ゲートK~狐による狐のための異世界侵略~

アカバコウヨウ

ある日の狐尻尾

 白神五月しらかみいつき

 28歳、サラリーマン。


「…………」


 子供の頃、白神は自分が特別で、特別な人生を送れると信じていた。

 名前もかっこいいし、顔も悪くはない。

 しかし。


「今日も一日同じ事の繰り返しか」


 有名大学を卒業し、サラリーマンになった白神。

 そこで彼を待っていたのは、社会の歯車になることだった。


 少し優秀ならば、誰でもできるような仕事を毎日毎日繰り返し行うだけ。


 つまらない。

 このまま永遠に歯車として生きていくのは、絶対に嫌だ。


 白神は特別になりたい……とは言わないまでも、特別な経験くらいはしてみたかった。

 けれど、現実は容赦なく同じことの繰り返しだ。


「はぁ」


 と、白神が地下鉄のホームで今日も電車を待っていると。


「え、なにあれ?」


「おかしくね? っていうか、逃げた方がよくね?」


「動画取ろうぜ、動画!」


 聞こえる人々のざわめき。

 白神はそれにつられる様に、人々の視線の先を追う。

 するとそこに居たのは。


 尻尾だ。


 本来、電車がやって来る暗闇の向こうから、大量の尻尾――狐の尻尾に酷似した生物が現れたのだ。それらはクネクネと芋虫の様に進んでくると、ついにはホームから見下ろせる位置へとやってくる。


「……なんだこれ」


「なんかキーホルダーみたい」


「わかる、狐の尻尾のキーホルダー! あったよね、昔!」


 人々はそんな事を言いながら、ホーム下の狐の尻尾型生物覗いている――その生物は徐々に数を増やしているにもかかわらずだ。


(に、逃げた方がいいんじゃないか、これ? でも、みんな見てるし安全、なのか? 一人だけ逃げてもおかしいよな?)


 と、白神は一度つばを飲み込む。

 そして、周囲の人と同じく狐の尻尾型生物を観察するため、自らもホーム下をのぞこうとした瞬間。


「お、ごぉごぉごごごおおおっ―――」


 隣から聞こえて来た人の声と思えぬおかしな奇声。


 いったい何事か。

 白神はゆっくりと隣を見る。

 すると。


 サラリーマンの男性が居た。

 白神と何一つ変わらないスーツを着た普通のサラリーマン。

 けれど、そのサラリーマンは一つだけ違う所があった。


「……は?」


 口から狐の尻尾が生えていた。


 サラリーマンの男性は口から生える狐尻尾を両手でつかみ、引っ張りながら嗚咽している。

 そう、狐の尻尾――あの狐の尻尾型生物は男性の体内に侵入しようとしているのだ。


 白神はそれを理解した途端、男性を助けるために動こうとする。

 けれど、時すでにおそく。


「んぐっ……あ、おぁ」


 男性は狐の尻尾型生物を飲みこんでしまった。

 彼はそのまま痙攣した様に体を震わせ――。


「え、倒れた?」


「し、死んでね、これ?」


「死んで、る?」


「死んでる……殺された」


「あの狐の尻尾に殺された」


 そこから巻き起こったのはパニックだった。


      ●●●


 日本は平和だ。

 けれど、白神は今日その日本で地獄というものを見た。


 あの後、ホームで巻き起こったパニック。

 狐の尻尾型生物が最初の一匹に続き、次々とホームの人々に襲いかかったのだ。

 そして、多くの人が同じように痙攣し倒れた。


「ぎあぁあああああああああああああああああっ――」


 と、白神の思考を裂くように聞こえてくる悲鳴。

 また誰かがあの尻尾にやられたのだ。


「はっ……はっ……はっ」


 白神は胸を抑えながら考える。

 自分がここ――トイレまで逃げ切れたのは本当に偶然だったと。


(でも、ここまで来れば安全だ。この『誰でも使えるトイレ』は、普通の個室トイレと違って、上も下も隙間が空いてない……あの尻尾も入ってこれないはず)


 助かる。

 助かって、早く日常に戻りたい。


 白神は痛感していた。

 平凡で、同じことの繰り返しの日常。

 それがどんなに尊いものなのか。


「早く、早く……警察とか、自衛隊とか、早く……なんとかして」


 情けないとはわかっていても、ただの人間にはどうしようもない。

 白神はトレイの端で頭を抱えてうずくまる。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 そして、それからどれくらい経った頃か――少なくとも二時間は経ったに違いない。

 少し前から突然静かになった周囲。


 もう安全になったのか。もう外に出てもいいのか。

 そんな事を考える白神だったが――。


「こやーん、こやーん」


 突然、妙な声が聞こえてくる。

 少女の可愛らしい声ではあるのだが、なんとも不気味な響き。


「こやこやこやこやこやこやこやこや……こやーん」


 その声は徐々に近づいてきている。

 尻尾の次は何事か。


(もう嫌だ……来るな、来るな! 俺に構わないでくれ、来ないで、頼むから!)


 白神は歯をガチガチと鳴らし、頭を抱えてよりうずくまる。

 しかし。


「こやーん、こややーん」


 ついに、その声はトイレの目の前から聞こえ始める。

 声の主がトイレの扉の向こう側に立っているのだ。


 ガタガタ。

 ガタガタガタ。

 

 と、音を立てる扉。

 間違いなく扉の向こう側の人物は扉を開こうとしている。


「はっ……はっ……はっ!」


 呼吸音を止められない。

 これではバレて――。


 白神がそう考えた瞬間だった。


「こやぁあああああああああん」


 聞こえる少女の奇声

 それと同時、扉が吹き飛ばされたのだ。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! 助けて、たすけてください、殺さないでぇええええええええええええええええええええっ!」


 白神は全力で扉と反対側の壁に背中を押し付ける。もうそれしか逃げ場がないからだ。

 そして、彼は侵入者の正体を見てしまう。


 それは狐だった。

 美しい金色の長髪を持った少女――狐の尻尾と、狐の耳を生やした少女がスーツを着て、鞄を持って立っていたのである。


「は、へ……?」


 白神はスーツ姿の狐娘に一瞬、気を取られてしまう。その少女がとても美しかったからである……けれど。


「おっ、ご、ごやぁあああああああああああああああああああああん」


 狐娘は自らの口の中に手をつっこみ、喉奥をまさぐり始める。そしてその後、口から抜いた手に握られていたのは。


 ビチビチ。

 ビチビチビチ。


 尻尾だ。

 ホームで見たのと同じ狐の尻尾型生物である。


 狐娘はその生物を手に、白神の方へと近づいて来る。


「な、なんだよ……何をする気だよ、来るな――おごっ!?」


 そこまで言った瞬間だった。

 白神の口内に件の生物が押し込まれたのは。


「おっ……ご!?」


 モフモフと柔らかい生物。

 それが喉を通り、体内へ侵入していく感覚。


 白神は襲い来る猛烈な吐き気と共に、意識を失うのだった。


      ●●●


 数時間後。


「ここなら大丈夫、だよね?」


「だ、大丈夫だよ。それに何があってもリナの事は俺が守るから」


 売店のシャッターをおろし、その中に立てこもる二人の男女。

 彼等を襲ったのは二匹の狐――スーツを来た狐娘達だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲートK~狐による狐のための異世界侵略~ アカバコウヨウ @kouyou21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ