ケットシー村の長老、御年88歳
八百十三
第1話
「ポニ長老!」
「88歳のお誕生日、おめでとうございますニャ!」
ケットシーの村にて。長老であるポニ・フワガットが呼びかけに応じて扉を開けると、扉の向こうに立っていた3歳になったばかりの子供のケットシー二人が、ポニへと花束を差し出していた。
それを目にして目をパチクリとさせ、メガネを直しながらポニは口を開く。
「おお、お前たちは、えー……ルコのところの双子だったニャ」
「はい、ニケとリケですニャ!」
「今年は僕たちが長老にお祝いを述べに来ましたニャ!」
そう、村に住むルコ・スールースの息子たちだ。ニケとリケに誘われるままに村の広場に向かうと、そこはたくさんの色とりどりの花が飾られ、中央のテーブルにはケットシー自慢のミルクケーキが置かれている。
これは、どう見てもポニの誕生日を祝うための催しだ。テーブルの周りに立った村人のケットシーたちが、こちらを見ながら盛大に両手を鳴らしている。
「ポニ長老、お誕生日おめでとうございますニャ!」
「おめでとうございますニャ!」
村民のまとめ役であるオガ・スールースも、村を守る自警団長のモル・カットラスも、揃って満面の笑みを見せながらポニに席につくように促す。
その席まで歩いていくポニの足取りはしっかりしたものだ、杖もついていない。ケットシーの平均寿命が20年であることを考えれば、驚嘆するべきものだ。
椅子に腰掛け、周りの面々を見回しながら、ポニはメガネの奥の瞳を細める。
「おお、ありがとうニャ、
「にゃにを仰います!」
ポニがこぼすと、テーブルに両手をつきながらオガが大きな声を上げた。
場が僅かに静まる中、オガがテーブルについた両手を高く掲げながら発する。
「ケットシーとしては驚異の88歳! 30歳を迎えることすら稀だと言うのに!」
「そんにゃにご高齢でいらっしゃるのに、そんにゃにもお元気ですごいことですにゃ!」
モルもモルで、オガに賛同して素晴らしいとポニを褒め称えている。周りのケットシーたちも、それに異を唱えるものは一人もいない。
困惑しているのはポニ当人だ。あちらこちらからすごい、偉いと言われ続けて、椅子の上で小さく縮こまりながら言葉をこぼす。
「そんにゃ、すごいことではないニャ……偉くもないニャ」
「そんにゃことにゃいですニャ!」
声をかけてきたのはルコだ。息子たちに囲まれながら、彼女もポニへの尊敬の眼差しを隠そうともしない。
ますます小さくなるポニへと、ルコが何の気も無さそうに問いかけた。
「何か、お元気で働くための、
「……」
その問いに、ポニの表情がぴしりと固まる。しばらく目を見開いた後、何も言わずに困ったように微笑むポニに、リケが指をさした。
「あーっ、またそうして笑ってるニャ!」
「長老がそうやって笑う時は、絶対
「う、うぅむ……」
ニケも一緒になって指を突き付け、容赦なくポニに言葉を浴びせていく。確かにポニは何か追及されるようなことがあると、困ったように微笑んでかわすことが常であった。いくらケットシーの村の民が何度か代替わりをしているとはいえ、こうも同じことをしていては当然バレる。
村民の視線がポニへと集中する中、観念したようにポニは両手を上げた。
「仕方ないニャ、今日はわしの誕生日にゃし、話すのもいいかニャ。実はニャ……」
「おおっ……!」
声を上げ、とうとう話すことを決めたポニに、場の全員がどよめいた。
何しろ88年間沈黙を守り続けてきたポニが。親、子、孫の三代に渡ってずっと長老を務めてきたポニが、その秘密を話そうというのだ。
ケットシーたちが固唾をのんで見守る中、ポニは重々しく話し出した。
「わしはニャ、元は人間で……罪を犯した罪人だったんニャ」
「えっ」
だが、ポニが話し出した言葉を聞いて、誰もかれもが言葉を失った。
罪人。こんなに長い間、村の為に献身的に働き、村のケットシーのためにあれこれと気を使ってくれた偉大な人物が、罪を犯したなどと。
絶句する村人たちに、ポニは説明を続ける。
「わしの罪は、ケットシーの村で略奪を行い、村民を傷つけ殺したこと。そしてわしへの罰は、罪を償うその時までケットシーとして老いることなく生き、ケットシーのために尽くして生きることニャ」
「えぇっ」
「そ、その村って」
続けてポニの発した言葉を聞いて、オガもモルも、ルコもぎょっとした表情になる。
ただの罪ではなく、ケットシーに対して犯した罪だとは。そういうことであれば、罪を償う対象はケットシーになるだろうし、ケットシーの村で長老を務めるというのも納得がいく。
だが、モルが僅かに身を乗り出しながらポニへと声をかけた。この近隣でケットシーの村などここしかない。誰もがまさかと思うが、しかしポニは重々しく頷いた。
「そう、ここニャ。だからわしは、この村の長老としてこの村に生きるケットシーの為に働き続けているんニャ。ケットシーの平均寿命を大幅に超えてもなお、わしは死ねにゃい」
話しながら、ポニははらはらと涙を流していた。話していて遠い過去の、罪を犯し、裁かれた時のことを思い出したのかもしれない。
しかし周りを見渡すと、周りのケットシーたちの誰もかれもがまた泣いていた。その涙は敬愛する長老が大罪人だった、ということを嘆くものではなさそうで。
「うぅっ、長老ぉ~!」
「そんにゃににゃってまで、私たちケットシーのために……!」
「いや、違う、違うんにゃ、わしがまだ罪を償いきれていにゃいから」
ニケが鼻をすすりながら言うと、ルコも目頭を押さえながらしゃくりあげつつ言っている。どう見てもその言葉は、ポニの行動に感謝してのものだ。
これを見て困惑したのはポニである。こんなつもりじゃなかったのに、もっと軽蔑されるとか、あると思っていたのに。
涙を拭ったオガが、村人に向き直ると拳を高く突き上げた。
「よーし
「「ニャー!」」
「ちょっ、えっ、にゃぁぁぁ……」
他のケットシーたちも次々に拳を上げ、小さい子供までもが万歳するように手を上げている。
自分が思ってもいない方向に話が進みだしていることに、ポニは困惑の声を上げるしかなかった。
良くも悪くも、ポニ・フワガットの88歳の誕生日は、ケットシーにとって忘れられない日となったのだった。
ケットシー村の長老、御年88歳 八百十三 @HarutoK
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