判決の日

 地球に生きる者たち、皆が一緒になって太陽が昇る時を待ち構えるなんて事が今までにあっただろうか。

 もしかしたら昔はそれが普通の事だったのかもしれない。昇ってくる太陽に感謝を捧げ、新しい一日をスタートさせる。

 でも、今を生きる殆どの現代人にとって、日の出は特別な物ではなくなってしまっている。一年の始まりである初日の出を拝む習慣が辛うじて残っている位か。


 もう丸三日間太陽は昇っていない。雲に隠れているのではなくて昇っていないのだ。人々は真っ暗な世界で暮らしている。

 果たして今日は太陽が昇ってくれるのか。そして西の空に白い虹は架かるのか。


 ジーペン国は世界の中で一番早く日の出を迎える国だ。

 まだ外は真っ暗だ。深い霧に包まれていて、張り付いた星さえも見る事が出来ない。

 日の出時刻にはまだ早い。

 レオンはクラスメイトに呼びかけて、昨日のうちに十名で別の地に移動していた。そしてジーペン国の中でも最も早く日の出を拝める海岸沿いの小高い丘の上に集まっていた。

 まだ暗いのに少しずつ人が外に出始めている。


 世界には約一日の時差がある。

 判決の日の今日、日の出時刻に日が昇るか、西の空に虹が架かるかを、それぞれの国の代表者が報告を入れるサイトを作っておいた。レオンは一番初めにそこに報告を入れるのだ。

 絶対にいい報告を入れてみせる。

 スマホを握りしめながら、ずっと落ち着かない様子だ。



 東の方がうっすらと白み始めた。

 姿を現す前に、これほど強くその場の空気を変えてしまう物体が他にあるだろうか。

 いつの間にか東の空は霧が晴れている。

 きっと昇る。きっと今日は太陽が昇ってくれる。


 刻々と薄れていく暗闇。別の種類の暖かな色が現れ、空を淡く染める。その色は少しずつ注がれていき、染め物の色がだんだんと濃さを増していく。

 何て美しく変わりゆく色。

 近い。太陽はすぐそこまで来ている。

 昇りそうで昇らない。

 昇ってくる瞬間を、何度か見間違えそうになる。違う違う。まだ昇っていない。


 こい! こい!

 ちゃんと昇ってくれ!

 お願いだから。

 お願いですから、昇って下さい!

 祈りを込める。


 紛らわしいなどという事のない一点の光。唯一の絶対的な存在が空と海の境に現れた。

 この上なく神々しい光が束となっていく。


「きたー!!」

 歓声が上がる。

 光の束は少しずつ形を表しながら見る見る上昇し、炎のように揺らめき、海を染め、完全な円となって海から抜け出した。どんな比喩も付けられない、これこそが太陽!


 涙が流れた。

「ありがとう」

 レオンは知らず知らずのうちに手を合わせていた。

 ふと我に返り周りを見ると、人々の顔が朝日に照らされて暖かな色に染まっている。

 鳥たちは喜びの歌を歌い、キラキラキラキラ、辺り一面の雑草の先っぽにくっついているまん丸い朝露が色んな色に輝いている。いつもは空にいる星たちが、地上にたくさん落っこちてきたみたいだ。なんて美しい光景なんだろう。

 良かった。きっとメルは目を覚ましてくれたんだ。

 きっともう大丈夫だ。白い虹も架かるはずだ。



 西の空に目を向ける。まだ西側は霧が深く真っ白だ。

 そうだ、知らせなきゃ。

 レオンは慌ててスマホを取り出し、手短に打った。

【ジーペン国、日が昇った!】


 今度は太陽を背に、皆が一斉に西の空を見ている。

「おっと」

 急に風にあおられて無意識に身体の向きを変えた。誰かの帽子が飛ばされている。一瞬そちらに目を奪われて、慌ててさっきの空に目を戻す。


「嘘みたいだ!」

 今まで一面を覆っていた霧が一気に吹き飛ばされていく。


 真っ青な空が少しずつ広がっていく中で、白い霧がなんとなく虹のような形で残っていくように感じる。気のせいか?

「虹? かな?」

「、のようにも、見えるけど」


 少しずつ、少しずつ、その輪郭がはっきりとした物になっていく。

 すっかりと霧の晴れた真っ青な空に、大きな大きなはっきりとした白い虹が架かった。


「やったぜ〜!」

 大きな拍手と歓声が巻き起こった。

【ジーペン国、白い虹が架かった!】

 レオンはまた手短に打った。

 何よりも虹を見ていたかった。


 白い虹を見ながらしばらくの間、自分だけの世界に入っていた。

 オオカミの遠吠えが聞こえたような気がした。虹の上を真っ白なキツネと真っ白なウサギが数匹ずつ、嬉しそうに踊っているのが見える。沢山の数の真っ白な蝶々がふわふわふわふわと翔んでいるのが見える。オーサとメルとユーカの微笑んだ顔が見える。


 レオンは目をこすった。不思議に思って仲間に聞いた。

「なあ、虹の上に何か見えるか?」

「何が?」

「蝶々とか、動物とか、人の顔とか」

「え? そんな物は見えないけど‥‥‥。な?」


 仲間達は顔を見合わせて「見えない。見えない」と言っている。

「レオン、大丈夫か? 疲れてるんだよ。おまえ、凄く頑張ったから」


 レオンは不安になってきた。どこまでが現実なのか分からなくなってきた。

「白い虹は? 虹はみんなに見えてるよな」


「勿論だよ。勿論みんな見えてる。実際に架かってるんだから。大丈夫だよ。安心しろ。レオン、早く少し休んだ方がいいぞ」


 そう言われてレオンは一安心した。そしてもう一度虹に目を向けた。

「じゃあ、白い鳥は見える? こっちに向かってくる白い鳥」


 仲間達は揃って白い虹の方に向かって目を凝らしている。


「あっ!」

「見えた。ああ、見えるよ。こっちに向かってくる」

 仲間達がみんな見えると言う。どうやらこれは現実のようだ。


 見た事もない綺麗な鳥だ。やっぱりこっちに向かってくる。口に何か咥えている。

 もしかして?

 レオンが右の手の平を上に向けて頭上にかざすと白い鳥はそこに舞い降りた。

「ありがとう。手紙を届けてくれたんだね」


 胸元にその手を持ってきて左手でそっと手紙を取ると、右手が軽くなってふっと持ち上がった。白い鳥はそのまま虹に向かって飛んでいった。


 慌てて封を切り、レオンは声を出してユーカの字を読み上げた。


 ★★


 全世界の仲間たちへ


 ありがとう。

 一人一人の願いを届けてくれてありがとう。

 これが私がユーカに書いてもらい、レオンが皆に伝えてくれる最後の手紙になるだろう。

 レオン、中心になって動いてくれてありがとう。

 みんなの力で、メルは目を覚ます事が出来た。


 ★★


「よっしゃー!!」

 レオンは思わず叫んでガッツポーズをした。

「やったぜー!!」

「良かった〜!!」

 歓声が起こる。

 レオンは皆の顔を見て頷きながら手紙の続きに戻った。


 ★★


 みんなの力で全世界に大きな白い虹を架ける事が出来た。

 まだ日が昇らない国もあるだろう。でももう大丈夫だ。


 私には想定外だった出来事を、みんなの力で乗り越える事が出来た。しかしメルを含めた自然界にとっては、すべてが想定内だったのかもしれない。ここまでギリギリの事をやらなければ人々は分かってくれない事を知っていて、メルの生命力と人々が願う力に懸けたのかもしれない。それは誰にも分からない。

 いや、想定という言葉は間違っておるな。自然界に想定などという物は無いだろう。

 この島は、そして自然界はそういう風に出来ているとしか言いようがない。

 そして人々の力をも含め、成るようになったのだ。地球はまだ生き続けなければならない。いや、生き続けて良いと言われているのだろう。


 すべての国に日が昇り、すべての国に白い虹が架かる。


 地球に生きる者たち、皆が今、同じ思いで繋がっている。

 これが皆の願いだ。

 これこそが世界平和というものだろう。

 本当にありがとう。


 ピース島 オーサより


 ★★


 レオンがこれを投稿した時、地球が揺れた。全世界が一斉に拍手と歓声を上げたのだ。

 暫くしてそれは鳴り止んだが、日の出と白い虹が現れた時の拍手と歓声は、東から西へと次々に流れている。

 この拍手と歓声はおおよそ一日をかけて地球を一周するはずだ。

 昨夜のアースアワーのように。


 ☆


 拍手と歓声のリレーはまだまだ続いている真っ只中だが、疲れ過ぎている。レオンは宿に戻って少し休む事にした。

 部屋に入り、ベッドに倒れ込むと大の字になった。

 成し遂げた満足感に満たされている。白い鳥が運んできてくれた封筒をもう一度手に取り、中の手紙を取り出してみた。


「おや?」

 さっきは気づかなかったけれど、その手紙の他にもう一枚小さな紙切れが入っている。

 何だろう?

 四つ折りにされた紙切れを開いてみた。何か書かれている。

 レオンは上体を起こし、きちんと座り直した。


【レオンへ

 私の大好きなメルを助けてくれてありがとう!

 やり遂げてくれたね。見返したよ。

 レオンの事、メルの次にだ〜い好き♡

 もう少ししたら、そこに帰るから。待っててね。

 ユーカより】


「え?」

 帰ってこれるのか? おっしゃ!

 レオンは唇を噛み締め、右の拳を握って小さく上下に振った。


 で? 何だよ、その「大好きなメル」って? 「メルの次に大好き」って?

 ま、嘘はいらないけどさ。お前はいっつも一言多いんだよ。

 可愛くない奴。ずっとメルのそばにいればいいだろ。


 ……嘘だよ。ユーカ、よく頑張ったな。無事で本当に良かった。

 待ってるよ。気をつけて帰っておいで。




 

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朝、白い虹が架かったら 風羽 @Fuko-K

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