八十八歳の祝い【KAC20225:88歳】

冬野ゆな

第1話 祝いは時に、呪いに変わる

 これは、私の母の遠縁である旧家に伝わっていた話です。

 いまはその旧家も無くなってしまったけど、そのルーツは戦国にまで遡るといいます。


 名前は久米家といって、その周辺一帯を治めていたそうです。

 村の長というか、領主のようなこともやっていたらしいので、完全にその地域一帯を仕切ってたみたいですね。


 かなり裕福だったのもそうですけど、いちばんの特徴はね、長生きだったんですよ。

 体がどれだけ老いぼれても、米寿、つまり八十八歳までかなり健康で生きることができて、頭の方もシャキッとしていたっていうから、驚きですよね。

 戦国なんて、武士でさえ平均寿命は四十代くらいだっていいますから、その時代にみんながみんな九十近くまで生きていたというのは、驚くほかないですよ。


 よそからやってきたお嫁さんや、家を離れてしまうとその限りではなかったらしいけど、多少は恩恵を受けてて、六十歳くらいまでは長生きしたらしいです。まあ裕福な家庭って意味では、ちゃんとしたものを食べれていたってのも大きいと思います。

 でも、家を継ぐ直系の人は必ず八十八歳まで生きたみたいなんです。

 家督を継いだ人でなくても、労働力として家に残った男の人とか、お婿さんをとってそのまま家に住んでいた女性とかは、八十八歳まで生きたようです。


 すごいですよね。

 いまなんて百歳のかたも珍しくないですけど、当時は八十八歳って言えばかなりの高齢ですよね。


 それで、まあ、なんでその久米家が八十八歳まで生きられるのかっていうと、なんでもその家で祀っていた守り神的な存在が関わってるらしいんですよ。


 名前は確か、八十って書いてヤソ様とか、ヤソハチ様とか呼んでたみたいですけど、敬意を持ってすえひろ様って呼ぶ人もいたみたい。

 ほら、「八」の字って、下が広がってるから、すえひろがり、っていうでしょう。次第に下の方が広がって繁盛する……だったかな? そういう意味です。

 「久米」っていう名前に「米」が入ってるのも、米寿からきてるみたいですよ。


 とにかくその守り神様を家の神様としてお迎えしたおかげで、八十八歳まで生きられるようになったっていうんです。それで、独自の風習みたいなのもあって。毎朝、新しい水やお米を供えるとか、年に一度は集まって儀式をするとか。もちろん、中には「やっちゃいけないこと」っていうんですか。禁忌も含まれていたらしいです。


 禁忌っていっても、神様の祭壇を壊しちゃ駄目だとか、殴ったり蹴ったりしたら駄目だとか、そういう当たり前のことですよ。

 年に一度の儀式の時のほうが、禁忌はたくさんあったみたいですね。選ばれた人が交代で寝ずの番をして、祭壇にあるろうそくの火を絶やしちゃいけないとか。火を継ぎ足す時は、祭壇側からやっちゃ駄目だとか……。特にこっちの方が重要だったみたいですね。まあ儀式ですから。


 で、話を戻しますとね。

 だんだんと時代が変わって、都会に出る人も増えて、久米家の周りが「田舎」って呼ばれるようになっても、久米家は存続していたんです。その頃になると、いくつか土地も売っちゃったり、人数も減ったりしてたみたい。

 そうすると都会で生活している親戚とかも増えて、お盆や正月と、あとは儀式の時に集まるだけ、みたいな所も増えたんだとか。儀式といっても、寝ずの番をする男性が数人いればいいだけですからね。


 その年も、いつものとおりに儀式の準備をしていました。

 でも、その年は寝ずの番をする男性陣の数が少なかったんですって。たまたま仕事で行けないという人や、入院していたりして。それで、遠縁の親戚にも声をかけたそうです。それでやってきたのが、良一さんという男の人でした。

 二十代か三十代くらいだったかな。こういうとアレですけど、当時で言うチンピラまがいみたいな人だったそうです。若い女中さんにちょっかいかけようとしたり、勝手に宴会の料理を持っていっちゃったり。不用意に祭壇を触ろうとしたり、寝ずの番の説明を受けても、「はいはい」って感じで、わかってるのかわかってないのか……。まあ、あんまり信じていなかったんでしょうね。

 おまけに、昼間から酒に手をつけて酔っ払ってたらしいです。まあ普段は会わない親戚だし、次はもう呼ばないな、なんてみんな思ってたみたいですよ。


 それで、昼間の準備は女性陣がして、寝ずの番が始まれば、男性陣の出番です。

 でも、みんな暇ですしね。寝ずの番ですから、みんなお酒を飲んで盛り上がっていました。まあ、別室にある祭壇の火が絶えなければいいだけの話ですから。


 それで、深夜二時をまわったくらいかな。

 みんなべろんべろんに酔っ払っちゃったんですよね。


 ただ、突然ものすごい音がして、みんなハッと目覚めたそうです。

 何の音かと思って見回すと、良一さんがいない。


 みんな嫌な予感がして、全員で祭壇のある部屋までダーッと走っていったそうです。

 音でびっくりしたのか、女性陣も起き出してきて。


 祭壇がめちゃくちゃに壊れて、ろうそくも倒れてて。もうすぐで火事でも起こるんじゃないかってくらい、部屋が荒れてたみたいです。

 それで、その真ん中に良一さんが寝てたみたいです。

 そりゃもう、みんな青ざめて、真っ青になって。一歩間違えれば火事寸前ですから、とにかく火を消すために必死になったそうです。祭壇の一部にも燃え移ってて、女性陣の中には泣いてる人もいたそうで。

 で、男性陣は良一さんに、「何やっとるこの戯けがぁー!」って、そりゃもうめちゃくちゃ怒ったみたいですよ。そりゃそうですよね。というか、いままでそういうことが無かったほうが不思議ですよ。


 どうも、良一さんが倒れた拍子に……とかじゃなくて。かなり散らかってたみたいなので、どうも良一さんがわざと祭壇を壊したんじゃないかって話になったみたいです。

 酔っ払って「こんなの迷信だって」って言いながら笑ってたようで。一人が怒りに震えて殴りつけると、そのまま乱闘まで始まって……。


 そのあとどうなったのかはよくわかりませんが、とにかく良一さんは悪態をつきながら帰っていったそうです。


 ……。そのあとから、だんだんと久米家は傾いていきました。

 畑として貸している土地は担い手がいなくなって、村そのものも過疎化が進んでしまったみたいで。そのときの当主が心労から六十代くらいで亡くなった時は、もう駄目だ、と全員が悟ったようです。

 それでもなんとか踏ん張って、それから二代くらいは続いたようなんですが、十年前に最後の住人も亡くなってしまって。そのときに、建物も土地も整理してしまったみたいですね。


 家の守り神っていうのは、そういうものなんでしょう。

 時代の変化もあったと思いますけどね。


 でも、良一さんは死にませんでした。


 ……。え、意外ですか。


 いえ、良一さんは都会に戻ってからもごく普通に生活していたみたいです。

 ついこの間、訃報があったんですけど、八十八歳まで生きたんですよ。


 ここからは、本当かどうかわからないんですけど。

 良一さん、都会に戻ってから酷い事故で、動けなくなっちゃったみたいなんですよ。車の単独事故だったみたいですけど。生きてはいたんですけど、山での事故だったせいで、二日くらいしても助けが来なくて。その間にいろんなところが駄目になっちゃったって。

 事故の時に火事に巻き込まれたせいか、声帯がやられたり、髪も全部なくなってケロイド状になっちゃったみたいです。体もほとんど動かなくなって、片足も潰れて、おまけに慢性的な痛みにも悩まされてたみたいで……。看護婦さんたちが体を拭いたり、寝返りをさせたりするたびに叫び声をあげていたみたいです。

 唯一動いたのは、左手の指だけ。


『死にたい、助けて』


 って、何度も筆談で書いてたみたいです。

 それに良一さん、何度自殺しようとしても死ななかったみたいなんです。

 これは眉唾ですけど、何度ナイフで刺したり、飛び降りたりしても、その都度、すぐに助けが来たり、その強靱な生命力が徒になったみたいです。

 病院側も、逆に回復しないのが不思議なくらいだって。

 まるで、不思議な力によって回復しないまま生かされてるみたいだって……。


 両親も匙を投げて、ずっと病院にいたらしいんです。

 でも、両親の方が先に亡くなってしまって。


 他の親戚が仕方なく身元引受人になったらしいんですけど、お金が無くて、六十過ぎてるのに退院して。結局面倒見切れなくて、いろんなところをたらい回しになって……。意識だけははっきりしてるみたいで、何かあるたびに『殺してくれ』と書いて、看護婦さんや親戚の方々を引かせていたみたいです。

 それで、八十八歳で、ようやく死んだんだそうで。

 そう思うと、六十年くらいはずっと寝たきりだったんですよ。

 みんな、早く死んでほしいと思っていたのかもしれないですね……。


 これで、私の話は終わりです。

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