寿ちゃんはしぶとく生きる

いいの すけこ

それが大人になるということさ

「私、19歳で死ぬわ」

「へー」

 また何か言い出した。

 寿ことぶきちゃんが珍妙なことを言い出すのは、いつものこと。私はスマホをぽちぽちしたまま、生返事をした。

「だって聞いてよ!」

「聞いてるよ」

 アンタ自分がどんだけ、デカい声で喋ってると思ってるの寿ちゃん。

 ってか、聞いてなくても勝手に喋るんだよな寿ちゃん。

ひじりさまは、19歳なんだよ!」

「またかよ」

 寿ちゃんの口から、何度その名を聞いただろう。

「『ブルクロ』の連載始まってから、私が何っ回、寿ちゃんの聖さまトークを聞かされたと思ってんの! もういい加減、真剣に聞く気も失せたわ」

 どうせ今回も、聖さま及び『ブルクロ』関係なんだろうなって、容易に想像つきましたわ。


『ブルクロ』にハマって以来、寿ちゃんの世界は聖さま中心に回っている。

『ブルクロ』こと『ブルークロノス』は、日本で一番売れている少年誌で、二、三番手くらいに人気のある漫画だ。一番手は国民的漫画と言っていいご長寿漫画に譲っているが、アニメ化も果たしている大人気作品。

 少年漫画らしい熱血展開に派手なアクションは、本来のターゲットとされる少年の心を鷲掴みにしていると言うし。

「私死んでも、聖さま一生推すから……」

 シャープでクールな雰囲気の絵柄で描かれるキャラクターが、女性読者のハートもぶち抜いているらしかった。

 聖さまは、寿ちゃん最推しのブルクロキャラ。余裕たっぷり系クールイケメンだ。

 まあ確かにかっこいいけどね、ブルクロのキャラ。

 時々、乙女ゲーかな? とか思うくらい、イケメンだらけな気もするけど。

 キャラデザがキメキメすぎて「ファンタジーとはいえ現代日本で顔面半分タトゥーとか目立つな」とか、「コートっつうかマント羽織ってフード目深に被って街歩いてたら二度見されるよね」とか、「お前は腰の二丁拳銃が全然隠せてねーわ職質もんだわ」とか思うけど。

 聖さまも膝裏まで黒髪ロングヘアーだもんね。シャンプー大変だろうな。和式トイレ危険だろうな。かっこいいけどさ。


「で。聖さまが19歳で、なんで寿ちゃんが死ぬのさ」

「推しより老けるのなんて、耐えられない!」

 そう来たか、寿ちゃんよ。

「最近、好きだったキャラクターがどんどん年下になっていくの。それがしんどくてしんどくて」

「まあ私ら、もう高三ですからね」

 世の中の漫画アニメのキャラクターは、その多くがティーン世代の少年少女。メイン読者の年齢層に合わせて、中高生が多いとされる。高校卒業間際の私達は、この先どんどん彼らより年を取っていくのだ。

「うちのお父さんも某漫画キャラの、新宿のスイーパーが年下になった時はショックだったって言うもんなあ」

「彼の年齢は推定だけどね……。かっこいいよね……」

 何その詳しい情報。私はそのキャラ、名前とビジュアルしか知らんけどな。

「まあでも、うちのお父さんも生きてるから。寿ちゃんも生きようよ」

「さあちゃんのお父さんは強いね……」

 そういう話じゃないと思う。


「私は聖さまと同じ、永遠の19歳として人生を終えるんだわ……。それまでは精一杯生きて」

「あと半年くらいしかありませんけど?」

「……さあちゃん、今まで仲良くしてくれてありがとう。私の仏前には、ブルクロの新刊と聖さまのアクスタとトレカを供えてね……」

「わかったよ。仏前には寿ちゃん自筆の、寿ちゃんと聖さまがなんか都合よくイチャイチャしてる夢小説供えておくから」

「やめろ人でなし!」

「じゃあ生きなさいよ」

 寿ちゃんは恨みがましい目つきで、唇を尖らせる。

「死ぬとか、簡単に言うのやめなさいね寿ちゃん」

「……だって推しの歳を越えちゃうの、寂しいじゃない」

「それは、わからんでもないけど」

「推しより年上になっちゃったら、大人になっちゃったら。なんか、遠くなっちゃうみたい」

「寿ちゃん」

「さあちゃんは大人になるの、怖くない?」

 なにを馬鹿な、なんて思っちゃったけど。

 高校三年生、18歳。私達が子どもでいられる時間は刻一刻と終わりに近づいている。

 今、寿ちゃんは、言いようのない不安と戦ってるのかもしれない。

「とにかくさ、明日は雑誌の発売日じゃん。ブルクロの最新話読めば、元気出るよ!」

 私は努めて明るい声で、寿ちゃんを励ます。

「……そうだね。まだもうちょっと、聖さまを追いかけていたいな」

 そう言って、寿ちゃんは穏やかに微笑んだ。






「聖さま、88歳だったあああああ!」

 翌日。ブルクロ掲載誌の発売日。

 登校するなり、寿ちゃんが雑誌を抱えて飛び出してくる。

「聖さまね、19歳じゃなかった! ほんとはね、88歳だったの!」

 おいおいおい。

 なんだそれ。いきなりついていけないよ!

「実は聖さまただの人間じゃなくて世界に数人いる『カイロス』と呼ばれる選ばれし長命の魔術師でだから若い姿だけど88年生きていて」

 フルスロットル寿ちゃんは止まらない。

「さあちゃん、私88歳で死ぬわ!」

 ああもう、これだから寿ちゃんは!

「でも、あと70年は長いなあ。私、生きてられるかなあ」

「知るか!」

「ああああ!」

 寿ちゃんが絶叫する。今度はなんだ!

「ブルークロノス 〜タナトス編〜、来年劇場版きたああああ! これであと一年生きられるううう!」

「勝手に生きろ馬鹿!!」

 こいつ、しぶとく生きるな。

 間違いない。

 まあ、死ぬとか言っているよりは健全だ。

 推しが寿命を延ばすとか、よく言うし。

 寿ちゃんが本当に生涯、聖さまを推すかはわからないけれど。

 せいぜい長生きしてくれと、と呆れながらも私は願うのだった。


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