エイジシュート
信仙夜祭
エイジシュート
ゴルフには、『エイジシュート』と言うモノがある。
18ホールは、パー72が普通だ。
73歳でスコア72を出すと、エイジシュート達成となる。
要は、『年齢以下のスコアで周る』と言えば分かって貰えると思う。
さて、私はと言うと現在88歳だ。
60歳からゴルフを始めて、ベストスコアは、88だったな……。何年前かも忘れたが、ベストスコアだけは、聞かれるので覚えている。
88は、ハンデ16となる。
片手シングルまでは、程遠かった。
定年を迎えると暇になるので、ゴルフコンペの誘いに積極的に参加した時のスコアだった。
ゴルフスクールにも通い、誰かと繋がりを持つ……。
働いていた職場は、殺伐としていたので、定年後にこんな穏やかな居場所を見つけられるとは思っていなかった。
そういえば、スコットランドの歌を教えて貰った。
「飛距離が自慢の幼稚園、
スコアにこだわる小学生、
景色が見えて中学生、
マナーに厳しい高校生、
歴史が分って大学生、
友、群れ集う卒業式」
私は……、中学生止まりかな。スコアには、あまりこだわらなくなったし、マナーには気を付けるが、よほど悪い人でなければ、注意などしない。
景色が見え始めたくらいなのだと思う。そして、ここまでだとも思う。
私に子供はいない。
妻とは、離婚して連絡も取っていない。元妻か……。
親戚とも、距離を置いている。
そんな私にとって、ゴルフはありがたい趣味であった。
本音を言うと、もっと若い頃から始めていれば、異なる人生も歩めたかもしれないとすら思えた。
だが、75歳を超えた辺りから、健康に不安を持つようになって来た。
誰しもが通る道なんだ。私はこれが当たり前だと思う。
ただし医者から、「年齢にしては、筋肉がありますね」と言われた時は嬉しかったな。
これからも、ウォーキングは続けて行こうと思う。
する事もないので、週3回練習場に通い、月2回コースに出る。
家では、毎日1時間以上のパッティングの練習だ。
素振りも欠かさない。
だが、スコアは100前後でまとまってしまった。
良くて、スコア92であり、悪くても109だ。不満はないし、楽しいとも思う。
20代の初心者ゴルファーからは、『お上手ですね』と言われるくらいだ。
今だ、アベレージゴルファーとしての地位は保っている。
そして、エイジシュートの話が出て来た。
ゴルフコンペでエイジシュートを達成すれば、祝ってくれる。ゴルフ場の支配人からも期待されていた。
私の中に、〈野心〉が生れる。
『私なら……、できなくはない』
そう思って、練習量を増やしたのだが……、見事にぎっくり腰を起こして入院だ。
頼れる人がいない私には、入院は困った問題となる。
看護師から、「誰かを呼んでください」と言われて、ゴルフ場の支配人の連絡先を告げた。
支配人は、来てくれたので助かった。
そして、一週間程度だが、毎日見舞いにも来てくれた。
赤の他人の私に、何故ここまでしてくれるのか尋ねたら、
「大切なお客様ですからね。毎月来てくださっているのは存じ上げています。
それと……、私もあなたに期待を寄せているのですよ」
そう言われて、涙が出てしまった。
そして、同じ隠居したゴル友が見舞に来てくれた。
ゴルフは、孤独だった私の人生の最後にとてもありがたい〈人との繋がり〉を与えてくれた。
◇
今日は、二ヵ月ぶりの月例会だ。
今日の体調は万全であり、何一つ不安要素はない。
ティーアップして、狙いを定める。
まあ、私の飛距離であれば、曲げなければOBはない。
……緊張する。月例会とはいえ、早い組なので、ギャラリーは多い。
震える手を、心で押さえ付ける。
私は、目をつぶった。
『もう時間はない。次のチャンスは、何時になるか分からない。それに次に怪我を負ったら、ゴルフは引退かもしれない。それでも……、今日だけは……』
強張った全身の力を、素振りでほぐして行く。
そして、ドライバーをボールの前にセットした。
『10数年ぶりのベストスコア……。出してやろうじゃないか』
私は、ドライバーを振り抜いた。
「「「ナイスショットー!」」」
歓声がわいた。飛距離は全然だが、フェアウエイの真ん中だ。
私は一礼して、カートに乗り込んだ。
「さあ、行こう。今日が私の人生で最高の花道だ」
エイジシュート 信仙夜祭 @tomi1070
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