緋色の眼をした少女

黒巻雷鳴

緋色の眼をした少女

 炎上する森の中に、男達の怒号が飛び交う。

 それらは傭兵団のもので、彼らの任務は、ダークエルフの隠し砦を攻め落とす事だった。

 そしてそれが果たされ、作戦は退却へと移行。最後尾を守っていた軽装歩兵のヨハンも、それに倣って周囲を警戒しつつ進んでいたが、瓦礫の影にうごめく〝何か〟を見つけ、ひとり隊列を離れた。

 まだ生き残りがいたのか──血気盛んに剣を抜いて、ヨハンは全速力で駆ける。そして、自分の気配に気づいて逃げ出した相手の腕を掴んだ。

 だがそれは、ダークエルフの少女だった。

 漆黒の長い髪にすすまみれの褐色の顔。燃えるような緋色の瞳には、切っ先の光が鮮明に映り込んでいた。

 殲滅すべき敵でも、子供を殺したくはない。ヨハンは溜め息をつき、剣を下ろして殺意も手放す。

「……おまえ、年齢としはいくつだ?」

 しばらくの沈黙のあと、「88歳」とだけ少女は答えた。

「そうか。オレより遥かに年上でも、見てくれは全然ガキなんだな」

 言い終えるよりも先に掴んでいた腕を離すと、ヨハンは顎を短く動かして〝行け〟と少女に逃げるよう促す。

 それでも少女はその場に留まり、ヨハンの顔を見上げたまま微動だにしない。しびれを切らしたヨハンは、今度は「さっさと逃げろ!」と大声ではっきり伝えた。

「逃げてどうなる? 仲間はみんな殺されてしまった。半端に情けをかけるくらいなら、あたしも殺して手柄にすればいい」

 気丈な少女の言葉に、ヨハンはもう何も言う気にはなれなくなった。

 うしろを振り返る。誰の姿も見えない。これ以上時間ときが過ぎてしまえば、自分は脱走兵か戦死扱いにされてしまうだろう。

「オレは……いや、もういい。勝手にしてくれ!」

 ヨハンは苛立ち、きびすを返して背を向ける。

 だが、今度は少女が腕を掴んで引き止める番だった。しかも少女は、動きを止めたヨハンの顎にめがけて頭突きまでしてみせたのだ。

 低いうめき声を洩らして倒れるヨハン。その身体からだに、少女がすばやく馬乗りとなって両手を頭上高く掲げる。その手には、血ぬられた短剣が握られていた。

 戦場では一瞬の隙が命取りになる。

 ヨハンは己の未熟さを悔やみ、死を覚悟した。

「……おまえ、年齢としはいくつだ?」

 しばらくの沈黙のあと、「19歳」とだけヨハンは答えた。

「そうか。見てくれどおりの若僧だな」

 言い終えるよりも先に短剣を鞘に戻すと、少女は立ち上がって背を向けて歩きはじめる。

「おい、なんの真似だ? 殺さないのか? オレはおまえの仲間のかたきだぞ?」

 起き上がりながら、手探りで落ちている剣を拾う。返答しだいでは、戦闘を回避できない。

「おまえもあの時、殺せたのにあたしを生かした。あたしは、人間に借りをつくりたくはない。それだけだ」

 立ち止まることも、振り返ることもなく、少女はそう答えて森の奥地へと消えた。



     *



 あれから長い歳月が経ち、ヨハンもあの時の少女と同じ年齢としになった。

 たくさんの武勲と、大勢の子や孫たちにも恵まれた。

 安穏と暖炉の火を眺めては、いまでもふと思い出す。

 長い黒髪と緋色の瞳が美しい、あのダークエルフの少女との出来事を。






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