八十八の誕生日をむかえた男。

かなたろー

勤続66年の男

 西暦2088年3月14日。俺は誕生日をむかえた。今日で88歳だ。


 人生100年時代とはよくいったもので、俺はまだ、とっても元気で体にガタが来ていない。

 ガタが来ていないということは、働けるということで、俺は今でもサラリーマンをつづけている。

 なに、別に珍しくはない。今のご時世、定年は100歳が一般的だ。そのあとも依願をすれば年金がもらえる105歳まで働ける。


 俺も、もちろんそのつもりだ。


 今の会社一筋66年。入社した2022年のことは、昨日のことのように覚えている。


 ウイルス性の感染症のわざわいのため、リモートワークでの就職活動をおこなった俺は、リモートワークの企業に就職し、結局一度も本社に出社しないまま、日々の業務を粛々とこなしている。


 俺は、パソコンを立ち上げると、朝礼に参加する。


「おはようございます」


 モニターには、うちの部署のスタッフ130人が顔を出す。

 全員、俺の同期。つまり勤続66年、2022年入社組だ。

 

 俺たちの仕事は、同期のみんなが、それぞれ、無事に日常を送っているか、相互で監視をすることだ。

 今から28年前、つまりちょうど60歳になったとき、僕たち2022年入社組、かつ独り身の社員は、全員この部署に配属された。


 俺たちは、互いに互いの生活をチェックする。

 食事もこのモニターの前で、朝昼晩、3食を食べる。


 そして、食べた食事の感想をレポートとして上長に報告する。


 暇そうな仕事だって? とんでもない! 命にかかわる重要な仕事だ。


 同僚の顔色が悪かったり、一日三回の朝礼、昼礼、終礼に参加しなかった社員がいた場合、直ちに上長に報告をしなければならない。

 この部署に配属された60歳のときは、正直言って退屈だったけど、今では1日に1回、だれかしらは体調を崩している。


 俺たち同僚は、その体調が悪い同僚探しに躍起になっている。


 なぜって?


 それは、一番最初に報告したと認定されたら、夕食の後にデザートがつくからだ。

 俺はそのデザート目当てのために、毎日真面目に働いているといっても過言ではない。


 あっ!


 鈴木さんが、なんだかせき込んでいる!


 報告報告!!


 俺はキーボードを素早く打ち込んで、鈴木さんの体調不良を報告した。


「やった! 一番のり!」


 上長が、俺のパソコンに「よくできました」と花丸を送ってくれた。

 うれしい!! 今月はすでに3回目だ!!


 この調子なら、今月はトップ業績で表彰をされるかもしれない。


 でも油断はできない、田中も今月の報告は3件だ。

 俺は、田中にだけは絶対に負けたくなかった!


 出世レースで俺を蹴落とし、部長に昇進した田中だけには負けたくない!

 部長時代、田中はやたらとそのことを鼻にかける本当に嫌なやつだった。


 でも、60歳になって、2022年入社組は全員この部署に配属された。

 今は田中との役職の差はない。完全にフラットな状態だ。


 この部署は完全に実力主義の部署。

 いかに自分の体調に気をつかって、他人にポイントをあたえず、他人の体調不良をすばやく上長に知らせるか。

 完全に実力勝負の世界だ。


 おや、田中のやつ、心臓を押さえているぞ?


 すぐに上長に報告だ!

 やった! 一番乗りだ!!


 お、田中のやつ、完全にモニターの前につっぷしている。

 30代だろうか? 若い白衣の男が田中の部屋に入っていった。医者だ。

 田中の目をひんむいて、瞳孔を確認している……ってことは?


 首を振っている! やった! ご臨終だ!!

 ご臨終の同僚を報告した場合は、特別ポイントがつく。通常の報告の3倍のポイントがつく。デザートも焼きプリンに昇格だ。


 これで今月のトップは俺に決まりだな。

 自然と口元がほころぶ。

 モニターに映った俺の顔は、とても自信に満ち溢れていた。


 

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八十八の誕生日をむかえた男。 かなたろー @kanataro_

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