想定外の出来事

「ユーカ! ユーカじゃないか」

 手紙を読んだ後、中に入っていた映像を見てレオンは目を疑った。

 ユーカがこんな目に遭っているなんて‥‥‥

 レオンは食い入るようにその映像を見続けた。最後まで見終えると拳を握り、ぎゅっと目を閉じて机を何回も叩いた。

 何て事だ‥‥‥


 一人でも多くの人に声を届けなければ。そして皆で世界平和を願い、西の空に白い虹を架けるんだ。



 流石にこの映像は多くの人々の心に響いたようだ。

「こんなに惨い事をやるなんて、ルネス王国を許せない!」

「ひどい。それにメルを捕らえる為に、ユーカを人質に取ろうとするなんて!」

「そんなはずは無い。ルネス王国はユーカを助けようとしてくれたんじゃないのか?」

「どう見てもそれは違う。メルへの攻撃も惨すぎて涙が出る」

「ユーカを助けてくれたのはメルだ」

「この画像その物が作られた物なのではないのか?」

「それはあり得ない。偽造の匂いは微塵も感じられない」

「信じられないような光景だけど、なぜか信じる事が出来る。理屈なんか要らない」

「ここまでされて、我々はやっと真実に気づく事が出来たのか。情けない」

「プカック島がここまでして、守ろうとしている物は何なんだろう」

「メルが痛ましすぎる。何よりも今はメルの回復を祈りましょうよ」


 レオンが書いている事やプカック島を応援する声が多くなっていった。


 それでも願いが白い虹になって現れるという事を信じてくれる人は殆どいない。

 レオンにだって、そんな事は物語の中の世界のようにしか思えない。少し前までなら鼻で笑っていただろう。しかし今は違う。物語の世界のような事が実際に今起こり続けているのだから。


 ユーカはオレに「私を信じてくれるよね?」と言った。そして「私はレオンを信じていいよね?」と言った。

 だからオレは信じるよ。信じてくれ。

 きっとこの世界はそういう風に出来ているんだ。人々の力だけでは成し得ないだろうけれど、メルがいて、メルと一緒になって動く大自然の力があれば、世界中に白い虹を架ける事なんて、もしかしたら容易たやすい事なのかもしれないとさえ思える。


 しかし王国の君主達はオーサの言葉を事実上の敗北宣言と捉えているようだ。全ての国に白い虹が架かるなんてあり得ない。まあ、せいぜい五日間、島での生活を楽しませてあげようじゃないか、と楽観的だ。そしてやがてやって来る資源を巡っての王国同士の争いに備えて、各々の国が準備をひっそりと進めているようだ。


 王国の主の事は考えないようにしよう。君主なんてほんの一握りしかいない。圧倒的に数の多い民間人が、君主の意見に左右される事なく、いかに自分の心に正直になれるかがキーだろう。

 五日後に判決か。オレはオレに出来る精一杯のことをやろう。絶対に後悔しないように。

 レオンは出来るだけ多くの国の仲間たちに沢山沢山呼びかけ続けた。


 ☆


 事は上手く運んでいるようだ。想定通りいけば、世界中に白い虹を架ける事なんて朝飯前だ。


 しかし‥‥‥。

 オーサの表情はいつになく険しい。

 今ここに想定外の大問題が発生している。

 メルが目を覚ましてくれないのだ。命の泉の力を持ってしても回復できない程メルは弱ってしまっているのか?


 命の泉はこの島の傷ついた者たちを癒してくれる神聖な場所だ。

 命というのは永遠の物ではなく、各々に寿命というものがある。その価値は決して長さでは測れない。しかし、この島の為に今死んではならない者の命を守ってくれるのがこの場所だ。

 メルには生きなければならない使命があり、今、命を奪われる事があってはならない存在なのだ。

 なのに、なぜ?


 オーサとユーカはあの時からずっとメルのそばに寄り添い続けているし、島の生きものたちが次から次へと途切れる事なく訪れている。

 皆が必死に祈っているのに、なぜ?


 メルは穏やかな少年の顔をして眠り続けている。あの凄まじい決闘で負った顔や身体の傷は、清らかな泉の力で既に塞がりかけているのに。


 メルと大自然の力が無ければ、白い虹を世界中に架ける事も出来ないではないか。

 メル、戻ってきておくれ!


 ☆


 世界中に異変が起こっていた。

 太陽が昇らなくなった。野生動物が活動しなくなった。あれから手紙も届かなくなった。配達の鳥たちも動けないのだろう。


 ジーペン国のレオンは重大な異変を感じ取っていた。これは大変な事になる。判決の日は明日だ。オレが何とかしなければ‥‥‥。

 レオンは真っ暗な外に出て、大きな石に腰を掛けた。昼間なのに空には星が沢山張り付いている。輝いていない。またたいていない。ただそこに貼り付いているだけだ。


 大きく息を吐いた。目を閉じて心を空っぽにすると、ぽっとユーカが現れた。悲しそうな顔をしている。

「レオン、助けて。メルが目を覚まさないの。きっとレオンなら出来るから‥‥‥」

 それだけ言うとユーカの姿は消えた。

「ま、待てよ。オレなら出来る? オレにいったい何が出来るっていうんだよ?」

 空を見上げた。無意味な時間だけが流れていく。貼り付いていた星が一つ落ちた。


 そうか。ここに貼り付いていても何も変わらない。

 動け! 動かなきゃ。

 レオンは急いで家の中に入り、パソコンに向かった。


 ★


 聞いてくれ! 

 あれから手紙が途絶えているんだ。だから本当の事は分からない。これはオレの想像っていえば想像なんだけど、たぶん当たってると思う。

 今、みんなの力が必要なんだ。


 太陽が昇らないだろ?

 野生に生きる者たちが動けなくなってるだろ?

 メルが、きっとメルが目を覚まさないんだ。ユーカを守ってくれて、黒い塊と勇敢に戦ったメルの姿を見ただろ?

 メルがいなければ、きっと白い虹を架ける事は出来ない。それどころか、太陽は昇らず、地球はこのまま死に向かうだけだろう。

 オレ達、地球に生きる者たちが、何としても彼を助けなくちゃ。最後までオレ達が出来る事をやろう。

 一人一人が自分の正直な気持ちを届けよう。

 オーサの言葉を思い出してほしい。

 明日の日の出を迎える前までに自分の声を届けるんだ。世界中の皆が一体となってアクションを起こすんだ。


 ★


 レオンは「世界中の皆が一体となってアクションを起こす」という言葉を書いた時にハッとした。

もしかして、今日じゃなかったっけ?

 今日は(※)の日だ。

 地球の事を思って、世界中の人びとが同じ日・同じ時刻に電気を消す消灯アクションを起こす日だ。

 そうだ。この時間に皆の願いを届けよう。突然名案が浮かび、レオンは急いで続きを書き始めた。



 願いを届ける時間を決めよう。

偶然なのか必然なのか、今日はアースアワーの日だ。

 ニ〇時半〜ニ一時半

ロウソクに火を灯して電気を消そう。 毎年の意思表示だけじゃなくて、今年は特別に自分の正直な気持ちを届けるんだ。

 言葉にしなくてもいい。心の中で強く願うんだ。太陽が昇る事。ピース島の事。メルの事。オレ達の地球の事と世界平和を。


 そして明日の朝、太陽が昇ったら西の空を見よう。

 きっとメルは目を覚ましてくれる。メルの力は小さくなってしまっているかもしれないから、オレ達が頑張るんだ。


 に言葉は無い。

 っていう言葉があるのは、っていうものは起こるものだからなんじゃないのかな? オレ達一つ一つの力は小さくても、強い思いを持った力が集結すれば、ものすごく大きな力になると思うんだ。

 そしてそれは、って呼ばれるものさえも呼び込む事が出来ると思うんだ。

 明日の朝、みんなの力で西の空に白い虹を架けてみせようぜ!




※アースアワー

「EARTH HOUR(アースアワー)」は、世界中の人びとが同じ日・同じ時刻に電気を消し、地球温暖化防止と環境保全の意志を示す、世界一九〇の国と地域が参加する世界最大級の消灯アクション。

ニ〇ニニ年は三月ニ六日(土)ニ〇時半~ニ一時半

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