、様々な種類の焼き鳥が載った皿が運ばれてくる。


『お、来た来た。えーっと、ねぎまが2種類と軟骨、皮と砂肝……おっ、ハツもある。ハツは俺が食べてもいい?』

『いいよ』

「しょっぱなからハツに行くのか……なかなか通だな」

 選択肢が出なかったので普通に返してから、ハツってどの部位だったっけと考える。とはいえ後ろでいちいち突っ込みを入れている伍代に尋ねるのも癪なので、話が進むのを待つ。


『こういう風にさ、ランダムに来るメニューを二人で分け合うのって、好きなんだよね』

 手にしたハツの串を口元へ運びながら、五条は言葉を続ける。

『特定の種類をそれぞれで頼むのもいいけど、それでマイナーなのばかり頼んでると、通ぶってるって思われる気がしてさ。結局無難なのを頼んで済ませたりするんだよね。でも、お店のおすすめだったら、その中から互いに好きなものを選んで食べられるから、後悔しないっていうか。一緒に食べる相手の好みもわかるから、一石二鳥ってところかな』


 話も弾むしね、と笑顔を見せる五条に、わたしはそんな考え方もあるのか、と意外に思う。

『わたしは、気にならないよ? 個別でマニアックな串を選んでも。そもそも、盛り合わせから好きなものを選ぶ時点で、めいめいに好きな串を選ぶのとあまり変わらなくない?』

 思わずそういうと、五条は気まずそうな表情に変わった。

『やっぱり、ハツ好きなのってマニアックかな?』


 それを気にしていたのか、と納得しつつ、わたしは言葉を続ける。

『いや? 食べ物の好き嫌いに、マニアックとかはないんじゃない? 日本人が一般的に食べないもの……虫とかが好きっていわれたら、さすがにちょっとびっくりするけど。焼き鳥の種類くらいなら、むしろ好きになった経緯が気になる』

 なぜハツが好きなのか気になって答えを促すと、五条は小さく頷き、食べ終えた串を皿に戻した。


『もともとはあんまり冒険しないたちで、モモとかねぎまとかばっかり食べてたんだけど。特にハツって鳥の心臓だから、ちょっと臓器を食べるのは抵抗感があった。でも福岡出身の友人に、“ウマい焼き鳥屋はハツがうまい”って言われて、彼にお勧めされた店で食べてみたんだ。そしたらコクがあって、すごい美味しくて。それ以来、焼き鳥屋さんに行ったら真っ先にハツを食べるようにしているんだ』

『なるほど……』


 思ったよりちゃんとした理由が出てきて、主人公サツキは相槌を打つことしかできない。

「“マグロが美味しい寿司屋は美味い”的な理論か。橋元さん、これは事実なのか?」

『一応、福岡出身のうちの上司が監修しています。上司いわく、ですね』

「なるほどな」

 伍代と弥生のやり取りを聞き流しつつ、わたしはゲームへと意識を戻す。


『じゃあ、ここのハツは美味しい?』

 主人公サツキの問いかけに、五条は笑顔で頷く。

『ああ、美味しいよ。もし気になるようだったら、サツキさんも頼む?』

『うん。単品で注文しようかな。でもその理論でいったら、他のも美味しいってことだよね。他のも食べてお腹に余裕があったら、頼むことにするよ』

『次の機会、に取っておいてもいいかもしれないな』

『確かに』


 主人公サツキと五条は笑いあう。「次」また会う約束を取り付けて、二人は焼き鳥を楽しんだ。

 ――今日の夕飯、焼き鳥買って帰ろう――

 再びの飯テロに胃を大いに刺激されながら、わたしは買い物に行きたくなる衝動を必死で抑えつつ、場面転換が入るのを待つのだった。

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五条さんは二人でつまみを分け合いたい 水涸 木犀 @yuno_05

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